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第四区切り


「…………」

 長い沈黙を破ったのは、重苦しい空気に耐えられなくなった僕のほうであった。

「あの、さ……とりあえず、歩く……?」

 得体の知れない物体、もとい豚と何と言って会話をしたらいいか分からないが、とりあえずこの空気をどうにかしたかった。

 キャッチした僕の手から離れ、空中でパタパタと羽を動かしている豚。

 果たして普通に喋って良いものなのか、敬語を使うべきなのか……いや、さすがに敬語は使わなくていいよな……? だって豚だし……。いや飛んでるからあまりその自信もないが。

「……わ、分かったブヒ……」

 謎の女性にブーと呼ばれていた豚も警戒しているらしく、おっかなびっくりといった様子で声をかけてきた。

 やはりこの豚は、日本語を理解し、喋ることも可能らしい。

 そうなると豚なのは見た目だけであって、豚と呼んでいいものかますます分からなくなる。

 分かったと言うものの、豚が動く様子はなく、羽だけが空中をせわしなく動いていた。

 パタパタパタパタ……もうそれの無限ループ。なにこの重苦しい空気。

 どうやら豚から動く意志はないようなので、僕が動くことにした。

 自身が普段通っている学校と言えど、この世界で学校内に行く宛などない。

 それでも、どこかに移動すべきと判断し、半壊している保健室のドアを開き――開かなかったので、半分くらい開いた隙間から出て行った。

 その後を、無言で豚は付いて来た。

 僕の背後では、パタパタと可愛らしい擬音が付くようになったらしい。

 とりあえず歩くも、どこに行ったものかまったく分からない。歩きながらちらりと窓の外を見たが、景色は変わらず真っ黒であった。

 とぼとぼとしばらく廊下を歩いていると、職員室に行き当たった。

 誰もいなければ閉まっているであろう職員室の扉は、他の教室同様なんでもないようにあっさりと開いた。

 扉は開けたら閉める、の癖でいつものようにすぐ扉を閉めようとしてしまい、『あっ』という声を僕が漏らすと、豚は短い前足を一生懸命(?)に伸ばし、扉を止めた。その顔は必死だった。

 その様子に和み、ほっこりしていると豚は何だというような顔をした。


 職員室にあった湯のみとポッド、それからお茶葉を勝手に拝借し、二人……いや、一人と一匹分を用意した。もっとも、ペットフード専用の物など置いていないので、人間用の湯のみだが。

 不思議と電気は通っているらしく、ポッドの中に水を入れるとすぐに温かくなった。

 ついでに、僕は職員室の机と椅子も拝借。どの先生のかは知らない。

 豚は机の上にちょこんと可愛らしく座り、湯のみをじーっと見ている。どうやって飲もうか、思案しているようにも見える。

「ふぅ……」

 熱々のお茶を口に運び、口の中を少々火傷しながらも、お茶によって気持ちは少し落ち着いた。

 豚は相変わらず湯のみをじーっと見ていた。時々、羽を動かし少し浮くと湯飲みの中身を確認するかのような仕草をした。

 なんとも非現実的なできごとだか、豚という可愛らしい容姿の上、手のりサイズと大きさも可愛らしく、さらには天使の如く純白の羽さえ生えているせいで、とても和んだ。思わず、此処が異様な世界であることを忘れそうなほどに。

 さて、どこから話を進めるべきか……。

「これは……何ブヒか?」

 飛んでいる状態で豚は、問いかけてきた。

 何、とは湯のみの中身のことだろう。

「お茶、知らないのか?」

 分からないというように、首を捻る。

 いちいち動作が可愛い。

「えっと、飲む物だよ。すごく熱いから、気をつけながら、良かったら飲んでみて」

 そうか、自分の分だけ用意するのも如何なものかと思い、一応用意したのだが、お茶自体知らなかったとは。

 豚はフンフンと匂いを嗅いだあと、僕の真似をしてなのか、傾けて飲もうとしていたが、まったく動かなくて断念したらしい。

 その様子を見かね、僕が豚の湯のみをお茶が零れない程度に傾けると、音を立てて舐めた。

「なかなかブヒな」

 しばらくして顔を上げると、何だかご満悦の表情で豚はそう言った。

「そう、よかった」

 思わず顔がほころぶ。

 って、そうじゃなかった! まずこの世界から戻らないと! なんで豚と和みながらお茶を飲んでるんだ!

