その39
静まり返った校長室で〝あいり〟と芽衣が見つめ合う。
「聖依――」
〝あいり〟が口角を上げてささやく。
「――死ね」
その言葉は刃であり銃弾であり毒。
しかし、それが届くより早く芽衣に憑依した王女の放った電撃が〝あいり〟の全身を包んだ。
電光が消えると同時に崩れ落ちる〝あいり〟を、王女が憑依した芽衣が駆け寄り支える。
そして、抱きしめる。
聖依と〝あいり〟、そして、芽衣――互いの記憶と感情が、互いの身体を行き来する。
芽衣は家に勉強しに来た〝あいり〟と聖依が唇を重ねているところを見たことがあった。
その翌年、聖依と〝あいり〟は高校生になった。
〝あいり〟は元からの美貌と性格と、無自覚のまま滲み出させていたカリスマ性で入学早々からクラスの中心にいた。
その姿を間近で見た〝聖依〟は思った。
私も〝あいり〟の友人にふさわしい人間になろうと。
これまでずっと〝あいり〟に甘えてきた、助けられてきた。
でも、もう甘えるのはやめようと。
これからは私が〝あいり〟を助けられる存在になろうと。
しかし、それが〝あいり〟にはよそよそしく映った。
それでも聖依を気に掛ける〝あいり〟に、ひとりのクラスメートがささやく。
聖依は入学早々から物理教師とつきあっている。
だから〝あいり〟がジャマになり避けるようになった。
今では〝あいり〟のことをうざい、鬱陶しいと思っている。
その証拠としてクラスメートが差し出したのは、破られ丸められた〝あいり〟から聖依への手紙だった。
最近、一緒に遊んでないね。
なにか悩んでるなら話してね。
誰もが使っているコミュニケーションアプリではなく紙だったのは、それがふたりだけの特別感があって好きといった中学時代の聖依の言葉からだった。
その手紙を見せられても〝あいり〟は聖依を信じていた。
なにか理由があるのだろうと。
なにか思うところがあるのだろうと。
そう信じて〝あいり〟は元の聖依に戻るのを待っていた。
思っていることを明かしてくれる日を待っていた。
しかし、その日は来なかった。
気が付けば教室で聖依は孤立するようになっていた。
発端は根も葉もない噂話だった。
聖依は否定したがその言葉を聞く者はいなかった。
やがて陰湿な嫌がらせが始まる。
中学までの聖依なら迷わず〝あいり〟に相談するところだがそれはできなかった。
〝あいり〟に甘えることはしないと決めたから。
〝あいり〟に助けられるのではなく〝あいり〟を助ける存在になると決めたから。
だから聖依は〝あいり〟の前では平静を装い続けた。
それでも続く陰湿な嫌がらせの日々に精神が限界に達しようとした時、聖依を離れたところから見ていたひとりのクラスメートがささやいた。
私は聖依を信じてるよ、私は聖依の味方だよ。
そして――このことを〝あいり〟に相談するのはもちろん、もう〝あいり〟に近づくのはやめた方がいいよ。
クラスのみんなは聖依の悪い噂を信じてるんだから〝あいり〟を巻き込むことになるよ。
〝あいり〟まで悪い噂を立てられることになるよ。
さらに続ける。
でたらめな噂なんてすぐにみんな飽きるから気にしなければいいよ、そうするのが聖依にも〝あいり〟にも一番いいことだよ。
そうだよね――その言葉通り聖依はひとりで耐えた。
クラスの人気者になった〝あいり〟が誇らしかったから。
クラスの中心にいる〝あいり〟が大好きだったから。
そんな〝あいり〟を巻き込んではいけない。
そんなことを思ったから。
しかし、いつまでたっても噂は消えなかった。
消えそうになるとどこからか蒸し返される、あるいは新しい噂が供給され続ける。
そして、嫌がらせは続く。
誰にも知られないようにノートが捨てられ、体操服が破られ、暴力を受ける。
それでも聖依は耐える。
〝あいり〟に悟られないように。
〝あいり〟を巻き込まないように。
しかし、ついに〝あいり〟が気付く。
きっかけは聖依が慌てて隠した落書きだらけの教科書だった。
全クラスメートに放課後の教室へ残るように呼びかけた〝あいり〟がひとりひとりに問いただす。
自分の知らないところでなにが起きているのかを。
クラスのみんなが聖依になにをやっているのかを。
聖依はうれしかった。
そこへ一枚の折りたたんだメモが回ってくる。
差出人は〝あいり〟への相談をしない方がいいと教えてくれたクラスメート。
内容は――。
聖依を〝あいり〟がかばうことで〝あいり〟まで今の聖依みたいな目に遭うよ。
〝あいり〟が好きならこのホームルームをやめさせるべきだよ。
そこからはよく憶えていない。
立ち上がった聖依は〝あいり〟の追求に答えられないクラスメートに代わって、クラス全体からの嫌がらせを否定する。
しかし〝あいり〟はそれを認めない。
なにも起きてない? そんなはずはない。
じゃあなぜ聖依は笑わなくなった?
もっと早くに気付かなかった自分が悔しい。
だから、この場ではっきりさせる。
この場ですべてを終わらせる。
瞳をうるませる〝あいり〟に教室のどこからか野次が飛ぶ。
こんなに聖依をかばってるってことは、もしかして〝あいり〟って聖依と同類じゃね?
その言葉が耳に入った瞬間、聖依は教壇の〝あいり〟に駆け寄りその頬を張っていた。
自分と〝あいり〟は同類じゃない、自分と〝あいり〟は関係ない、自分と〝あいり〟はちっとも仲良しなんかじゃない。
クラス中が静まり返る中で聖依はそんなことを叫んだ。
我に帰ったクラスメートたちが聖依に罵声を浴びせる。
自分たちのリーダーでクラスの中心にいる〝あいり〟に手を上げるなんて信じられないと。
翌日から聖依は学校へ行かなくなった、
閉じこもった部屋の窓から青空を見上げる。
校舎の屋上で〝あいり〟といっしょに見上げた青空を思い出し、涙がこぼれた。




