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第一区切り

「しろー、俺本屋寄ってくんだけど、一緒に行くか?」

 うあー、あっちーぃ……夏だからしょうがないけどさぁ、この暑さはねぇんじゃねぇの?

 今日何度よ……。ここ砂漠? てか教室なのにまったく冷房が効いてないのが悪いんじゃ……。

「……えっ、ああ、うん?」

「なにぼーっとしてんだよ。本屋、ほ、ん、や! 行くけど一緒に行かないかって聞いてたの!」

 そりゃあ、ぼーっともしますよ。

 外気温これ絶対はんぱないじゃん。外とかもう行きたくないし。

「本屋ー? いや、俺はいいわ……。帰る」

「おー、そっかぁ。なんかぼーっとしてるから気を付けてな」

 ハイハイ、と気だるげに僕は友人に手を振った。

 ……帰りたくない……しかし帰らねば……。

 べたーっと机にくっついていた状態から体をなんとか起こす。

 すっかり静かになった教室を見渡し、下校時刻を告げる鐘を聴き、やっとこさ鞄を手に取り学校を後にした。

 

 予想通り外は夏真っ盛りって感じの暑さで、異常に歩く気を削がれた。

「あー……っちぃ……」

 自分の右手で顔のあたりをパタパタと扇いで見るも、冷たい風などまったくもって来ない。むしろ灼熱の太陽に焼かれてしまったのであろう熱風が顔に当たるくらいであった。

 早く帰ろう、そうしよう! でも走るのは無理。早足くらいで頑張ろう。

 行くときは下り坂でいいけれど、帰りには上らなければならない急でながーい坂の手前で止まると、不思議と早く帰ろうという気も失せた。

 坂を見上げ、溜め息ひとつ。

「めんど……くせー!」

 うおおおおおおおおおおおおっ! と、さっきまでの意気消沈していた自分はどこへ行ったのか、大声を張り上げながら駆け足で坂を上っていく。

「はっ、ッ……はぁっ……きっつー……。運動部でもないのに何してんだか……っ」

 しばらく膝に手をついて肩で息をした後、バカらしくなってまだハァハァ言ってる中歩き出した。

 うーん、これ結構変態っぽいかも……。学生服が救いかもしれないなこれは……。

 いやしかし、高校生がなんか(平静を装っているせいで)運動したあとでもなさそうなのにハァハァ言いながら普通に歩いてるって……僕なら通報するわ。

 よし分かった。少し休憩しよう! 強がってないで休憩しよう!

 ちょうどここを少し行った先に駄菓子屋があるから、アイスでも買って休憩していこう。

 そう思い、目の前の横断歩道を渡る。無論、信号は青だ。

 横断歩道を渡っている途中、この近くの女子高の制服を着た子とスレ違った。

 ――月咲高校の女子か。……ふぅん――

 ふぅんのところはべつに可愛いなとか思ったわけではありません、はい。

 そういうわけじゃないけど、ほらなに? 確認みたいな? いや全然そんなんじゃないけどね?