 いかんいかん、思わずほっこりしていた。それどころじゃなかった。

「えっと、あのさ。此処からどうやって出ればいいの?」

「ブヒ?」

 傾けられていない、直立の湯のみの中に必死に顔を突っ込んでお茶を飲んでいたらしい豚は顔を上げて首を捻る。ピンク色した可愛らしい鼻には、お茶が滴っていた。

「いやさ、此処から出ないといけないじゃん? えっと……君も出るんでしょ?」

「そうブヒねえ」

 なんか平静を保ってるけど、明らかに今『はっ!』って感じの顔したぞ。

 さてはこいつ、お茶飲んで和んでたな。いや、僕もその口だけども。

 お茶のおかげで、豚も少しは僕に心に開いたみたいだしまあ良いんだけど。

「で、どうやって出るわけ?」

 首を半回転させ、窓の外を見る。

 何一つ変わらず、雲一つ無い真っ黒な世界だ。出口も非常出口も見つかりそうにない。

「いやいや、私も知らないブヒよ」

 美味しそうな……いや、豚足そうな……豚足そうな? いや、短い前足ほ上げて左右に振る豚。

「えっ!?」

 てっきりこの豚が帰り方を知っているものだと……。

 この豚でさえ知らないのに、いったいどうやって此処から出ようと言うのか。

「何をそんなに驚いてるブヒ。私がいつ出方を知っていると言ったブヒか?」

 確かにその通りだけど! でもさ! さすがに知ってると思うじゃん!

「そ、そうですね……」

 思わず溜め息を吐く。

 まさか閉じ込められたままとか……?

 それは勘弁だが、僕ではどう頭を捻ったところで此処から出る術を思いつきそうに無い。

 先ほどまで僕の耳に聞こえていたパタパタという音は無くなり、代わりにペロペロだのピシャピシャだのという、ミニサイズの豚がお茶を必死な姿で飲んでいる姿と音が観測されるようになった。

 豚は豚で、此処から出ようと考えていないらしく、お茶を必死で飲んでいる。

 だんだんの湯のみの中身が減ってきたことにより、身をグイグイと捩じらせて湯のみの中に体を突っ込んでいる。

 ……なんだろう、この奇妙な光景。

 右手で頬杖を付きながら、左手で豚の湯のみを傾けてやる。

 声も掛けずにやったもので、お茶に体が浸ってしまったのか、湯飲みの中からくぐもった声で『ブヒッ!?』という声がした。

 体を湯のみから抜くと、こちらを見る。文句の一つでも言われるかと思ったが、まん丸と可愛らしい瞳に見つめられただけであった。

 湯飲みの中身を見ると、大概飲み干しており、あまり残ってはいなかった。

 ――そこまで美味いか、お茶が。

 傾けられた湯飲みの中に再度首を突っ込み、必死にグビグビと飲んでいる。どんだけ好きなんだ。

 ――さて、どうやって此処から出たものか……――

 どうやらこの豚は本当に出方を知らないらしい。

 出方を知っていたら、とっくに出ていることだろう。

「ブヒーッ」

 お茶を飲み干したらしく、湯飲みから顔を出すとプハーッの代わりらしい声を上げる。可愛い。

 そこまでお茶が好きなら、と自分の湯のみを豚に差し出そうとしたその時、

「んじゃま、出るブヒか」

 えーっ!?

「えーっ!?」

 思わず思ったことと同じこと言っちゃったし!

 脳で叫んで、口からも叫んじゃったよ!

