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まずは冷静に対処しよう

全ての元凶は中三になったばかりの時……



俺の親はそこそこ有名な映画監督だ。


夫婦二人で打ち出した映画は日本の中で、特に二十代から四十代の年齢層にヒットしてきた。


ジャンルは様々で、サスペンスだったり時代劇だったり。


日本ではあまり多くないアクション映画も、実際に爆発などを起こして撮るという、かの有名な監督並に危険と無茶を侵して作り上げた。


勿論これも大ヒット。


ホラーはとことんリアルを追求して制作期間中に心霊スポットを回りまくり、かつてない程の恐怖を全国に震撼させた。


確かこれは十八禁になってたかな。


そんな無茶苦茶な親だけど俺は嫌いじゃなかった。


映画監督なんて夢を実現させる仕事だろ?


かっこいいじゃないか。


だけどさ、流石にこれはないんじゃねえの?



「てことで紺、あんたの高校は此処で決まりだから」



リビングのテーブルにでかでかと広げられたパンフレット。


青々と繁る森の中に佇むバロック式の宮殿もとい校舎。



「全寮制で、しかも特待生で入れれば全額免除! 素晴らしくない?」


「え、いや、素晴らしいと思うけどさ……何でこうなったかもう一度説明くれる?」


「だから、」



親父が横から入ってきた。



「お父さんとお母さんで海外進出してくるから、しばらくお前一人になるわけ。此処まではいいか?」


「お、おう……取り合えずオーケー」


「でだな、お前に一人暮らしはまだ早い。此処にぶち込めばこちらの手が掛からなくて済むと考えた訳だ」



んー? 今若干というかバリバリ聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが。


何、仕送りもしないつもりかこいつら。


親父と母さんはにこやかに笑った。



「パンフレット見た限りだとかなり良い所じゃないか。そこに入れるよう勉強に励めよ」


「あ、そうそう。そこの生徒さんて皆一流企業の御子息なんですって。今のうちに仲良くなっとけば色々と都合が良いかもね!」



色々って何だよ、普通に笑って黒いこと言ってんじゃねえよ。


ていうかそんな堅苦しい所に行きたくない。


一流企業の御子息とか、俺のイメージだと七三で眼鏡掛けてて他人行儀で敬語で廊下を直角に曲がるようなのしかない。


俺は現在中学三年に成り立てほやほやだけど、少しやんちゃしてきたから絶対に気は合わないと思う。


それに高校に行ったら普通に可愛い彼女を作りたいし……って、あれ?



「此処って、男子校!?」



皆御子息ってことはそうだよな!?


うわ、絶対嫌だ!



「いいじゃない、住めば都よぉ? それにあんたに拒否権は与えません」


「ふッざけんなクソババア!!

俺はぜってえ行かねえぞ!!」



怒りに任せてパンフレットを床に叩き付ける。次の瞬間、俺の頬に拳が入った。


そのまま床に投げ飛ばされる。


誰にって?



「誰がババアじゃボケェ……」



勿論、家のクソババアにだ。



「まだバリバリ現役っちゅうに、餓鬼が意気がっとんじゃねえべ!! 此処行け言うとるんやから大人しゅう行け!!」



色んな方言を乱射する母さんの顔はまるで鬼婆だ。


いや怖くねえよ? 怖くねえし少しもチビってねえからな?


