3-15
流れる風景をぼんやり見ていたら、いつの間にかアルさんが荷台の定位置に戻っていた。
言われた通りフードは被っているけど、ぼぉーっとしていた顔、見られたかな?
アルさんには寝起きのヤバい顔を見られているから今更かもしれないけど。
それでも気をつけよう。うん。
「どうした?」
「何がですか?」
「やけに大人しいが、何か問題でもあったか?」
……その言い方だと、いつも私が騒いでいるような感じで、ものすごく不本意なんですが。
まぁ、そう思われても仕方ない。
そんな思いが通じたのか、アルさんは肩を竦めて謝ってきた。
「すまない。失言だったな」
「いえ、まぁ、多少は事実ですし……」
ガラガラガラ……と、荷台は進む。
石畳の振動はそれ程悪くない。
整備が行き届いている証拠だろう。
「……人、多いですね」
「そうだな」
「屋台も多い」
「そうだな」
その分、ゴミが目立つ。
悪臭を放っているわけではなさそうなので、許容範囲なのだろう。
私はイヤだけど。
「――知らない風景に知らない人達ばっかりなんで、なんだか……異世界に来たみたいです」
「田舎から出てきた時は特にそう感じるかもな」
「あっちで美味しそうに串焼きを食べている人とかも……」
「あぁ、虎系の獣人だな。――もしかして、人間以外の種族は初めて見るのか?」
「はい。今まで住んでいた所には居なかったので……」
そんな獣人さんをよく見てみると、人間に近い容姿の人と動物に近い容姿の人がいる。
何か違いはあるのだろうか。
「――アルさん」
「なんだ?」
「どういう言い方が正しいのか分からないんですけど、獣人さんは2種類?いるんですか?」
「その言い方でも大丈夫だ――そうだな。人間に近い獣人は力や魔力が弱く、動物に近い獣人は力や魔力が強い。そう覚えておけばいい」
ふむ。
より野生に近い方が強いのか。
見ればさっきの虎獣人さんは、顔は立派な虎顔で、素晴らしい上腕二頭筋をしてらっしゃる。
さぞかしお強いのだろう。
「あの虎さん――」
「虎獣人がどうした?」
「――が食べてた串焼き、美味しそうだった……」
「……買ってきてやるよ」
「わーい」
ラシードの分も頼んじゃおう。
アルさんに買ってもらった串焼きを食べようとしたんだけど、3人だけ食べるのも気が引けたから、
「赤兎馬も食べる?」
なんて、冗談半分で差し出したら、ひょいっと1本丸ごと食べられてしまった。
マジか。
「セキトバですからね」
「今更だな」
おかげで串焼きはラシードと半分こになってしまったんだけど……
赤兎馬よ、それ、馬肉だったんだが大丈夫か?
尻尾がすごい勢いでぶんぶん揺れているんだが。
小腹が満たされたことで少し落ち着いたのか、改めて街中を見渡す余裕が出来た。
「――アルさん」
「なんだ?」
「帰っていいですか?」
ぐふっとアルさんは笑いを飲み込む。
「早くないか?」
「だって……私にはああいうの、無理ですもん」
そう言って互いの視界に入るのは、『服従の首輪』を身に付けた獣人の奴隷が大勢の人間に囲まれて、虐げられている姿だった。
体を丸め、両手で頭と首の後ろを必死に庇っている。
衆人は楽しそうに野次を飛ばし、酒を呑みながら罵声を浴びせ、中には足や棒で小突く者までいる。
「まぁ、キミには無理だろうな」
漏れ聞こえる内容から、それをやらせているのが綺麗に着飾った女性だというのが、余計に腹立たしい。
この街で初めて目撃した同性がアレでは、先が思いやられる。
とりあえず、彼女とは仲良くなれそうにない。
アルさんが、私が被っていたフードをさらに引き下ろし、視界を遮る。
「ちなみに、アレって何ですか?」
「おそらく公開懲罰だろうな」
「それをする理由は?」
「歩くのが遅い。汚い。目障りだ。理由は何だっていいんだよ。単なる娯楽だからな」
娯楽で痛めつけられる方はたまったものではないんだが。
デルナダって領都に次いで3番目に大きい街じゃなかったのか?
こういうのって、発展している街ほど少ないものだと思っていたんだけど……
――違う。
こういう娯楽が成立するのに、田舎だろうが都会だろうが、そんなのは関係ない。
「奴隷って、ああいう待遇が普通なんですか?」
「そうだな。極々一般的だ」
「……ラシードも?」
「はい。ですが、あれはまだ緩い方ですよ?」
爽やかな笑顔で言うな。
あと、さっさと『服従の首輪』と手枷を外せ。
もうデルナダに入ったんだからいらないでしょ。
うちの子に、そんなモノは似合いませんっ!
私の視線に気づいたのか、ラシードがまた困ったような笑みを浮かべる。
「今外すと検問直後で逆に目立ってしまいます。手枷だけでは、いけませんか?」
そっと両腕を差し出してきたので、何の迷いもなく手枷を外し、乱暴に荷台の隅に放り投げる。
「ありがとうございます」
「――どういたしましてっ」
首輪まで外せないのは悔しいけど、これ以上私の我儘でラシードを困らせるわけにもいかないから、ここら辺で妥協してやんよ。
と、思ったら、さっきの連中のひときわ甲高い、下卑た笑い声が響いた。
「――やっぱ帰っていいっすか?」
口調が悪くなるのはお許し願いたい。
せっかく新しい街に来たのに、見るのがこれでは気分もやさぐれるってものだ。
もちろん本気で言っているわけではない。
アルさんもそれを分かってくれているのか、可笑しそうに笑っている。
「だったら身分証を作って帰ろうか。ほら、お待ちかねの冒険者ギルドに到着だ」
そう言って荷馬車が止まった先は――憧れの、冒険者ギルドだった。




