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その37

 そこは校長室。

 資料やトロフィーが並ぶキャビネットがあり、歴代校長の肖像写真がずらりと並んで見下ろしている部屋。

 その中央を占めていたはずの会議机と椅子は部屋の隅へ片付けられて、代わりに痣と血で頬や足を汚し、ホコリまみれのセーラー服のあちこちが破れた芽衣が横たわっている。

 そして、そのかたわらには踏み割られたらしい芽衣が持っていたタブレットの残骸。

「となりが騒がしいと思ったら……」

 グランドを臨む窓に背を向けて置かれた机の上に座った〝あいり〟が、冷徹な笑みを浮かべて凌順を見た。

 その美しさゆえの恐怖に抗うべく、夢中で衝撃波を撃ち出そうとする凌順だが不意に重くなった身体に崩れ落ちる。

「???」

 なにが起きているのかわからないまま、動かないうつ伏せ状態で周囲を窺う。

 となりでは同様に突っ伏している〝ひゅん〟が必死に身体を動かそうとしている。

 なんとか起き上がろうとする凌順だが、やはり、身体は動かない。

 そんな中で改めて感じたのは、身体が重くなったのではなくなにかに押さえつけられているような感覚だった。

 戸惑う凌順に〝あいり〟がささやく。

「今、いいところなんだ。だからオマエらはあとだ」

 そう言って腰を下ろした机の上でかたわらに置いた虫かごを撫でる。

 中ではホタルのように弱々しい光となった王女様が今にも消えそうに明滅している。

 さらわれた時よりもさらに小さくなって、か弱い光を明滅させる今の姿は眼の前で無惨に嬲られている妹の姿に泣き疲れているようにも見える。

 不意に芽衣が悲鳴を上げる。

 苦痛に顔をゆがませてなにかから逃れようとしているが、その身体はまるで縛り付けられているように動かない。それはまるで見えないなにかに押さえつけられた状態で顔を蹴られ、背中を踏みつけられているように。

 なにが起きている? なにをされている?――目を凝らす凌順に〝あいり〟がささやく。

「ああ、せっかくだから見せてやろうか」

 その声に続けて見えたものに凌順が目を疑う。

 室内にいるのは自分たちだけではなかった。

 狭い室内に十人を超える制服姿の少女たちがいる。

 それらが芽衣に馬乗りになったり背中や顔面を踏みつけたりしている。

 さらに、同じものが自分と〝ひゅん〟の上に乗って床に押し付けている。

「これは……ロクデナシ?」

「違う――」

 つぶやいた凌順に〝ひゅん〟が答える。

「――空気……を擬人化して可視化したもの……っぽい」

 〝空気〟という言葉とかつて芽衣から聞いていた〝あいり〟のパーソナルデーターが凌順の頭でひとつになった。

 〝あいり〟はリア充。

 誰からも愛され、あらゆるシーンで絶対的センターに君臨し、空気を操ることで少数派の意見を無効化したりその存在を黙殺したりすることすら容易にできる――それが常に教室の隅にひとりでいた凌順の考えるリア充だった。

 そんな〝あいり〟のイメージから生まれたのが目の前にいるロクデナシ〝あいり〟なのだろう。

 その〝あいり〟が意のままに操る〝空気〟がヒトの姿で凌順と〝ひゅん〟を床に押し付け、芽衣を抑え込んで踏みつける、蹴り上げる、ヒザを落とす、ヒジを落とす、拳を叩きつける。

 突然〝ひゅん〟がびくっと全身を震わせた。

 直後〝ひゅん〟の眼前に小さなスクリーンが現れて文字が走る。

 凌順はそれがメールの受信であることを直感する。

 

 どこ?


 たったそれだけのメールに〝ひゅん〟が視線入力で答える。

 