俺は黙ったまま頷いた。


表向き諦めたと見せ掛けた俺は、さりげない抵抗を何度も試みた。


わざと成績を落としたり、素行を悪くしたり。


だがそれだと余りにも母さんからの鉄拳が下るので、情けないことながら途中で諦めた。


もう一つ取った行動、逆に成績をかなり上げること。


そのエリート学校よりも高い偏差値の高校を狙えば、親も目移りするのではと考えたわけだ。


しかしながら、俺は重要な事を見過ごしていた。


そこよりも高い学校は全部女子校だった。


結果、「あんた、女の子になりたいの?」って真顔で聞かれ、敢え無く撃沈。


色んな意味でへこんだ。


そして最終手段、『願書を出し忘れちゃった、てへぺろ』作戦に移行したが、どうでもいいところでちゃっかりしている家の親が代わりに出しておいたとさ。


俺終わった。


もう何をやっても無駄、そう悟った。だったらもう、いっそのこと特待生を狙うか。


親は何としてでも行かせるつもりのようだし、悪あがきも効かない。


どうせ通うなら楽な学園生活を送りたい。


そうだ、何も敷地から出ちゃいけない事ではないのだ。必要とあらば買い物に出れる筈。


それに便乗して外に彼女を作ればいい。何だったら、中学の友達に可愛い女の子を紹介してもらえればいい話だ。


そう割り切って、というかほぼ無理矢理こじつけて入試に挑んだ。病み期が通り過ぎて一周して、何故かハイテンションになった俺は、当日類い稀なる絶好調だった。



「落ち着け俺……戦いはこれからだぞ」



馬鹿でかい門の前で精神を統一する。


今日が入学式なのだが、駅から乗ってきたバスには俺以外誰も乗っていなかった。


焦り。それに不安。


二度目になるこの門も、今日は何故か威圧的に見える。


ちなみに親父達は先週に日本を発った。


昨日来たメールにはカジノの写真が添付されており、

[ベガスFooooo!!]

と一言。


なにこれ虐めですか。


すぐに削除して着信拒否に設定させてもらいました。様見ろ。


――と、門を潜り体育館へ続く無駄に長い道を歩いていれば携帯が鳴る。


件名を見れば知らないアドレス。


本文はこのようだった。


[なんで着拒してんの]


分かりやすい、実に簡潔な一文。ありがとうございます。



俺は即座にそのアドレスも着信拒否に設定し、ついでに自分のアドレスも変えた。


よし、これならもう恐れることはないぞ!


嬉しさに頬が緩む、足取りも軽くなる。


左手に古めかしい校舎が見えてきた。


俺の頭の中に入れた地図によると、確かこれは旧校舎。此処を過ぎて道なりに歩いていけば、入学式を行う講堂がある筈。


此処まで来ればあとはそんなに遠くない。きっと生徒もちらほら見え始めるだろう。


そう、俺は今一人なんだ。


旧校舎の出入口付近にカラフルな頭が見えている気がするが、あれは野菜、野菜畑だ。なんなら果物畑でもいい。決して不良とかヤンキー等という不逞な輩ではあるまい。というか人間ではないだろう。大丈夫、今の俺は黒髪に伊達眼鏡の真面目ルック。目を付けられるわけがない、ないのだよ。だからこっち来るなぁああ!!



「何だこいつ、見たことねえ顔だな」



金髪に話し掛けられた。


どうする?


一、蹴る。

二、潰す。


ちなみに目的語は金の付く玉です。



「足が滑ったごめん」



そう一言断りを入れて股間を蹴り上げた。


先手必勝、先に手を出したもん勝ちだ。


同性として急所を狙うのは少し躊躇われたけど仕方ない。ドンマイ。



「ぬぅおおお!!」


「よっちゃん!!」



よっちゃんが鶏の首を絞めたような声を出しながら地面に倒れる。


自分でやっておきながら「痛そうだな……」と思って見てたら、完璧に逃げ遅れた。



「てめえ……ふざけんじゃねえぞ!!」



青髪と赤髪、それに緑髪に囲まれる。


ちょ、顔が近いんだけども。

「あ゛ぁ゛!?」とか「ゴラァ!!」とか威嚇する度、顔に唾が飛ぶ。まじで勘弁。


それよりも、先に手を出したとはいえ、この状況はどうしたものか。


はっきり言うと結構危機的状況だったりする。


確かに中学の時は少しはっちゃけていたが、それも校舎内での話だし喧嘩は数える程しかしたことない。それも片手で足りる程度。


それなのに、「喧嘩? ああ、日課ですけど何か」な人々に囲まれるなんて、自分の事ながら阿呆だな。


もう一度、必殺金蹴りをしようにも、両腕をがっちりホールドされて無理。んー……これが女子だったら嬉しいんだけどな。


そのままズルズル引きずられるようにして校舎の中まで連れて行かれる。


これはちょっとまずいかな。



「落ち着け、平和に話し合おう」



なかなか良い提案だと思うのに、カラフルな頭の方々は聞いてくれない。


ちょ、このままじゃ本当にフルボッコにされる。



「ほら、飴あげるから畜生。ちょっと食べてみたくて買った納豆飴、フローラルな香りが口一杯に広がる納豆飴、レアモノだぞ欲しいだろ? 遠慮するな、それでも食って引き篭っていてくれよ頼むから」