「えええええええええええええ!!? 知らないんじゃないの!?」

「いやまあ、出れるには出れるブヒよ」

 ……こんの嘘吐きクソ豚が。

 さっきまでの可愛らしい仕草とか色々が吹っ飛び、一気に憎たらしく見えてきた。

 見た目的にイベリコ豚っぽいしもう、焼いてやろうかな。不思議と電気は通ってるみたいだし。家庭科室でも行ってパチパチ焼いてやろうかな。

 豚はお茶の滴が付いている前足をペロペロと舐めている。

 そんなことしたところで、この怒りは収まらない。可愛いとも思わ……可愛い……っ!

「くっ……!」

「どうした、悶えてるブヒよ」

 そりゃ悶えもするわ。

 絶対狙ってやってるだろ、この豚。

 まあ可愛いからそれでもいいけど!

「ま、まあいい……。で、どうやって出るんだ」

「んっ、口」

「口?」

「そうブヒ」

 口がどうしたというのだ。

 お茶でも付いているというのか。

 豚の口を見る。何も付いていない。

 では自分の口かと触ってみるが、何かついている様子はない。

「違うブヒ。私の口の中に入って出るブヒよ」

「えっ……スモールライトでも持ってるの……?」

 僕は自力じゃその口に入れるほど小さくはなれないぞ。

 なんだ、特別ゲストでドラ○もんでも呼んでいるのだろうか。

「何バカなこと言ってるブヒか。まあ、百聞は一見にしかず、ブヒ。準備はいいブヒかー」

「えっ、ちょ」

 待って――と言おうとした。

 しかし、それを口にする前に、僕は何かに飲み込まれた。

 人が返事もしていないのに、随分と勝手に……。

 飲み込まれた、と言っていいのかよく分からないけれど、さっき話していた内容に寄れば、それでいいのだろう。

 突然、豚があの変な人物と言うべきか、なモノを飲み込んだとき同様、豚はそのミニなサイズからは想像できないほど口を大きく開いた。

 それに無理矢理、入れられたのだと思う。

 意識はあるが、真っ暗で何も見えない。それこそ、外の真っ黒な世界に放り出されたかのような感覚になる。

 手足は自由に動くし、目も開いてはいるらしいが、何も見えない。

 右手を右方向におそるおそる伸ばしてみる。指先はどこにも触れず、空を掻いているようだ。

 しばらく歩いたり手を伸ばしたりしてみたが、どこにも行き当たらなかった。

 足場はあるが、壁はないのか、いつまで立っても行き止まりということはなかった。はたまたただ単にだだっ広く、壁まで行き当たらないだけか……。

 歩くこと、感覚的に五分も無かったと思う。

 立ちくらみのような感覚が急に襲い、意識を失ったかと思うと、目が覚めると外だった。

 ――外、とはどのような場所かと言うと、学校の校庭。

 誰もいない校庭は、いつも通りの色をしていた。土は黄土色で、空は空色だ。雲も小さいものだが、ぽつぽつと流れている。

「えっ、もど……った……?」

「そうブヒ」

 空を呆然と見上げていると、僕の傍らには豚がいた。

 夢オチは許されないらしい。

 どうやら、本当に豚が僕を飲み込んでこちらの世界に戻ったらしい。

「え……てか、なんで校庭……」

 こういうとき、戻るとしたらセオリーとして、僕が元々寝ていた保健室のベッドなのでは……?

「そのへんはしょうがないブヒよ。そんな都合よくいかないブヒ」

 ……そういうものなのだろうか?

「いや……そういえば、なんか……なにあの空間」

「あー、飲まれてたときのあれブヒか。私にも説明できないブヒ」

「大雑把だなぁ……」

 大雑把な性格な豚なんだな……。

 そういえば、なにやらのんびりと豚と会話しているが、太陽の位置からして今は真昼だろう。ということは、まだ学校に生徒も先生もいるだろう。こんなにのんびりと会話していたら、誰かに見られてしまう。

 移動すべきなのだろうが、はたしてどこへ行くべきなのか……。

 元居た保健室のベッドに潜り込むのが正解だろうか?

 う~ん……。

 校庭のど真ん中辺りに立って、とりあえずどこに移動すべきか腕を組んで考えていると、豚が僕の顔の前に飛んで来た。

「早く戻らないと誰かに見られるブヒよ?」



 ……お前が言うなよ。

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