その5
誰もいない渡り廊下を走り抜けてとなりの校舎に出ると、そのまま左折して行き止まりの図書室を目指す。わしゃわしゃと音を立てるコンビニ袋を振り回しながら。
「それ、なにが入ってるんです?」
問い掛ける芽衣に渋面で答える。
「晩飯」
〝これだけ振り回したら中の寿司十二巻はちらし寿司状態になってんだろうな〟などと思いながら。
しかし、今はそれどころではない。
目指す正面奥に見える突き当りの扉へは、その上に〝図書室〟の表示がはっきりと読める距離まで迫っていた。
このまま一気に駆け込んで……。と思ったあと数メートルのところで図書室手前の階段から女子高生の群れがまさしくゾンビのようになだれ込んで凌順と芽衣の進路を塞ぐ。
振り返ればいつのまにか後方からも女子高生の群れが押し寄せてきていた。
前後を塞がれた凌順が左右を見渡す。
左手には青空が覗く窓が並び、右手には窓のない大きな引き戸がある。
「ここしかないなあ。鍵がかかってませんようにっ」
つぶやいて祈りながら引き戸に手を掛ける。
そして、ぐいと引く。
鍵のかかっていない扉はからからと音を立てて一気に開いた。
凌順が目を向けた暗い室内は奥の窓に暗幕がかかっているらしく、なにかがごちゃごちゃと置いてあることが見て取れたが、それがなにかまではわからない。
とにかく、前後を塞がれている以上はここに逃げるしかないと、その部屋がなにかもわからないまま芽衣の手を引いて室内へと押し込む。
続いて自分も逃げ込もうとしたところへ、ひときわ身体の大きいマスク姿の女子高生が飛び蹴りを放つ。
側頭部に衝撃を受けた凌順は廊下を吹っ飛ぶ。
「こんなん提げてんだ。バカみたいだし。ぎゃは」
嘲笑する声に顔を上げる。
小柄な女子高生がコンビニ袋を覗き込んでいた。
それは凌順の提げていたコンビニ袋だった。
小柄な女子高生はいつのまにか掠め取っていたコンビニ袋の中から寿司十二巻を取り出す。
そして、凌順を見下ろしてパックを開梱すると、中の寿司を床にぶちまけた。
床に散乱する酢飯と寿司ネタに凌順は思う――
夕食が……トロ……イカ……エビ……カニ……玉子……この灰色のエビみたいなのはなんだっけ……ああ、シャコだ……食べたことがなかったからこれを買ったんだ……ああ、食べてみたかった。
――脳裏にネット動画で見たシャコの生態紹介をよぎらせながら。
その時、立ち並ぶ女子高生の足元を器用に避けながら床を滑るように向かってくるものの存在に気付いた。
それは〝死ね〟の文字。
凌順は悟る。この群れの奥に落書き屋〝まひろ〟がいることを。
床を滑ってきた文字は立ち上がろうとする凌順が床についている片方のヒザに着弾すると、一階の時と同様に凌順の身体を這い上がる。
腰、腹、胸と〝死ね〟の文字に這い上がられながら、凌順は無意識のうちに両手を前方へと突き出す。
直後に、眼の前に立ち並ぶ女子高生の群れが吹っ飛んだ。
なにが起きたのかわからずぽかんと見ている凌順の目線の先で、メガネをかけた地味な印象の女子高生が倒れた女子高生たちをおろおろと見下ろしている。
凌順はそれが芽衣のタブレットで見た〝まひろ〟当人であることに気付く。
〝まひろ〟は凌順と目があった瞬間、我に帰ったようにスカートをふわりと舞わせてその場でしゃがむと床に〝死ね〟の文字を書く。
それが文字の発射姿勢と読んだ凌順がとっさに〝まひろ〟めがけて右腕を振り抜く――〝まひろ〟が床に書いた文字が凌順へ向けて床を滑り出すよりも早く。
凌順の腕から見えない衝撃波でも放たれているかのように、数メートル先の〝まひろ〟が〝死ね〟を書ききらないうちに吹っ飛んだ。
その様子を凌順の背後から見ていたマスク姿の大柄な女子高生が――
「なにを投げたっ」
――怒声を挙げながら凌順に掴みかかる。
しかし、その巨体をかたわらの引き戸を破って飛び出してきたものが弾き飛ばす。
それはヘビの骨格標本を思わせるような一本の尾。
そして、その尾をお尻から生やしているのはセーラー服の芽衣。
「大丈夫ですかっ」
「そ、そそそその尻尾は……」
芽衣は答えず、戸惑う凌順の背を押す。
「出ましょう、学校を」