俺にとって最大限の譲歩。ぶっちゃけると凄くまずかったからなくしたいだけなんだけど。



「舐めてんじゃねえぞ!!」



よっちゃんがキレた。


いや、俺が金蹴りした時点で既にキレていたけど、火に油を注いでしまったようだ。


両腕を押さえ付けられて身動きが出来ないのにも関わらず、よっちゃんが大きく振りかぶる。


や、やばい。流石にやばいよ。優等生ルックで顔面腫れさせたら、優等生ではなく虐められっ子になっちまう。


そんな事になったら今後の体裁が悪いわけで。ていうか転校生いびるなよ。



「チェストぉおお!!」



俺は隣で腕を抑えている赤髪君に頭突きを食らわす。


チェストと叫びながら頭を狙うのがポイント。


不意打ちに腕を掴む力が緩む。その瞬間を見逃すわけもなく、もう片腕を掴む青髪君の腹に蹴りを入れて逃げる。


よっちゃんと緑髪君は唖然としてたが、すぐに追い掛けてきた。


やだね、まったく。とにかく外に出ないと。いや、一旦隠れるか。


そうしないと永遠に追い掛けてきそうな気がする。


すぐ近くにあった教室の扉を開けた。



…………


あれ、おかしいな。俺はさながらアリスのように不思議の国へ迷い込んでしまったのか。いや、そんな訳ないか。



「んッ、んあッ」



誰も居ないと思っていた筈の教室には先客がいた。二人ほど。


中がやけにポカポカしているのは日光のせいにするとして、何でこの二人はセックスしているんだ。


此処、学校だぞ。何だ、補導でもされたいのか。



「……誰だ」



黒髪の、恐らく生徒が情事を続けながら鋭く睨む。


え、そこ止めないのかよ。なんつうアイアンハート。恥じらいがないところが(おとこ)らしいよ。



「こら待ちやがれ! って、そこは――」



まずい、追い付いてきた。


素早く中へ入り鍵を閉める。よし、この空間に居るのはかなり気まずいけどいいや。



「――ッ、ふ……んんッ、だ、誰……?」


「ん? ああ、すまねえ。すぐに出て行くからお気になさらず……いや、出来たら止めて欲しいけどね」



こそこそと窓へ寄る。こんな所、早く出たい。誰とも知らない男女のセックスなんて目に毒だ。


…………


あれ。


あれれ。


此処って男子校じゃなかったか?


あれ、でもセックス……


思い切って振り返る。俺の事なんかまるで見えないかのように続けられている情事。黒髪男の下に亜麻色の髪の――



「男!!?」



ま、待て落ち着け俺!


あれはきっと髪がやたらと短い女の子、そうに違いない。


実はあの二人は中学の時から付き合っていたのだが、ある日突然、男が姿を消した。女の子は必死になって捜すが見付からない。その男、本当は彼女に言えない深い事情があって(暴走族の族長で彼女が敵から狙われないように、とか)この学園に身を潜めていたのだが、彼女がその噂を耳にした為、変装し入学することに。そして感動の再開を果たした二人はそのままセックスへ……


完、璧。


よし、この路線でいこう。あれは女の子であって、決して男ではないぞ。だいたい男同士で性交なんて無理だろ。



「瑚太、余所見してんじゃねえよ」


「んうッ、は、激し……ッ」



バリバリ男の名前じゃねえかよ!


嬌声が耳に張り付く。誰か嘘だって言ってくれ……


無性に腹がムカムカする。気持ち悪い、吐きそ――



「う゛、オ゛ぇえええ」


「え、うわっ何!?」


「きたねえ……てめえ何吐いてんだコラ」



不覚。吐いちまった畜生。



「う、うるせえ! ヤロー二人がこんな所でヤってんじゃねえよ!

ていうかセックスって、セックスって……!! うわぁああああ!!」



窓を開けて外に飛び出す。走りながらつい先程着信拒否した番号に電話を掛ける。



[――何]


「母さぁああん!! セックスって男と女のアレだよね!? 断じて男同士でヤるものではないよねぇ!?」


[何言ってんの、同性愛だってあるに決まってるじゃないの]


「いや、そうだけど!

俺もうやだ!! 此処ホモがいるよ、ヤンキーもいるし!

超エリート学校じゃなかったのかよ! 

こんな所に通えるかってんだ!

転校するぞ!!」


[……紺]


「何だよ!!」


[ホモは差別用語です]



ガチャン、と電話を切る音。ふざけんな、まだ文句言い足りねえよ!


着信履歴から再度掛け直す。だが耳に聞こえてきたのは無機質な機械の声だった。


着拒された。


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