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有名無実とはこのこと



「――でありまして、本校では……」



式では恒例の、まさにお昼寝タイムが妥当な最高責任者の挨拶。


この学園だと理事長と校長の話を聞かなくてはならない。まさにダブルラリアット。


先程理事長が話し終え、今は頭が寒そうな校長が無駄に長く話している。


しかしこうして改めて見ると、何やらこの学園はホモくさい。いやに若い理事長が出てきた時は、周りが動物園並の騒がしさだった。


確かに理事長は、学校の長らしからぬ派手さと容貌を持っていたが、俺としては別段に嬉しい事でも何でもない。欲を言うなら巨乳の超絶美人だったら良かったのにと思っている。


まあ、男子校の時点で有り得ない話だ。



「――えー、そして何より本校では……」



長い。同じ事を何回も言うなよ。大切だから言うならともかく、後の三年間で必要のない事……明日にでも忘れそうな事なんて繰り返すな。長ければ良いという問題ではないんだぞ。


そろそろパイプ椅子のせいで尻が痛くなってきた。


もぞもぞと座る位置を変えながら周りを見渡してみる。


殆どが舟を漕いでいる状態。いいな、羨ましい。俺も是非とも夢の世界へフライアウェイしたいところだが、この後生徒会長の挨拶が終わったら新入生挨拶をしなければならない。首席だからとか、本当にくだらない理由で。



「次に生徒会会長の挨拶」



何時の間にか校長は壇上から下りていた。


司会の声に、今までうたた寝していた奴等の背筋がぴんと伸びる。やけに顔を輝かせて……何だこいつら、怖いんだけど。



「在校生、そして新入生の皆さん」



声が響いた。テノールの声。



――きゃぁああああああああ!!



続く悲鳴。あちこちで「素敵!」やら「かっこいい!」やら「抱け!」やらの声が上がる。喧しいわ。



「うっせえぞ!!」



キイン、とマイクが高音を奏でる。どすの利いた声にヤンキーを思わせる荒い言葉は、確かに今壇上にいる生徒会長の声で。



「この俺が話す時は騒ぐんじゃねえぞ。いいな!?」



鶴の一声とはこの事。一気に静まり返った講堂内を見渡して、生徒会長は不敵に笑った。俺の隣から溜め息にも似た声が漏れる。ちらっと顔を見たが、見事に赤面していた。まじでやめてくれよ。



「俺から言いたい事は三つ。まずはご入学、ご進学おめでとう。充実した学園生活を送ってくれ。続いて二つ目、此処では俺がルールだ。恐喝、喧嘩、強姦は断じて赦さない。最悪の場合退学は免れないと思え。そして最後、『百舌(モズ)』を知る者は情報提供を求む。以上だ。せいぜい楽しめ」



ブツ、とマイクが切られ、生徒会長は壇上から下りていく。


……え、ナニ今の。最初の方は良かったが、最後のなんか思い切り私情だよな。ていうか偉そうな奴だ。こんなのが高等部の代表とか大丈夫なのか?

だいたい鳥を探したいならバードウォッチングでもしてこいよ。人に頼るなよ。頼るなら頼み方というものがあるだろう。


本当に、この学園はカオスだ。


「次に新入生挨拶。新入生代表、神崎紺(かんざき こん)



俺の名前が呼ばれたので壇上に上がる。俺が返事した瞬間、お隣りさんが凄く驚いていた。まさに予想外、といった感じだ。


今は優等生ルックなのに、何故そんなに驚くのか疑問に思ったが、すぐに納得した。


俺は目付きが悪い。それはもう、喧嘩売っていると間違えられるほど。それに加え垂れ目なものだから救いようがない。


恐らく、今のルックスにこの目付きというか顔がマッチしてなさ過ぎたのだろう。それはそれで結構落ち込むな。



総勢千人の前での挨拶。俺はそこまでアイアンハートではないので軽く緊張する。


そして別に期待はしていなかったが、この学園では俺はフツメンに位置するみたいだ。理事長や生徒会長のように騒がれない。あ、言っておくが騒いで欲しかった訳ではないからな。ただ、俺みたいな外部生が首席だと知ったらどんな反応をするのか見たかっただけだ。


