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第二区切り

「ハクー、時間よー。起きてー」

 下から母の声が掛かった時、時刻は既にアウトっぽい時間帯だった。

 母はおっとりしているところがあって基本のんびり屋なので、母に起こしてもらうときはいつも学校に間に合う時間ギリギリに起こされる。

「ん……ぅ……ふぁーっ……」

 すぐ傍の窓辺にあるカーテンを開けると、少し曇っているようで、起き抜けから雨が降らないか少し心配になった。

 少し呆けながら、やはりこの部屋は落ち着かないな、と毎日のように思っていることをぼーっと考えた。

 階段を少し下りると、目玉焼きの匂いが鼻をくすぐった。今日の朝ごはんもいつも通り、目玉焼きときんぴらごぼうかひじきかと、ご飯に味噌汁らしい。

 父が朝は和風なものでなくてはならなく、朝ご飯のメニューはよっぽどのことがなければこうなる。

「おはよ、母さん」

 リビングのドアを開けて母に声をかける。

 父は既に仕事に行ったらしく、いなかった。

「おはよう、ハク。ご飯出来てるから食べちゃって」

「うん、いただきます」

 自分の指定の席に着いて、母が作った朝ごはんをいただく。

 今日のおかずはきんぴらごぼうのほうだった。どちらかと言うときんぴらごぼうのほうが好きなので、少し嬉しいことがあったということになる。

「ごちそうさま」

 ご飯を食べ終え、学校へ行く仕度をして家を出た。

 家を出るとき、母が雨が降りそうだからと折りたたみの傘を渡してくれた。外は既に雨が降りそうで、なんとなく嫌な感じがした。

 ただ、登校中に雨は降らなかったので、そのあたりは幸いと言えば幸いだった。――雨が降らない代わりとでも言うように、体調が少し優れなかったが。

 学校に着いてからも体調が悪く、一向に良くなる気配がなかったので、友人が休み時間に心配して声を掛けてきた。

「お前なんか……すごい具合悪そうな顔してるけど、大丈夫か?」

「ああ、うん……平気、だとは思うけど……」

 そう言いつつも、頭痛がひどく、頭が割れそうと言った表現が相応しいほどに体調はひどくなっていた。

「先生には言っておくから、ちょっと保健室で休んでおけよ。なんか尋常じゃない顔色の悪さしてるぞ」

「ははっ、そんなひどい? じゃあちょっと休んでくるよ」

 おちゃらけながら言うも、友人は変わらず心配そうな顔をしていた。

 席を立ったときにひどい眩暈がしたが、ここで倒れたら心配されるどころじゃないと思ったので、平気な顔をして保健室へ向かった。

 ――さすがに、これはきついな……。なんか廊下がぐにゃぐにゃしてるように見えるし……――

 とてもじゃないが、だんだん笑えない状況になってきた。いや、最初から笑える要素など無かったのだが。

 やっとの思いで保健室に着き、ドアを開けると中に生徒どころか、保健の先生もいなかった。

 職員室にでもきっと行っているのだろう。正直、立っているのもやっとの辛さだったので、先生を待っている余裕も無く、勝手にベッドに入らせてもらうことにした。

 ベッドの横にあるカーテンを引き、ベッドを拝借する。途端に眠気にも襲われ、すぐに眠りに落ちた。

 

 何十分経ったか、あるいは何時間経ったか――ふと目を覚ますと、当たり前だが先ほど寝た保健室のベッドの中だった。

 ――しかし、何かが違う気がした。自分の胸中にある違和感の正体は分からなかったが、それでも何かがおかしい気がした。

 引かれていたカーテンを開けると、寝る前と変わらず、保健室独特の医薬品などの香りはしたが、先生も変わらずいなかった。

 変わったことがあるとすれば、寝る前にあれほどひどかった頭痛が、すっきりと治まっていることだろうか。

「…………あれ?」

 自分の中にある違和感は何なのかとしばらく考え、壁を眺めているとあることに気付いた。

 ――時間が……進んでない……?――

 一時限目の休み時間に教室を出て保健室に来たのだから、ここに来たのは間違いなく十時二十分過ぎだ。二時限目の始業チャイムを聞いていないということは、眠りについたのは十時三十分前ということになる。

