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今朝の天気は快晴で、白い雲がゆったりと流れていたのに、今は灰色の重たい雲からの大粒の雨が大量に降っています。
山の天気は変わりやすいというけれど、この森もそうだとは知らなかったよ。
早く止まないかなぁ。
――私は今。
車のトランクに座り、この大雨を前に、昨夜買ったおにぎりとパンを貪っています。
ほぼ24時間ぶりの食事です。
空腹どころの話じゃない。
幸い、おにぎりとパンは傷んでなかったし、ギリ消費期限内だったのでおいしくいただいています。
本当は、こういう状況でも食べない方が良いんだろうけどさ。
でも背に腹は代えられません。
良い子のみんなは緊急時以外、絶対マネしちゃダメだぞ?(←誰に言ってんだ?)
――さて。
劇的な変貌をとげた容姿の確認をした後、出来れば明るい所で朝ごはんを…と思い、車を少し進めてみたら。
なんと!
さっきまであった泉跡と草むらが忽然と姿を消して、鬱蒼とした樹々が延々と広がっていました。
おかしいとは思ったんだよね。
そんなに離れてなかったはずなのに、いつまで経っても原っぱに出ないとか…
さすが(たぶん)異世界。
突拍子もないことが起こっています。
まぁ、きっと気にしたら負けなんでしょうね。
とはいえ、こんな不可思議な所で優雅に朝食、なんてできるわけもなく。
せめて落ち着けそうな場所はないかなと、そのまま走らせていたら、今度はいきなり大雨ですよ!
よく言うバケツをひっくり返したような雨が、車全体を激しく叩いてくるのよ!
ワイパーは追いつかない、窓の外では木の枝がもの凄い勢いで揺れている、風雨が強すぎて何も聞こえない。
恐怖以外の何ものでもありません。
とにかく、どこか安全な場所を…と必死に目を凝らしていたら――ありました!
偶然にも、大きな洞窟が。
思わず「やったー!」って叫んじゃったよ。
天にも昇る気分でこれ幸いと洞窟の中に車を停め、まずは一安心。
音が小さくなるだけで、こんなに安心できるのね。
未だ雨は止まないけど。
と、ここでやっと遅すぎる朝食兼昼食にありつけたというわけです。
「――ご馳走様でした」
そんな経緯があって逃げ込んだこの洞窟。
入口は大きく3mくらい。
中は少し薄暗いけど、ジメジメした感じはなく、少しひんやりとしている。
天井も思ったより高くて、中腰で進まなくていいのが嬉しいかな。
腰が助かった。
なんていうか、自然にできた洞窟って感じで、特にアヤシイ雰囲気はない。
こうして見ていると…まぁ、行きたくなっちゃうよね(笑)
だって『いかにも』な洞窟だよ?
ここで行かない選択肢なんて、ある?ないよね。
念の為、車の中から武器になりそうな緊急脱出用ハンマー(これしかなかった…)を片手に、大昔流行った某探検隊よろしく、好奇心の赴くまま洞窟の奥へ足を踏み入れる。
歌は…口ずさまないよ?だってハズカシイもん。
まずは入口から20mくらい、ほぼ真っすぐの道を進む。
ここまでは明かりがなくてもよかったけど、ここから先は灯りがないとちょっと厳しいかも。
それでも上下に続く緩やかな勾配を30mほど進み、曲がったところで、ふいに明かりが見えた。
終わりは思ったより早かった。
明かりを頼りに今度はゆっくり進み、息をひそめて、そっ…と覗き込んでみると――
(うわぁー!うわぁぁーー!うわぁぁぁーーー!)
そこは――洞窟内とは思えないほど広い空間が広がっていて。
朽ちた大理石の柱が半円を描くように並び建ち、崩れ落ちた欠片が周囲に散らばってキラキラと輝いている。
高い天井からはどこからか天使のはしごのような光が降り注ぎ、その光の下で、両前足にゆったりと顎を乗せ、静かに瞼を閉じている、巨大な「ドラゴン」が――いた。
(本物だー!本物のドラゴンだよーー!!初めて見たーーー!)
頭部に生える2本の角、太く、ずっしりとした重量感のある体型に長い尾。
俗にいう「西洋ドラゴン」というやつですね!
全長は20…いや、30m…大型バス2台分くらいかな。
顔の大きさだけで絶対2mはありそう。
身体全体を覆う水色の鱗が、月の光のような淡い銀色の輝きを放っていて…すごく、きれい。
その神秘的な美しさが、竜が持つ圧倒されるような雰囲気を和らげているようにも見える。
でも……なんだろう。
ドラゴンの周りに散乱する蓋の開いた無数の宝石箱。
そこから溢れたであろう金貨や宝石、鉱石がこれでもかと床に散らばり、積み上げられた金や銀の器や様々な武器、防具が今にも崩れそうに傾いている。
神聖な空間のはずなのに、まるで散らかった自室を見ているみたいで、妙に親近感が湧くのはなんでだろう。
しかし。
こんなに近くで巨大なドラゴンを初めて見るのに、恐怖よりも感動の方が大きいのは、情操教育の成せる業か。
はたまた私のメンタルが強いのか。
おそらく、その両方でしょう。
ドラゴンが『居る』ことによって、これで私が「異世界転移」したことがほぼ確定された訳なんですが、正直、嬉しいやら悲しいやら…
乙女心は複雑デス。
マンガやアニメ、小説で慣れ親しんだ実物を前に興奮しすぎたのか。
勢い余って何かを踏んでしまい、足元でパキッ…と鳴った小さな音に心臓が跳ね上がる。
(なんか踏んだ?!)
その音で我に返り、慌てて視線を落とすと、少し丸みを帯びたひし形の、見慣れない「何か」が転がっていた。
どうやらそれを踏んでしまったらしい。
手のひらほどの「何か」を拾い上げると、目の前のドラゴンと同じ、水色と淡い銀色の輝きを放っている。
(なんだろう、これ…)
目の前にかざしてじっ…と見つめていると、奥にいる巨体が透けて見えた。
――これって、もしかして…ドラゴンの鱗かな?
(…あれ?)
よく見ると大きな体が規則正しく上下にゆっくりと動いている。
(このドラゴン――寝ている、とか…)
――よし。
ここは一旦引き返そう!
訊きたい事はそりゃぁもういっぱいあるけど、答えてくれるかどうか分からない。
そもそも意思疎通ができるかどうかも分からない。
そして何より、安眠妨害は私の主義に反する。
持っていた鱗を足元に置き、静かに踵を返そうとした、その時――
「――…随分と…懐かしい気配がするが…なんぞ、そこに居るのか…」
洞窟内に聞き慣れた言葉が響いた。
部屋の片づけって、途中で飽きませんか?




