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その8

「マスクしてたのが〝はるの〟で体育会系。人質にしたミニスカートが〝ももな〟。あと落書き屋が〝まひろ〟で……。他に目立ってるのっていましたか?」

 視界が一メートルほどしかない濃い霧の中を歩く芽衣がタブレットを操作しながら問い掛ける。

「寿司をかっぱらった小さいのがいたけど」

「んー。たぶん〝れま〟って子ですね。盗癖があるみたいです。あ、姉妹なんだ。お姉さんがいますね。顔写真がないけど。お姉さんの方は〝りま〟で、嘘つきだそうです」

 凌順にはこのタブレットが誰の物でなぜ学校や女生徒たちの情報が入ってるのかも気になるところだが、それ以上に気になることが増えていた。

 さりげなく身体を反らせて目線を落とす。

 芽衣のスカートのお尻がかすかに膨らんで見えるのは、あの尾を収納しているからだろう。

 あの尾は一体なんなのか?

 そんな凌順の目線を察したらしい芽衣がタブレットをショルダーケースに戻しながら――。

「あの扉の奥は理科室の倉庫だったんです。暗幕が降りてて真っ暗だったんですけど、とりあえず掴んだ物があって、それ持ったまま暗幕開けたらそれがヘビの骨格標本で。それをイメージとして取り込んだみたいです」

 そういうことかと納得するものの、さらに新たな疑問が湧く。

 お尻から生えているということは――パンツはどうなってんだ?

 さらに〝そういえば〟と思い出すことがある。

 そのパンツと関係あるのかはわからないが、尻尾が生えるまでは芽衣は凌順を先導していたが、尻尾が生えてからは常に凌順を先に進ませていた。

 尻尾が生えたことで〝後ろから見られたくない状態〟になったのか?

 それはパンツと関係あるのか?

 とはいえ、さすがに聞くわけにはいかない。

 いや、聞くことはできてもセンシティブな話題だけに、もしかしたら芽衣の機嫌を損ねる恐れがある、口をきいてもらえなくなる恐れがある。

 この世界で孤立するのはさすがにまずい。

 気になるパンツから思考を逸らせるべく白うさぎの言葉を思い出す。

 世界間移動を終えて一定の時間、肉体は元世界の記憶だけで維持されている不安定な状態にある。

 だから、安定するまでのタイミングで新しい情報を加えれば上書きすることができる。

 芽衣が取り込んだ〝新たな情報〟がヘビの尾――骨格標本ではあったが――だったということだろう。

 そして、同様の変化は凌順にも起きている。

「僕の方は……たぶん、寿司のシャコに思いを馳せたのが効いたんだと思う。で、身についたのが離れた相手までふっとばす衝撃波みたいな……シャコパンチ?」

 思いつきで命名して続ける。

「でもよかったよな」

 芽衣が愛らしく首を傾げる。

「なにがです?」

「掴んだのがヘビの標本で。人体模型だったらどんな姿になってたことやら」

 芽衣が言い返す。

「そっちこそシャコでよかったじゃないですか。ガリや緑のあれ(バラン)だったらどうなってたことか」

 そう言って笑い合う。

 いつのまにかそんな冗談を言い合う間柄になっていた。

 初めて口をきいてから数十分でこの状態は、幼い頃から他人――特に異性――と接することを積極的にしてこなかった凌順の人生にとって〝ありえない状態〟だった。

 ただ、異性とはいえ年齢差があることと、芽衣自身があまり人見知りをしないタイプらしいことに救われていることは言うまでもない。

 一方の凌順自身も非現実的な環境で非現実的な出来事に追われていることで〝対人関係の構築が苦手〟という日常設定がキャンセルされているようだった。もしかしたら凌順の生存本能が非日常の異世界で生き延びるための手段として積極的に話すことを選択したのかもしれないが。

 ふと思い出したように芽衣がつぶやく。

「さっきの……〝はるの〟のことですけど」

「誰だっけ?」

 少し考えて、通用口の前に立ちはだかったマスク姿を思い出す。

「ああ、あのでかいやつ」

「はい。急に動かなくなったりじたばたしたりしてたのは、もしかして――」

「うん?」

「――凌順さんの言葉が原因じゃないですか?」

「なにか言ったかな」

「マスクなければかわいいって」

 そう言われてみればそんなことを言った気もする。

 そもそも考えて発した言葉ではないのだ。

 芽衣が楽しげに続ける。

「あの一言できゅんとしたみたいな」

 しかし、凌順は――。

「なにをバカなことを」

 ――即座に否定する。

 高校時代には同じクラスの女子からは近づくな、話しかけんな、こっち見んなと言われ続けてきたのだ。

 そんな自分の言葉に反応するなどありえないだろう。たとえ、外形だけが女子高生で中身が未知の生物だとしても……。

 そんなことを思った時、視界が開けた。


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