幼馴染が「悪霊にとり憑かれているから告白して」と謎の要求をしてくる件
「みんな、おはよう」
教室のドアを開けて入ってきたのは、一人の少女だった。旗のようになびく長い髪。雪のように白い肌。黒目がちな、大きな瞳。
そして肩からかけた数珠は、一粒一粒が野球ボールくらいデカい。頭の上には、どういう原理で乗っているか分からない水晶が鎮座していた。
この、どう見ても絶対に関わってはならないタイプの人間こそ、俺の幼馴染である。名前を白根美穂という。
彼女はちょっと変わっているというか、だいぶ変というか、頭のネジが緩んでいると言うか、弾け飛んでいるというか、もう既に手遅れというか……。
***
美穂は最初からこんなんだったわけではない。昔から好奇心旺盛な女子だったものの、心霊系の趣味はなかった。
彼女が頭水晶になったのは高校に入ってからだ。
降霊術や除霊の技術も習得しようとしているらしく、美穂の家からは定期的に「キエエエエエエ!」や「ホオオオオオオ!」そして「うるさいから静かにしなさい!!!!」などの声が響いてくる。
まあここまでならまだ可愛げがある。
しかし、彼女は霊能者としての修行を積んで自信を付けたのか、あるタイミングから、学校でもアクションを起こすようになった。
ある時は同級生を捕まえて「あなたには良くないモノが憑いている。私が祓ってあげるわ!」と迫って生徒指導室に連行された。
またある時は壁の隅の見えない一点に向かって「来る……あいつが来るわ……!」と、言いながら1日中一人で将棋を指していた。最後に「負けました」と言って頭を下げた。何らかに負けたらしい。
そしてまたある時は急に苦しがり始め、こう叫んだ。
「駄目! このままじゃ身体が乗っ取られてしまう! みんな、危険だから私から離れて!」
そこで肩と頭がガクンと下に下る。次に非常に低い声で
「ククク……、この女の身体は乗っ取らせてもらった。今からお前たちを一人づつ食ってやるぞ!」
と絶叫する。ここから急激に頭を起こし
「させないわよ! この悪霊!」
白目を剥いて
「な、何ぃ! ワシから意識を取り返すだと! この女、どれだけ意思が強いのだ! さすがは双気流霊能者の最強の一角かつ100年に一人の天才と言われたあの白根美穂と言ったところか!」
などというお芝居を授業中に『一人で』繰り返したりした。
もう一度言う。
『一人で』
繰り返した。
あの時の空気は地獄だった。悪霊なんかよりよっぽどお前のほうが特級呪物だよ、と誰もが思っていた。
そんなこんなを3ヶ月も続ければどうだろう。彼女の友達は熱せられたフライパンについた水滴みたいに、一瞬で蒸発していった。
除霊するはずが、自分が悪霊扱いされているのだから皮肉なものだ。
でも当然である。誰だってこんな頭のおかしいやつとは関わりたくないだろう。
俺も関わりたくはなかったのだが、そこは幼馴染である。あの状態で放置するわけにもいかず、何かと話す機会も多かった。
結果、俺はクラスで唯一美穂と外交をする出島のような存在となっていた。
時間を現在に戻す。。
美穂が俺の隣に座った。ちなみに彼女の机には塩で作られたピラミッドが置かれているので教科書などは置けない。時々、野生のヤギが舐めにくる。
ヤギたちはしょっぱくなったお口直しに俺の顔も舐めていくので迷惑極まりない。
俺が1時間目の準備をしていると、何やら隣から視線を感じる。美穂が目を見開いてこちらを見ている。
非常に嫌な予感がした。
「悟、あなた……」
今返答したら絶対面倒なことに成りそうなので、聞こえないふりをした。
「――! 聞こえていないッ! 霊障だわ!」
「聞こえてる聞こえてる」
「あなた、悪霊に取り憑かれているわッ!」
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美穂に連れてこられたのは、地元の公民館。その小さな和室だった。
美穂は巫女服に着替えていて、頭の水晶は取っ払っていた。いやこんな時こそ水晶使うんじゃないのかよ。
ちなみに彼女が巫女服を持っているのは、神社でアルバイトをしているからだ。色白で華奢な彼女には非常に似合っていて、黙っていれば美人である。
「で、俺には何の霊が憑いているんだ?」
「色々よ」
「何だよ、色々って」
「ありとあらゆる者共よ! この世に恨みをもって死んだ落ち武者に公家! そしてハゼ!」
「ハゼって魚じゃないのか。で、全部で何人いるんだ」
「ざっと3000人居るわ」
「多くない!?」
いやいやいやいや! 3000人って、あのカラフルな雑貨や民芸品でお馴染み、メキシコのグアナファトの人口とほぼ同じじゃねえか! 俺、そんな人数から集られてるの?
