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その43

 そこは熱帯の密林地帯だった。

 魔法陣から校舎とともに現れた〝れま〟を始めとするロクデナシたちが外に出て転移成功に沸き立つ中で〝ひゅん〟は忍び込んだ体育館で発光結晶体制御装置をいじっていた。

 制御装置の原理や構造、そして、操作方法はすべて理解していた。

 それには発光結晶体管理局長を務めていただけでなく、凌順を迎えにいった世界の境界で見ていた設計図の情報が役に立ったことは言うまでもない。

 校長室の天井画面から見下ろす〝れま〟のタイムアップという言葉が引き金のように世界が暗転し、次の瞬間にはこの密林の中に校舎とその周囲があった。

 魔法陣の設定どおりに王女様たちの生まれた世界、そして、自分がかつて飼い主と過ごした世界の百万年前に転移したのだ。

 その時、校長室から飛び出していた〝ひゅん〟の周りには王女様の憑依した芽衣様も凌順も誰もいなかった。

 なにかのトラブルがあったのだろうか、あるいは、別世界の存在という特異点であったがゆえに魔法陣の機能が正常に及ばなかったのだろうか――しかし〝ひゅん〟はそこまでで考えるのをやめた。

 理由はふたつ。ひとつは考えたところでどうせ結論が出ないことがわかりきってるから。

 もうひとつは、時代こそ違えどかつて猫として過ごしたこの世界でじっとしていると飼い主の帰ってこない夜を思い出してしまいそうだったから。

 それよりも自分にはやらねばならないことがある、自分にしかできないことがある――それを果たすために体育館へ侵入したのだ。

 制御装置を操作しながら、かたわらの床に書かれた巨大魔法陣をちらりと見る。

 その内容はすでに書き換えておいた。

 書き換えたのは二点。

 ひとつ目はその行き先。

 元の世界――正確には〝れま〟の魔法陣による地殻変動と暴風による天変地異で滅びた猫街のあった世界へと。

 ふたつ目は対象範囲。

 〝れま〟の作った魔法陣は、魔法陣自体から半径五百メールを転移対象としていた。

 それを従来の魔法陣同様に、その描画範囲に足を踏み入れた者だけを転移対象とする個人(パーソナル)仕様へと。

 だから〝ひゅん〟はいつでも帰ることができた。

 もう誰も生きていないであろう世界へと。

 〝れま〟の言う〝瓦礫と死骸しかない世界〟へと。

 もっとも、そんな世界ゆえに帰る理由も必要性もないのだが――それでも帰らねばならないと思った。

 脳裏に〝なぎー〟の笑顔がよぎる。

 せめて自分が生きている以上は、猫街を復興させることは不可能だとしても、死んでいった猫人たちの弔いを果たさねばならない。

 それが唯一生き残った自分の使命だと思った。

 とはいえ――すぐに帰ろうとも思わなかった。

 もうひとつ、やらねばならないことがあったから。

 天変地異を引き起こして猫街を滅ぼし、かつて自分と飼い主が暮らした世界を上書きしようとしている、そんなロクデナシどもをこのままにしておくことはできなかった。

「よし、できた」

 ひとりごちて、起動スイッチを入れる。

 制御装置全体がうなり、ケーブルで接続されているポータブルタイプの発電機が回転を始め、結晶体へとつながる電導ケーブルが振動する。

 そして、発光結晶体が輝き始める。

 最初はちかちかと明滅していた光は安定し、その明度をゆっくりと増していく。

 あとはこのまま放置しておけば、制御装置が暴走を始める。

 この照射を受け続けることはけして今の肉体にいい影響を及ぼさない。

 それを知っている〝ひゅん〟は急いで書き換えておいた魔法陣へと走る。

 その時、背後で体育館特有の鉄扉が重い音を立てながら開いた。

 その音に振り返りながら〝ひゅん〟は姿勢を低く抑えて本来の猫特有の両手両足を駆使した走法で魔法陣へと駆け込む。

 開いた扉から入ってきたのは異常に気付いて戻ってきた〝れま〟。

 次第に輝きを増していく発光結晶体の様子に、すぐに状況を察して怒声を上げる。

「なにしやがった、クソ猫があああああああああっ」

 放たれた言葉が刃となり銃弾となり毒となって〝ひゅん〟を襲う。

 〝ひゅん〟は、そのまま前のめりに倒れ込むと床を削るように魔法陣の中へと転がり込んだ。


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