幸せのかたち⑨
「なんで……」
またインターホンが鳴り、慌てて玄関に向かう。ドアを開けた藍斗の顔を見て、詠心はあきらかにほっとしている。
「よかった、なにかあったのかと思った」
「え?」
「返信ないから、ちょっと焦った」
照れたように笑う詠心は、汗をかいているし呼吸も少し乱れている。藍斗を心配して、急いで来てくれたのだ。嬉しさと申しわけなさが胸に押し寄せて、言葉が詰まった。
「返信しなくてごめん。入って」
「いや、いい。これだけ」
詠心は両手を伸ばし、藍斗の手を握った。
「なにかあったときは相談してくれよ」
ぎゅっと強く手を握られ、心臓が暴れる。まるで「約束」と言われたような力強さに、心臓が跳びはねておさまらない。そんな藍斗の心音に気がついていない詠心は、微笑んで背を向けた。
「じゃ、帰るな」
さっさと歩き出してしまうので、慌てて靴を履いて追いかけた。
「送ってくよ」
隣に並ぶと、詠心ははにかんだ笑みを浮かべた。ただ隣にいるだけなのにとても嬉しそうにされて、こんなことでもどきどきする。
詠心の隣を歩きながら、どきどきの理由を考える。詠心といて緊張したりどきどきしたり、ずっと変だ。
「……あの子、誰?」
落ちつかなさをごまかそうとしたら、余計な言葉が口から出た。こんなことを聞きたいわけではないのに。
「あの子って?」
詠心は首を傾けて、思い当たる相手がいないという顔をする。
「さっき、学校でしゃべってた女子」
先ほどまでの胸の甘い疼きがもやもやに変わる。それはどんどん大きくなり、胸中だけではなく、全身へと渦のように広がった。不快さに眉をひそめる。自分がとても真っ黒になった気分だ。藍斗の様子がおかしいことに気がついたのか、詠心が顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「どうもしない」
無性に悲しいし、いらいらする。詠心の目を見られない。
「女子がいいならそう言ってよ。僕がだめなことなんて、自分でもわかってるんだから」
こんな卑屈な言葉を詠心に聞かせたくない。言いたくない言葉も言うつもりのない言葉も、勝手に口から飛び出していく。口から出したら、真っ黒な気持ちがますます大きくなった。吐き出すこともつらいのに、かかえているのもつらい。
「……『女の子がいい』って言われるの、僕慣れてるから。詠心は恰好いいからもてるもんね」
なんでこんなことを言っているのだろう。自分で言った言葉に後悔しているのに、口からどんどん出ていく。止め方がわからない。悔しくてつらい。
隣の詠心がぴたりと足を止めた。