案の定、俺を前にひそひそと話す声が聞こえてくる。


……俺、この学校あまり好きになれないかも。


乾いた唇を濡らしつつ、即席で考えた言葉を繋げて声に出す。



「誰、あれ」


「さあ……外部生じゃねえの?」


「なんだ、もっとかっこいい人を期待してたのに」


「なんつうか、普通だ。残念」



ひそひそ、ひそひそと。何で人が話しているのに黙れないかな。嫌々ながら話してる俺の身にもなれってんだ。


ていうか一つ言わせてもらうが、中学の時はそれなりに人気はあったんだ。バレンタインの日には義理だけど最低五個は貰ってたんだぞ。確かに超イケメンではないにしろ、まだ一度も関わった事もない癖に普通それ言うか?



「――以上、新入生代表、神崎紺」



苛々する。


こんな学校、来るんじゃなかった。


乱暴にマイクを切った後、下りようとした俺に司会から制止の声が掛かった。



「ここで親衛隊総隊長からお知らせがあります。」



親衛隊……? 何だそれ。生徒会以外にも組織があるのだろうか。


ていうか何で壇上に居なければいけないんだ? 俺に関わる事なのか?



生徒で埋め尽くされたそこで、一つの頭が動く。あれが『総隊長』という奴か。


早く用件言って終わらせろよ、と余裕こいていた俺は、そいつの顔を確認した瞬間絶句した。


亜麻色の、ワックスでセットされたふわふわの髪。琥珀色の目。少し彫りの深い顔立ち。


旧校舎でナニかしてた二人のうち下の方だ。



「ハロー、さっきぶり」


「さっきぶりじゃねえよ、こっちは顔も見たくねえんだよ」


「あはは、やっぱり面白いや」



こいつ……色んな意味で性格悪そうだ。面白い事を求めて何でもしてしまうタイプだぞきっと。


玩具を見付けた子供さながらの目で見られ、言いようもなく全身に鳥肌が立つ。


そいつはにんまりと笑い、マイクに向かって言った。



「全校生徒の諸君、おはよう! 朗報があるよ。なんと、新・親衛隊総隊長が決まりましたぁ!」



その言葉に、一斉に騒がしくなる。


だから何なの、親衛隊総隊長って。



「彼は僕の後輩(・・)で、バリタチに見えるけど本当はネコだから、間違えないであげてな!

それと彼は物凄い男食いの淫乱ちゃんだから、皆も気を付けろよ?」



茶目っ気たっぷりな仕種を加え、全校生徒が次に紡ぎ出される言葉に神経を集中させる。


一部理解不可能な単語があったが、それにしても酷い言いようだ。旧校舎で朝から放送禁止用語をしていた奴に言われるとは、そいつも不敏だ。


そして俺関係なくね?