 ――保健室にある時計を見ると、時計が示している時刻は、十時二十七分あたり。

 丸一日、もしくは十二時間寝ていたというのは、まず考えに無理がある。寝ていたので体内時計にそれほどの自信はないが、感覚的に寝ていても一時間と言ったところだろうと思う。

 なら、時計が壊れている……とか? 時間的なことを見ると、ちょうど僕が寝たときに止まった……とか。

 さすがにそんなことはないだろう……とは思うが、時間が進んでいないあたり、そうとしか思う余地がない。

 具合も良くなったようだし、とりあえず保健室を出ることにした。

 保健室を出ると、すぐに廊下に出るので、一面透明なガラス窓で外が見えるようになっている。そのせいで、気付いてしまった。違和感程度の問題ではなかった事に――。

「はっ……? なにこれ、……なに? なんかあれ、目……悪くなったとかじゃないよな……?」

 保健室にいるとき、電気が付いているのにやたらと薄暗いなとは感じた。だけど、今日は朝からずっと曇り空だったからそのせいだと思っていた――だけど、違った。

 違う、目が悪くなったとかではない。これは違和感ではなく、確信だ。何かがおかしい。

 眼前に広がるのは、保健室の前の窓からいつも見える街の風景。ただ、いつもと違った。

「白黒写真かよ……」

 思わず小さな笑いを漏らし、呟く。

 ――まるで、白黒写真のように色の無い街が目に映った。

 空が灰色一色に覆われていて、そのせいでモノクロなわけではない。空が灰色なのはきっと、曇っているせいだ。いや、既にそれすらも、本当に『ただ曇っている』だけなのか怪しい。

 なにかの悪い冗談であってほしい。自分の目が悪くなったにしても、それだって悪い冗談であって欲しいのに、違和感の確信は、確かな確信であることに寒気を覚えた。

 ――そうだ、起きたときに感じたあの違和感……、人の気配がしないんだ――

 保健室にだって、教室から先生や生徒の声はわずかながら聞こえる。寝る前にだって、人の声は確かに聞こえていた。

 それが今は、まったく聞こえない。廊下に出ても聞こえない。つまりは、人がいないということ。つまりは、人の気配がしないのは当たり前ということになる。

 嫌な予感がした。

 廊下をほぼ全速力でかけ、保健室から一番近い教室の三年四組の教室を開ける。

 思わず笑い声が漏れる。

 ――人っ子一人、いないじゃねえか……――

 とても学校とは思えない、寂しさが漂っている。

 妙に整理された机と椅子。後方にあるロッカーには、紙くず一つ入っていやしない。

「なんだよ、これ。……笑うしか、ねえじゃん……」

 教室の壁に掛けられている時計を確認する。

 時計の針は、まるで当たり前のように十時二十七分を指していた。

「いやもう、笑えないわ……ははっ……」

 思わずその場にへたり込みそうになった。泣きそうにすらなった。

 なにかの悪い冗談であってほしい。夢であってほしい。誰かが、いや、学校全体で仕掛けたドッキリであってほしい。

 ――なんでもいい、この状況が嘘であれば。

 わずかな希望を抱き、不安定な足取りで隣のクラスの三年三組の教室を開けた。

「当然、か……」 

 四組と何も変わらない。

 妙に整理されている机と椅子。ロッカーも同じ。時計の時刻も同じ。チリ一つ落ちていない。

 まったく人のいた空気を感じさせない空間しかなかった。

 先ほどよりもよっぽど重くなった足取りで、自分の教室へ向かった。

 案の定、何一つ変わらなかった。

 見知った顔のクラスメイトも先生もいない。

 もう夢だと思うしかなかった。

 綺麗に整理されている自分の椅子に腰掛け、窓際席の特権でもある、外を眺めた。

 そこからは校庭が見える。もちろん、誰一人いないはず――であった。

 いたのだ、誰かが。

 その誰かを見た瞬間、椅子を鳴らして飛び上がった。

 ――人だ、良かった!――



 確かな希望を、僕は抱いてしまった。

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