「放置すると危険よ。このままだと膨れ上がってしまうわ」
「な、何が膨れ上がるんだ……?」
「3000人も居ると、利子が増えて、次々と悪霊が……」
「何で悪霊にとりつかれるのが借金と同じシステムだよ」
バカバカしいとは思いつつも聞いてみる。
「一応聞くんだけど、それ、どうやれば除霊出来るの?」
「今から降霊術を使って、あなたに入った悪霊をまとめている連中を、私に降霊させるわ」
「あ、俺じゃなくて、お前に降ろすんだ」
「彼らは生前何らかの未練を持って死んだ存在。悟は出来る限り彼らの話を聞いて、そして出来る限り願いを叶えてあげて」
「わ、分かった」
美穂は目を閉じて念仏のようなものを唱え始めた。
巫女服で念仏というのも、かなりツッコミどころ満載だ。場所も相まって、なんか安っぽい企画ものAVみたいでもある。
「ぅ゙ッ!」
小さなうめき声と共に、美穂の頭と肩が同時に垂れ下がった。
そしてゆっくりと起き上がった時、俺は仰け反った。
どう見ても美穂の顔に見えなかったからだ。正確には美穂の顔なのだが、全く彼女が作ったことのない表情を浮かべている。
「僕の名前は藤村健。昭和62年に死んだ」
美穂……の、身体を借りた霊が語り始めた。部屋には俺達しかいない。ろうそくの灯りのみで薄暗く、部屋にはかなり雰囲気があった。
一度大きく息を吸う。
「えっと、あなたはどうして死んだのですか」
「交通事故だった」
霊の語りは淡々としている。会話の間、しゃべる速さが全く美穂と違っていた。
「どうして僕に取り憑いていたんですか?」
「お前の身体を通して、どうしてもやりたことがあるんだ」
「やりたいこと?」
「告白だ」
聞けば、藤村と名乗ったその人物は、生前好きな人がいたらしい。しかし、その女性に告白しようとした日、車に轢かれてしまったそうだ。
「つまり、僕があなたの代わりに告白すれば良いんですね?」
「そうだ」
「と言っても、告白なんてする相手が」
「この娘にしろ」
「え?」
「だから、私が今、身体を借りている少女に告白するのだ」
「美穂にですか?」
美穂の身体に入った悪霊は、何度も激しく頷いた。急に動きが活発になったな。
「さあ早く。お前が告白する時、俺はお前の身体に入り直す。そうすると告白を疑似体験出来るからな」
「いや、でも……」
「こーくはく! こーくはく! さっさとこーくはく! 呪うぞ!」
何そのポップな呪詛……。
しかし美穂に告白か。いや、別に嫌いじゃないけど、告白するほど好きかって言われると、そこまででも無いしなあ。
「それって、他のクラスメイトじゃ駄目ですか? 例えば、いつもニコニコしてる田中さんとか……」
「絶対だめ!!!」
急に美穂が俺の手を掴んだ。
「あれ、藤村さん、どうしたんですか?」
「藤村はもう地獄に落ちたわ。問題ない」
「問題じゃないのか、それは!」
「それより悟、何を考えているのよ」
「何考えてるって、藤村さんは告白したいって言ってただろ?」
いつの間にか藤村さんと人格スイッチしていた美穂は、両手を組んで口を曲げている。何だか怒っているようだ。
「わ・た・し・に・告白しろって言ったでしょ!」
まるで自分が要求したかのような口ぶりである。
「良いかしら? 次の悪霊からはもっとタチが悪くなるわよ! 正確に悪霊の願いを聞いてあげないと呪うからね!」
「お前が呪うの?」
俺が言い終わらないうちに、美穂は再びガクンと項垂れた。
次の瞬間、美穂が胸をおさえて苦しみ始めた。
「うううう! うああああ!!」
「お、おい美穂! 大丈夫か!」
「ぐあがががあ!!」
美穂は苦しみながら和室をのたうち回る。おおよそ演技とは思えない迫力だった。