 横断歩道を渡った後、後ろを振り返ると女の子はまだ横断歩道を渡っていた。

 そうじゃん、確認も何も俺が振り返ったところで後姿しか見えないじゃん……。

 アホらしくなってさっさと行こうと思った瞬間、女の子の肩の辺りに黒いモヤモヤとした物体があることに気付いた。

 ――なんだあれ? 黒煙?――

 不思議な気持ちで女の子の後姿とその黒い物体を見つめていると、自分の体の右方向から一台のトラックが来た。

 普通ならば、歩道側の信号はまだ青で、車道側の信号は赤なので突っ込んでくることはないだろう。しかし、トラックの様子が明らかにおかしかった。

 運転手がおかしかったわけではない。この距離では運転手の顔などはっきり分からない。そのトラック自体が、だ。

 もうすぐ歩道と共に信号があって一時停止をする為に、スピードが遅くなるはずなのにそんなことはなく、トラックは猛スピードで前進している――女の子に向かって。

 女の子がトラックに気付いた様子はない。まだ歩道の中腹辺りだ。確実にぶつかる。

「えっ、はっ、ちょっ!? まじかよっ!」

 手にしていた鞄を放り投げ、全力疾走で女の子方へ走る。

 さっきも走ったせいで横腹が痛かったが、今はそんなこと構ってられない。

 ――やばいやばいやばい! トラック近いって!――

 ものの五秒――いや、三秒あればトラックが突っ込んでくる距離だった。

 ――これ下手したら僕も轢かれるんじゃねえの? なんで僕こんなことやって……ってそんな場合じゃないっての!――

 やっと追いついた目の前にいる女の子の右手を後ろから掴むと、なりふり構わずに思いっ切り後ろに引っ張った。

 ――その時、自分の頭の中で『カチッ』という音が聴こえた。それと同時に、女の子が纏っていた黒い影のような物は消えた。

「えっ、わっ!?」

 最初は手を掴まれたことへの驚きで、後のは引っ張られたことへの驚きだろう。

 僕たち二人は尻餅を付いた。

 瞬間、目の前を猛スピードのトラックが過ぎて行った。女の子の足があるスレスレの位置を。

 二人共無事らしかったが、女の子の物と思われるイヤホンはトラックのタイヤに勢いよく潰されて粉々になった。

「あぶな……ッ!?」

 危なかったと言いかけ、言葉を失った。

 猛スピードで過ぎて行ったトラックは前方に停車していたと思われる車に勢いよく突っ込むとすさまじい音と共に煙を上げた。

 呆然とする僕と、女の子。

 ほんの少し離れた位置で大事故が起きたのだから、言葉を失ってもしまう。

「……あ、えっと、大丈夫? 立てる?」

 しばらく事故の様子を見守った後、立ち上がり女の子に手を差し出す。

「あっ、はい。大丈夫です。……ありがとうございます」

 手を取り、立ち上がる。

 二人で歩道の端まで歩いて行き、女の子がスカートを掃うと、二人してまたトラックのほうを見つめた。

「あ、通報とか……したほうがいいのかな」

 そうだそうだ、と思い、独り言のように小さな声で言う。

「あ、そ、そうですね。……あ、今日携帯持ってないや……」

 自分のポケットを探る。

「……あ、僕もだ」

 どうしようか? と二人で顔を見合わせる。

 実際そこまで深く考えていたわけではないけれど、いかにも『僕は物凄く考えています』感を出す為に、目を瞑って腕を組んでみた。

 それをまるで『バカみたいだからやめなよ』とでも言うように、女の子が僕の制服を摘まんで軽く引っ張った。

「大丈夫みたいですよ、あれ」

 そう言って女の子が指差す先には、歩行者なのか、店から出てきた人なのか、はたまた車の運転手の人なのかは分からなく、何て言ってるかもここからでは聞こえないが男性が携帯を手にして、慌てた様子で話していた。

「ああ、ほんとだ」

 それなら僕らの出番も無いかと思った。

「……帰っても、大丈夫……ですかね? 私ちょっと用事があるので警察の方のご厄介とかになると困るというか……」

「あー、僕も早く帰りたいし……いいんじゃないかな、行っちゃって。通報もしてたみたいだし」

 はい、と小さく言うと女の子は音楽プレイヤーについていたと思われる無残な姿のイヤホンを、律儀にも拾った。

「家帰るところ? 送ってくよ」

 ついさっき起こったばかりの事故のことが少し気になって、そう言ってしまった。言った後すぐに、これが世に言う不審者という奴なのではないかと気付いた。

「あっ、いやっ、あの、っさ……今さっきこんなことあったばっかりだから……」

 焦った様子で弁解すると、女の子はおかしそうに笑った。

「ふふっ、分かってます。大丈夫ですよ。じゃあ、わりと近いのでお願いしていいですか?」

「ああ、うん。分かった」

 事故が起きたのとは反対側に、二人で歩いて行く。まるで、自分たちには関係の無かったことのように――。


「さっきは助けてくれてありがとうございました。音楽聴いてたから全然分からなくて……」

 さきほど全力疾走で駆け上がった上り坂を、今度はゆったりとした足取りで下って行く。

「いや、全然。こっちこそ乱暴な助け方でごめんね」

 いきなり手を掴んでいきなり後ろに引っ張る、だもんな。僕でも吃驚するわ。

「いえ、……ああじゃなきゃ、私助かって無かったですもん」

 無理に笑っているかのように、困ったような顔で女の子は笑った。

「私、如月藍って言います。アイの字は藍染めの藍です」

「あー、僕は佐藤白。ハクって言うんだけど、ハクの字は普通に白。だからあだ名は白です。よろしく」

「ハクさんですね。よろしくお願いします。その制服、ここを真っ直ぐ行った所の丘乃高校のですよね」

 僕の制服を指差す。

「ああ、うん、そう。如月さんのは月咲校のだよね」

「はい。……じゃあ、私の家、すぐそこなので。ありがとうございました」

「いいえ、どう致しまして」

 ぺこりとお辞儀をすると、少し駆け足で通りのほうへ消えて行った。

 その後姿に、あの時見えた黒い物体は見えていなかった。

 あの音と共に、黒い物体は自分の勘違いだったのだと、そう結論付け、自分の帰宅道を行くことにした。

 途中――というか曲がって少しした所に再び現れた上り坂を前に、走る元気などすっかり無くしていたので、重い足取りで上って行った。

 坂を上った先は騒がしく、先ほど起きたばかりの事故のことを忘れていた自分がいることに気付いた。

 烏合の衆の人だかりと、パトカーと救急車。皆が騒がしく取り囲む所は、つい十分ほど前にトラックが乗用車にぶつかった所だ。

 夕方で、買い物帰りか何かの主婦や、学生、仕事終わりと思われるサラリーマン風の人などたくさんの人が集まっていた。

 野次馬根性よって再び事故現場を見たくなったが、集まっている人だかりを見てその気も失せて、騒がしい道とは反対の道へと、足早に去って行った。

 その後、家に帰ってから一つ思い出したことがあった。

 それは重要なことでもなんでもなく、如月藍と名乗った女の子のことでも、あの事故のことでも、ましてあの時見た黒い影のことでも無かった。

 あの事故によってすっかり肝が冷え、そのせいで忘れたのか、僕にとってはわりと重要だったこと――。



「……アイス、買い忘れた」



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