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やどかり

掲載日:2026/03/07


 父はこっちにたくさんのモノを残して逝った。


まだ中に何本か残っている煙草の箱にライター


もう使われない灰皿


次の記念日にと取っておいていたらしい値が張るワイン


耳にタコが出るほど聞かされた学生時代に柔道の大会で優勝したときの賞状


テレビの真ん前の特等席に置いてある紺色の座布団


☆1と☆2はクリアしてるのに☆3の難易度からはところどころ空白がある数独の本


この家に所有者の無くなったモノがある。


なんだかすぐに捨てるのは違う気がして部屋の隅や仏壇の前やらに散り散りに置いているのだが、やはり扱いに困るので手荷物程度に向こうに一緒に持っていってくれたら、そうしてくれたなら少しは目につく機会も減りふと思い出したりもしないのに。


・・・灰皿に灰が溜まらなくなって一週間くらいが経った頃、数字が少しだけ埋められた☆3の数独を解いていた俺はあの人の意外な一面を知った。


 数独は難易度が高くなると、選択肢が増えて数字を借り置きで進める必要が出てくるのだが、どうやら父はそれが苦手なようで確実に分かるところまでは数字が埋まっていたがソレが必要になると途端に空白が増えていた。父が残した空白はページの端に癖のある字で書かれた選択肢の並べられた数字をヒントに解き切った。

 本の最後のページに掲載されている皿が当たるらしいプレゼント応募に目を通すとこの本で解いたページにパスワードのヒントがあるらしく、埋めた数字とヒントを照らし合わせるとパスワードは“やどかり”だと分かったが応募の有効期限は五年も前に切れていた。


ーーーその日夢であの人を見た。


 目の前には小学校の入学祝いで父がくれたグローブが二つ落ちていた。駄々をこねて買ってもらいキャッチボールを近くの公園でした記憶はあるが低学年のうちに俺は野球に興味が無くなっていたのでそれからはおもちゃ箱の肥やしになっていて、見るまで思い出すことも無かったかもしれないくらい昔のモノだった。


 そのグローブの少し先に一枚の写真が落ちている。

二人とも若くて真ん中に幼い子供が写ったモノクロの写真には当時好きだったヒーローのアニメキャラクターが装飾されていて、それは俺が喜ぶだろうと母がデコレーションしたものだった。痩せている父と今よりもふくよかな母、寄り添った二人のふとももを椅子にして座っている子供がヒーローポーズを決め得意気な笑顔をしている写真は瞬間の幸せを写し撮っていた。

 

 落ちていた写真の先に目をやると遠くに歩く人影が見えた。遠くの影はこちらに気づくこともなくゆっくりと両手に荷物を抱え、先の見えない向こうへと歩いている。


 人影が歩いたとされる道程には道筋を示すようにモノが転がっていた。黒帯がついた柔道着、綺麗に包装されたまま何の花か分からないほど枯れてしまっている花束、通っていた陶芸教室で制作したが出来が悪いからと父の日に託けてプレゼントした形が歪な湯呑み。


 これらを辿った先にいる遠くのあの人はまた荷物をこぼしながら歩いている。何かを感じ取ったのか少し振り返ったかと思うとまた向こうへと歩き始めた。

 

 その際見えた父は、俺が幼稚園の時に段ボールに色を塗り金メダルを模して作ったメダルを首からかけ、箱も使わないで両腕と紺色の座布団を下敷きにしながらたくさんのモノを抱えていた。そのまま向こうへと姿を消してそれから夢は終わった。この時以降夢に父は出てこなかった。


 今もまだワインは開けていないし賞状もそのまま、座布団も定位置だし煙草は仏壇の前に供えてある。灰皿には灰が溜まっている。父は手荷物などとうに抱えきれないほど持っていたのだ。もう捨てるつもりもない。


 頑張って手に入れたモノを持っては行けずに人は死んでしまう、だからせめて今は残しておこう。あなたが残した全てがあなたを形作っていたモノだから。その全てがここにあなたが存在したことの証だから。


 

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