ろうそくの炎はかき消され、持ってきたカバンも蹴飛ばされる。薄暗い部屋に、まるで獣が這いずっているかのような、巨大な気配があった。
まずい。今どんな悪霊が美穂の中に居うるっていうんだ。何かしてやれることは無いのか。別にもう俺に憑いている悪霊はどうでもいいから、中断してほしかった。
その時、着信音が鳴った。
美穂のスマホだ。
美穂は「ぐがぁッ!!」と言いながらスマホを取った。
それを耳に当てる。
そして言った。
「お世話になっております。白根です」
ものっそい普通に対応し始めた。
「どうしたんですか店長。はい、はい。あーなるほど。12日のシフトを休む人がいるので変わって欲しいと」
バイトの連絡だったらしい。
「つけあがるなよ」
美穂は通話を切った。
「ぐあおごあががががあ!!」
切った途端、元気にのたうち回り始める美穂。いやもう無理だろ。
「うおおおお! にくい! にくいにくいにくい! 悟がにくい!」
急にヘイトが俺に向いた。
「お、おい、大丈夫か?」
「何で気づかないのよ! この鈍感バカ! 鈍感すぎて憎い!」
「何の話してるんだ?」
「悟の鈍感! アホ! ウジ虫に等しい存在!」
「急に悪口の火力上がってきた!」
「抱きしめたいくらい憎い!」
え?
「いっつもかまってくれるところとか! やさしいところとか! 癖っ毛とか! 本当はびびりなところとか、全部全部憎い憎い憎い!」
そ、それって……。
「俺じゃなくて、お前が告白してね?」
その瞬間、美穂の動きが止まった。まるで急に電源を切った機械のように動かなくなる。
代わりに顔がどんどん赤くなっていく。
「さ、悟……」
美穂は目を開けて俺を見た。潤んだ瞳。吸い込まれそうだ。
「おらぁ!」
突然、美穂が俺のおでこにむかって御札を投げつけた。ビターンと張り付く。何だか湿布が張り付いたような冷感があった。
美穂の切り替えの速さに戸惑っていると、ふすまがカタカタと揺れ始めた
床も小刻みに揺れ始める。
「な、何だ? 何が起こってるんだ!?」
その時気付く。俺の身体から、禍々しい黒い粒子のような何かが、どんどんと溢れ出してきている。
「ナニコレ!?」
「だから悪霊だって最初から言ってるでしょ!」
いや悪霊自体は本当に居たのかよ!!!
「悟、動いちゃ駄目よ。ちょっとでも動くとあなたの頭がシシャモになるわ」
「どういう原理で!?」
「速やかに除霊を行うわ」
そう言って、美穂はカバンから釘バットを取り出した。
「じゃ、行くわよ」
「え、どうするの?」
「あなたに憑いてる悪霊にフルスイングするの」
「いやいやいやいや!!! それ生身の人間をぶっ壊すときにつかうやつだろ!!」
「大丈夫、こう見えて私は砲丸投げで30mの記録を出したことがあるのよ」
「お前のフィジカル自慢されても余計不安になるわ!!」
「喝!!!!!!」
美穂は躊躇うことなく俺の顔に向かってフルスイングした。
しかし、寸前でバットは俺ではなく、すぐ前にいた黒い何かを的確に捉えていた。
ヒットした瞬間、凄まじい風圧と共に、黒い塊が一気に霧散していった。
「ぐあああああ!」
俺のものでも、美穂のものでもない断末魔が聞こえた。
「くそがあああああ! ちんちん見たかったああああ!」
何の未練抱えてたんだこいつ。
***
結局あれ以降、告白については俺も美穂も触れなかった。ただ、ちょっとだけ美穂との距離が近くなった気がする。
ある日の放課後、嬉しそうに美穂が肩に触れてきた。
「悟! 今日は近くの廃トンネルまで除霊に出かけるわよ!」
「え、それって俺も行かなきゃ駄目?」
「良いじゃない、付き合いなさいよ!」
「はあ、分かったよ」
……まあ、こうやって振り回されるのも悪くないのかもしれない。
おわり




