幸せのかたち⑥
考えてくれ、俺は藍斗の恋人になりたい――藍斗が詠心をどう思っているかを、きちんと考えてほしいということだ。友達としてではなく、恋愛感情の有無を問われている。
悩みながらもほっとする。詠心が心の中を少しでも教えてくれたこと、藍斗になにかをしてほしいと願ってくれたこと。
帰宅して、自室で膝をかかえる。詠心が家まで送ってくれたけれど、会話はほとんどなかった。表情を盗み見たら、詠心の顔はわずかに強張っていた。詠心も緊張しているのかもしれない。もしかしたら藍斗以上に。
考えないと、ちゃんと……詠心のこと。
本音を言えば自信がない。詠心が好きだけれど、それがどういう意味かわからない。友達として好きなのと恋愛感情で好きなのは、どう違うのだろう。ぐるぐると頭の中に問いが浮かぶ。
詠心が好き? 自分に問うては頷き、首をひねる。好きだが、これは詠心が求めている気持ちなのか。
いつも優しくて頼りになる詠心。藍斗のことを一番に考えて心配してくれる。これまで詠心に何度救われただろう。たしかに詠心が『好き』だ。そばにいたい。ただ、詠心の想いは手をつなぎたいとかそういうものなのだと感じる。
昼休みに握られた手をじっと見る。まだ力強さが思い出せる。温かくて、少し骨ばっていて、男の人の手だ。手を握られても嫌な気持ちはなかった。詠心にされて嫌なことなんてない。
「わかんない……」
難しい。答えを見つけるのが大変なことを考えるのは苦手だ。でも考えないのは不誠実だと思う。詠心があんなに真剣に向き合ってくれているのだから、藍斗だって真剣でなければ失礼だ。なにより藍斗が真剣に答えを返したい。
「……」
ローテーブルに置いたスマートフォンを手に取り、メッセージアプリを起動する。トーク画面を開き、一瞬悩んでからメッセージを送った。五分ほどで返信があった。
『大丈夫だよ』
ほっとしながら、心の中で詠心に「ごめん」と謝って部屋を出る。どうしてもひとりではわからないのだ。
家を出ると、隣家の玄関ドアが同時に開いた。姿を見せたのは優しい幼馴染だ。
「ごめんね、春海くん」
春海はいつものように笑顔で迎え入れてくれた。謝りながら、春海に続いて階段をあがる。
部屋に入って、木製のローテーブルを挟んで春海と向かい合う。俯いている藍斗に、春海は声をかけてこなかった。
相談に来たのはいいけれど、なにをどう相談したらいいかわからない。聞きたいことだらけで、次々と質問が頭に浮かぶ。でもそのすべてが違う気がして、口を開いては閉じるのを繰り返した。
「あのね」
「うん?」
「……えっと」
黙っていたら春海が困るに決まっている。思案して視線を泳がせながら、ようやくきちんと口を開く。春海は急かさずに、ただ静かに首を傾けて、聞く体勢を取ってくれている。こいう優しさが本当にすごい。どうやったら身につくのだろう。
「……」
詠心をどう思っているか、それは藍斗自身でないと答えが出せない。黙っていても春海にはわからないし困るだろうけれど、相談しても困る内容だ。ひとりで考えないといけない。でもどうしてもわからない。
「……『好き』って、どんな感じなのかな」
藍斗の口から自然に零れた問いに、春海は困ったように微笑んだ。
たぶん、これが一番聞きたかったことだ。『好き』がどういうもので、どんな気持ちなのか。それに当てはめれば、自分の詠心への気持ちがどういうものか、答えが見える気がした。
「俺はあんまりおすすめしない感情かな」
どこか寂しそうに呟く春海に、首をかしげる。
「どうして?」
問いを重ねると、春海は目を伏せた。翳りのある表情に胸が騒ぐ。聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない。焦りを覚えて、謝らなくちゃ、と慌てて口を開く。
「あの」
「幸せだけど、苦しいよ」
藍斗の言葉を遮ったのは、先ほどの答えだ。春海は目をあげ、一瞬藍斗を見てからすぐに視線を窓に向けた。今日も晴れていて、動くと汗ばむくらいの陽気だ。鳥の鳴き声が聞こえて、藍斗も窓に目を向ける。
「幸せだけど、苦しい」
春海の言葉を繰り返す。意味がわからないのに、言葉はなぜか、すっと心に馴染んだ。