「新・親衛隊総隊長は……」



しんと静かになった講堂の中で、その声はよく響いた。



「神崎紺に、任命しまーす!」



…………




「はああああああああ!!?」




俺を含めた九百九十九人の雄叫びが合致した。


え、何なのマジで。虐めですか畜生。



「何で俺なんだよ! つうか総隊長なんて知らねえし、外部生にやらせるなし!」


「やだなぁ、さっきはあんなにやりたいって目を輝かせてたのに照れちゃってさ」


「何時、何処で、誰が言ったよ。勝手に話作ってんじゃねえ糞チビ」


「あはは、やっぱり紺ちゃんは面白いな。だけど残念、これは決定事項だから取り消し効かないよ」



嘲けるように笑う。うん、これ以上にないほどむかつく。取り敢えず殴りたい。激しく殴りたい。



「総隊長! 何故こんなぽっと出の奴に総隊長の座を!?」


「それにこんながり勉野郎などお断りです!」



ほら見ろよ。向こうから反対しているじゃないか。がり勉野郎と言われるのは心外だが、前者の意見には賛成、大賛成。


こっちから願い下げですよ。何をやるかなんて知らないけど。



「ごめん、もうこれは変更効かないんだ。だからこれから彼の事を『総隊長』って呼んであげてよ」


「断る」


「いや、紺ちゃんに言ってないから」


「知らねえし、ちゃん付けするな」


「何で、可愛いのに」


「キモい」


「本当に照れ屋だねぇ」


「照れてねえ、むしろ引いてる」


「そ、ん、な、紺ちゃんにぃー……はい、これ。名付けて『ナニナニ? 我等が親衛隊総隊長』をあげる!」



無理矢理押し付けられたA4サイズの書類の束。いらない。第一、名前がダサい。



「そこには総隊長の仕事内容が書かれているから。つっても仕事なんて、朝と昼の生徒会出迎えと月に一度の総会しかないけど。あとは会長様方を見守るくらい」



ご丁寧に説明ありがとう。読む手間が省けたよ。



「俺、本当にやんな――」


「任期はたったの二年間。引き受けてくれてありがとうな! お礼に今日は一緒に寝てあげるよ」


「頭いかれ――」


「てことで、以上! 呉島瑚太(くれしま こた)からでした!」



騒然とする中、強制的に壇上から引きずり下ろされ、俺より小さい身体に引っ張られながら講堂を出た。まだ式は終わっていないのに、随分と強引だ。


まあ、言いたい事は山ほどあるし丁度良い。


ついでに一発、いや三発ほど殴らせろ。



「この辺なら良いかな……」



講堂から少し離れた場所で掴まれた腕が解かれる。殴ってやろうと拳を固めた俺に、糞チビは焦るわけでもなく「ごめん」と謝った。



「殴ってもいいよ、随分と自分勝手な事をしたからね」



先に言われると逆にやりづらい。先程と雰囲気も違うせいか、何となく殴るのは気が引ける。仕方ないからチョップ一発だけにしておいた。


糞チビは目を見開いたが、すぐに笑顔になる。



「紺ちゃん優しい」


「喧嘩売ってる?」


「売ってないよ。純粋にそう思っただけ」



何なんだこいつ。本当にさっきの人物とは思えない。性格が百八十度違う。



「総隊長の件だけどさ、本当に悪かったと思ってるよ」


「なら今すぐ取り消せ」


「だからそれは出来ないってば」



無茶言うな、と顔をしかめる。それはこっちの台詞だ。勝手に決めた上に人格を疑われるような嘘を吐いてさ。


お蔭様で今後の学校生活もお先真っ暗だ。



「本当に悪かったと思ってる。でも、僕にはもう時間がないんだ……」


「は?」


「アメリカに行くんだ。こっちには当分戻れなくなって……それで急遽代替わりする事にしたんだ。もう二年間は過ぎたからね」


「はあ……」



それで、だったら何? 俺よりも適任なんていただろう。何で外部生のうえ初対面の俺に押し付けるんだ。どう考えてもおかしいよ。



「僕はね、嫌われてるんだ。全校生徒、それに先生にも」


「……さっきはそんな風に見えなかったけど?」



むしろ慕われているように見えたぞ。



「僕は紺ちゃんと違って容姿が良いからね。みんな君が総隊長になるのが嫌だったんだろうな。そういう時って、やけに団結力が強いじゃん?」



悪かったな、普通で。


しかし嫌な事に巻き込まれた。



「親衛隊のメンバーはあまり信用出来ない。僕に内緒で色んな事をしていたみたいだし。彼等に任せたら絶対に親衛隊は暴走する。だから外部生の君に任せたんだ。一般常識のある君にね」



…………


筋は通っている。今だに親衛隊がどのような組織か分からないがそれなりに大きな団体と考えると、あの面食いばかりの惚けた奴等に任せるのは些か不安。


でもさ。嫌われた親衛隊総隊長に任命された俺って、普通に考えるとまさに嫌われる運命じゃないか?


それに加え、俺の株を落とすような紹介。



「あ、うん、ごめん。面白そうだったからさ。それと僕が言うのもアレだけど、嫌われるだろうね。だって僕からの任命、推薦なんだもん。まあ慣れれば何ともないさ。二年間、ガンバッテ」


「……んの、糞チビがぁああ!!」






超エリート学校、鼓楼(くろう)学園。


人目を避けるように、ひっそりと山に建てられたそこはその肩書きとは違い、男達の、男達による、男達の為の、色狂いの学園。


これぞまさに有名無実。



……早く卒業してえ。

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