ティーポット
白地に青緑の装飾が施された陶器のティーポット。同じ柄のカップへと、ゾウの鼻のような口から湯気立つ甘い香りの紅茶が注がれる。
「お話ししましょ。お話ししましょ」
僕が来たことがそれほどまでに嬉しいのか、さあさあどうぞと椅子を注ぎ口で促してくる。紅茶はフレーバーティー。桃の風味と熱が口の中に広がる。
「お話ししましょ。お話ししましょ」
ポットはキンキンと高い声で同じ言葉を繰り返す。僕の体は倦怠感が支配していて、彼女の言葉にため息くらいしか吐けられなかった。
その顔があまりにも疲れ切った様子だったらしく、ポットはまあ大変と慌てだす。
「なら元気になって。飲んで元気になって」
飲めよ飲めよとカップを指すティーポット。確かに彼女の淹れてくれる紅茶は心のどこか奥の方まで温もりが届いてくる。
辛い記憶や嫌な記憶。そんなものを全て忘れさせてくれる。
体中へと染み渡る温もりにホッと安堵の息をつけた。
「元気になった?」
コクリと頷く。
「ならお話ししましょ。お話ししましょ。貴方の話が聞きたいの」
自分の話。といっても話せることは多くない。嘘や脚色を交えて話せばポットは嬉しそうに微笑んだ。
翌日もポットに会いに来た。彼女は僕を見るなりパァと顔を綻ばせて、昨日と同じフレーバーティーを淹れる。
喉を熱が通り口内に甘みが残る。
悩み事や心配事。そんなものが綺麗さっぱり無くなっていく。
「お話ししましょ。お話ししましょ。……今日はどんな話を聞かせてくれるの?」
それでも話せることは少ないのだ。愚痴の一つでも吐き出してやろうと思っていたが、紅茶を飲んでしまえばそんなつもりもなくなった。
今日の出来事でも備忘録のように話してみれば、彼女はそれでそれでと聞いてくる。
翌日も紅茶を飲みに来た。アレがなければダメだから。
ティーポットが僕を見つける。早く早くと紅茶を待った。視線はカップに。彼女が注ぐとすぐさまカップの紅茶を飲み干した。
憤懣だとか憎悪だとか。心にかかるモヤが晴れていく。
「ねえ、お話し……しましょ」
ティーポットがいつものように話をせがむ。
だけど僕は断った。悪いけれど時間がないんだ。
ティーポットはそう……と呟きそれ以上は何も言わなかった。悪いことをしただろうか。また明日、謝ろう。
翌日。紅茶を飲まなければ。
ティーポットは僕を見るとゆっくりと微笑む。おはようだなんて一丁前に挨拶をしてくる。その優雅さが腹立たしい。
そんなものはいいからと、僕は陶器のカップに紅茶を注いだ。
不安に不満。消さなければならないものがまだまたある。焦燥も後悔も嫉妬も欲望もすべてすべて。純真無垢な子どものように。
僕は紅茶を飲み干した。
「………………」
翌日。紅茶が出ない。
ティーポットは空になっていた。
使えない。紅茶が出ないなんて。お前のためにわざわざ時間を作って話をしてやったのに。
こんなものはガラクタでしかない。
ああ、くそ。早く、消さなくてはならないのに。




