恋心
「帰ろ?」
わたしは、電車の時間が近くなると、そうヒビキに声を掛ける。
「うん」
彼はまだ、モモエと話している途中だったけど、わたしが呼び掛けると必ず振り向いてくれる。
わたしと彼の関係は、1ヶ月くらい前にただのクラスメートから変わったばかりだ。
ヒビキはスポーツも勉強も出来て、クラス以外の人からも好かれている。
今の瞬間まで、彼と話していた彼女、モモエもきっと彼の事が好きなんだと思う。
彼女も、クラス一、いや、学年一の美人と呼ばれるくらいには、綺麗な顔立ちをしている。
そんな二人に比べたら、わたしは普通だ。
体も小さいし、自信だって無い。
友達からは、『スミレは小動物みたいで可愛いね〜』なんて言われたりするけど、きっと、ヒビキの隣に立つなら、わたしなんかよりも、モモエの方がよっぽどお似合いだ。
けれど、今日も彼は、わたしを優先してくれる。
ヒビキの彼女である、私のことを。
「ねぇ、多分モモエちゃんはヒビキの事好きだよ?」
廊下に出ると、わたしは彼の隣を歩きながらそう言う。
「うん。そうみたいだね」
わたしの言葉に、彼はそう無機質に返す。
別に、さっきまでクラスで彼女と話していた事を、咎めるつもりは無い。
彼の事が好きな人と、話す事をいちいち制限していたらキリがないし、わたしにそんな権利も無い。
「告白されたら、付き合うの?」
「ううん?君と付き合っているから」
わたしが彼にそう聞けば、一瞬も考えること無く即答される。
—わたしと付き合ってなかったら、どうしてるんだろ…
きっと、他の人だったら、それだけで十分な答えだっただろう。
「わたしよりも、モモエちゃんの方が皆に人気みたいだよ?」
ズルい確かめ方だ。今の彼が、彼女を選ぶはずが無いって分かってるくせに…。
「でも、君の方が、先に好きって伝えてくれたから」
—やっぱり、順番が違ったら、他の人と付き合ってたのかな?
ヒビキは優しいから、モモエ以外の女の子にもモテる。
けれど、周りの人にわたしと付き合っている事を、隠していない。
「わたしよりも、モモエちゃんの方が、ヒビキのこと好きかもしれないよ?」
他の人が、どういう理由で彼を好きになったのかは分からない。
けれど、わたしよりはしっかりした理由があると思う。
別に、人気者だから好きになったんじゃない。
一目惚れでも無かったはずだ。
でも、気が付いたら好きになっていた…そんなわたしよりは。
「俺は、思いの強さで相手を変えたりしないよ」
「そっか」
それは、彼がわたしを裏切らないと言う宣誓。
—でもそれって、やっぱり私を選んだ理由は、告白してくれたからってだけなんだよね…
「………わたしのこと、好き?」
「人としてなら」
彼はいつだって素直だ。偽りの愛を囁いたりしない。
「モモエちゃんのことは?」
「同じくらい?」
だから、安心するのかもしれない。
ガラガラッ
昇降口まであと少しと言う所で、モモエが教室から出て来たのが横目に見える。
「あたしと別れたら、モモエちゃんと付き合うの?」
「多分…告白されたら」
後ろは振り返らない。
けれど…
「ね…キスしない?」
「良いよ。目、瞑る?」
彼は、わたしを拒絶しない。
「ううん」
—見えてない間のことを、考えたく無いから…
「じゃあ、俺も瞑らない」
「あっ…」
それは、自分の声だったのか。それとも別の…
思ってたよりも深いキスに、わたしは思考がとろける。
「ぷはっ…」
離れたのはどちらからだっただろうか。
二人の繋がってた証が、プツンと切れる。
「…行こっか」
「…うん」
—紫陽花みたいなひと…
彼にそう答えるわたしの頬は、夕焼けとは違う理由で、赤く染まっていたと思う。
モモエは足を止めていたのか、まだわたし達の後ろに居る。
彼女のその行動に、わたしは安心する。
「わたしって、最低だね…」
外に出ると、わたしはポツリとそう漏らす。
「そんな事無いよ」
ヒビキは即答する。
「ヒビキって優しいね…」
「そんな事無いよ」
変わらぬ声色で、また即答する。
「ヒビキのこと…好きだよ…」
「ありがとう」
どちらからともなく、わたし達は手を繋いで歩き出す。