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その41

 そこは一面が白の世界だった。

 凌順は周囲を見渡す。

「ここは――世界の境界」

 ひとりごちる凌順にいつのまにかとなりに立っていた白うさぎが頷く。

「です」

 そこにいるのは凌順と白うさぎ。

 そして、校長室で〝あいり〟の操る空気によってセーラー服を破られ、頬やスカートの下から覗く足を痣と乾いた血で汚したままの芽衣。

 そして、そして、ぱちぱちと小さな火花を散らせている電光で形成された女子高生――塚口聖依。

「他の連中はどこだっ。〝れま〟とか女子高生(ロクデナシ)とか……。〝ひゅん〟は」

 噛みつくような勢いで問いただす凌順に白うさぎが答える。

「とっくにまとめて魔法陣に指定された転送先へ向かいました」

「百万年前の現実世界……か」

 呆然とつぶやく。これで世界は終わったのかと。

 そこへ白うさぎが続ける。

「今回の魔法陣発動対象のうちご説明が必要な方々のみ止めさせていただきました」

 凌順は最初に来た時に聞いた白うさぎの言葉を思い出す。

 確認や説明が必要な者だけがここで止められる。

 だから、食べ物を持っているといって止められ、魔法陣が壊れているといって止められたのだ。

 そう考えると一度も問題なく世界間移動を果たしてなかったことに、いまさらながら気付く。

 よほど運がないのか、へたくそなのか――そんなどうでもいいことを考える凌順に構わず、白うさぎが説明を始める。

「まず、塚口芽衣さんと三川凌順さんですが……」

 凌順はその言葉につられたように芽衣を見る。

 同じタイミングで凌順を見た芽衣と目があった。

 その芽衣は一言でいうなら着衣も素肌もズタボロの痛ましい姿だった。

 芽衣もまた自身のそんな姿に気付いたのか、凌順の目を避けるべく自身の身体を両手で隠すように抱いてうつむく。

 そんなふたりに白うさぎが続ける。

「おふたりは時間移動ができません」

「は?」

「え?」

 凌順と芽衣はその意味がわからずそろって首を傾げる。

 口を開いたのは凌順。

「世界間と時間の両方を移動する二相型魔法陣って聞いたんだけど」

 〝ひゅん〟の話では〝れま〟が最後に発動させた魔法陣は世界だけでなく時間も移動できる仕様のはずだった。

 白うさぎがどう説明したものかと困り顔で答える。

「魔法陣はそうなんですが……おふたりの出自が魔法陣が作られた世界とは異なりますので、二相型魔法陣をご利用になられても効能が完全に履行されないんです」

「理由は……聞いてもわかるわけないか」

「はい」

 芽衣が口を開く。

「じゃああたしたちが行く世界は? 時間移動ができないってことは百万年前の世界じゃなくって……百万年前にロクデナシたちが滅ぼした二十一世紀の世界ってこと?」

 凌順も続ける。

「元の世界で元の時代なんだけど、それは僕たちが生きてた世界じゃなくてロクデナシが滅ぼした世界の百万年後ってこと?」

 魔法陣の行き先は〝元の世界〟の〝百万年前〟だった。

 しかし、時間移動ができないということは、その出口は〝元の世界〟の〝現代〟であり、それは百万年前にロクデナシによって現生人類が滅ぼされた世界なのだ。

 混乱しつつある凌順と芽衣に白うさぎは――

「とは言い切れませんが……」

 ――歯切れ悪く答える。

「歴史というのは不確実なものなんです。干渉する不確定要素の存在や並行宇宙(マルチバース)との相互作用で、これから塚口芽衣さんと三川凌順さんが向かう世界が〝歴史改変を経た世界〟――つまり〝現生人類が滅ぼされた世界〟なのかそうじゃないのか、さらには一部分だけ改変された世界なのかは行ってみなければわからないんです。ただ確認する方法はあります。のちほどお渡しします」

 凌順はため息をひとつついてぼそり。

「蓋を開けてみないとわからないってことか。猫だけに……ってやかましいわ」

 白うさぎはそんな凌順のひとりごとを聞き流して、電光の聖依に向き直る。

「そして、塚口聖依さん」

「……はい」

「塚口聖依さんはさっきまでいた世界へ引き返していただきます」

「……」

 その言葉を覚悟していたように黙る聖依に代わって、芽衣が白うさぎに訴えようとするが言葉が出ない。

「でも……でも……」

 そんな芽衣の目線を受けるのがつらいのか、白うさぎは目を逸らして告げる。

「さっきまでいた世界の創造主であり、その世界の一部なので……やむを得ないことなんです」

 凌順は王宮の謁見室で聖依が王女様としてそんなことを言っていたのを思い出す、

 それは芽衣も聞いていた、理解していたはずだった。

 それでも、やはり、一緒に帰りたいのだろう。

 だが、それが許されないことであると告げられてしまった。

 芽衣は感情が決壊したように顔を伏せて泣きじゃくる。

「……嫌だ……一緒に……帰ろうよ……おねえちゃん……一緒に」

 嗚咽に紛れて漏れ聞こえるその訴えに凌順も同情する。

 もし〝れま〟の計画通りにすべてが進んでいたのなら、ロクデナシが校舎ごと世界間転移を完了した時点で猫街は暴風と地殻変動の直撃を受けているはずである。

 つまり、これから聖依が帰る世界は誰もいない滅びた世界――〝れま〟の言っていた〝瓦礫と死骸しか存在しない世界〟なのだ。

 その芽衣に――

「芽衣」

 ――聖依が声を掛ける。

「元気でね」

「……」

 涙でぐしゃぐしゃになった赤い顔を上げる芽衣に聖依が続ける。

「私はね、自分で創った世界へ帰って、そこでまた一から世界を創り直して、そして、そこでずっと暮らすんだ。だからなにも心配しなくていいからね。パパとママにも言っといて。信じないだろうけど。あと……〝あいり〟のことだけど……」

「うん」

 姉妹は互いに赤い目で見つめ合う。

「芽衣を痛めつけたロクデナシの〝あいり〟は確かに私のイメージから作られた。でも、それは私に差し伸べてくれた手を払ったことで二度と会えなくなってしまったことを……そんなつもりじゃなかったとはいえ〝あいり〟を傷つけてしまったことを無意識に正当化しようとした私が〝あいり〟を恐怖の象徴に置き換えてしまったから。そのイメージがロクデナシ〝あいりを〟形成しただけだから。だから、悪いのは私。本当の〝あいり〟はあんな子じゃない。誰からも愛される女の子だから」

「わかってる」

 芽衣がまだ溢れ続けている涙を両手で拭う。

 その妹を見る聖依の目からぱちぱちと火花の涙が落ちる。

「あっちの〝あいり〟によろしくね」

 芽衣はなにも言えず、黙って聖依を抱きしめた。

 そんな姉妹を黙って見る凌順は思い出す。校長室の床に転がるタブレットの残骸を。

 芽衣は聖依が残したタブレットのデーターから魔法陣を描いて聖依が創った世界へ向かったのだ。

 そのタブレットが破壊されて校舎に置き去りにしてきた以上、あの複雑な魔法陣を描くことは二度とできないのだろう。

 そして、二度とこの姉妹は再会することもないのだろう。

 白うさぎが腰に下げた懐中時計が不似合いなアラームを鳴らす。

 白うさぎは慌ててまっ平らな胸元から折りたたんだメモを取り出して凌順に握らせる。

「さっきお話した世界の確認方法を書いてます。着いたら試してください」

 そして、告げる。

「では、お時間です」


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