 応接室、南校舎一階の東端から数えて五つ目の窓の部屋


 〝ひゅん〟と凌順の上に乗っている〝空気〟たちは関心がないのか〝あいり〟の指示以外のことはしないのか、メールには反応しない。

 先方からの返信が届く。


 おもしろいものをひろって

 なおしてたらおそくなった

 にふんごにつく


 二分後に来る? 誰が?――そんな疑問を抱いた凌順だが芽衣の悲鳴に我に帰る。

 しかし、身体は動かない、動けない。

 全身を〝空気〟に押さえつけられて踏みにじられ悲鳴をあげる芽衣の姿に、虫かごの中の王女はパニックに陥ったように激しく動き回る。

 凌順と〝ひゅん〟はそんな姉妹の姿を見ることしかできない。

 その時、校長室が揺れた。

 地震?――凌順が思ったのと同時にグランド側の壁が激しく振動し、縦横に亀裂が走る。

 その壁に背を向けていた〝あいり〟が異常を察して机を飛び降ると、校長室の中ほど――押さえつけられている芽衣のかたわらまで後ずさりして身構える。

 同時に窓ガラスが割れ、壁が崩れて瓦礫と化す。

 そこに現れた姿に、押さえつけられたままの〝ひゅん〟が目を見開く、凌順が息をのむ。

 それは全身に強化外骨格を装着した体育会系〝はるの〟を従えた隻眼の黒猫〝うず〟だった。

「〝うず〟殿……」と〝ひゅん〟。

「〝はるの〟か?」と凌順。

 そして、ふたりで声を合わせて――。

「なぜここに」

 その直後〝はるの〟がその場に崩れ落ちた。

 〝うず〟がつぶやく。

「瀕死のロクデナシを無理やり生き返らせたものの……ここまでが限界のようですわね」

 凌順は自分を押さえつけている〝空気〟が緩んでいることに気付く。

 同様に気付いた〝ひゅん〟が低い姿勢で〝空気〟を振り払って机に向かう。その手に蘇霊剤を握りしめて。

 さっきまで芽衣を押さえこんで痛めつけていた〝空気〟たちの一部は飛んできた瓦礫を受けて倒れ、それを免れた者は部屋の隅で身を寄せて震えている。

 いわゆる〝空気が凍りついている〟状態である。

 そんな〝空気〟たちに指示して〝ひゅん〟を止めることを諦めた〝あいり〟が床に転がるトロフィーを拾い上げて〝ひゅん〟に投げつける。

 その先端が心臓に突き刺さり鮮血を吹き出させる。


 〝ひゅん〟――ではなく、割って入った〝うず〟の胸から。


 〝ひゅん〟は立ち止まることなく机の上で王女を囚えている虫かごに飛びかかり、その中へ蘇霊剤の結晶を転がす。

 激しく明滅する王女の光が蘇霊剤を包み込む。

 直後、虫かごが爆発した。

 閃光と爆風が収まった時、机の上には元の紫電で構成された王女――塚口聖依がいた。

 その姿に凌順は〝蘇霊剤を投与された王女様は覚醒し……暴走状態になるかもしれない〟という〝ひゅん〟の言葉を思い出す。

 確かに、今、立っている王女は姿こそ謁見室で見たものと変わらないように思えるが、全身から放つ禍々しい気配はまるで別人のものだった。

 そんな王女を〝あいり〟がじっと睨み付ける。

 そして、ささやきかける。

「……聖依」

 しかし、王女はなんの反応も見せず、机から飛び降りると〝あいり〟の足元で横たわったままの芽衣のもとへと足を進める。

 その王女が放つ異様なオーラに圧されるように〝あいり〟は芽衣のもとからじりじりと後ずさりして距離をとる。

 王女は芽衣のかたわらにヒザをついて傷だらけの身体を抱き上げる。

 そして、血に汚れた芽衣の頬をやさしく撫でる。

 ぱちぱちとその指先から火花が散る。

 やがて火花は電光に変わり王女の全身から伸びて芽衣を包み込む。

 直後、凌順と〝あいり〟の見ている前で王女の全身が弾けて放電状態に変わった。

 王女を形成していた電光がそのまま芽衣の身体に吸収されていく。

 凌順はその様子から王女が芽衣に憑依したことを理解する。

 すべての電光を吸収し終えて、禍々しい王女の気配をまとった芽衣がゆらりと立ち上がる。

 そして、凌順を見る。

 私が決着を付ける――そんな言葉が聞こえた気がした凌順は、立ち尽くして芽衣を見ている〝あいり〟と、まだ校長室の隅でひとかたまりになって震えている〝空気〟たちに警戒しながら、崩れた壁に向かう。

 そこには大の字になって倒れている体育会系〝はるの〟の姿があった。

 〝ひゅん〟が受信したメールの内容から察して、校舎の三階からアスファルトに身を投げた〝はるの〟は通りかかった〝うず〟によって強制的に蘇生させられたのだろう。

 その後〝うず〟とともに校長室(ここ)へ来たことに、どこまで〝はるの〟の意思があったのかは凌順にはわからない。

 死亡していたことを思えば、そこに自分の意思などまるでなく〝うず〟の指示だけでやってきたと考えるのが妥当かもしれない。

 それでも、凌順は無意識のうちにヒザをついてささやいていた。

「……ありがとう」

 一瞬〝はるの〟がはにかんだように見えた。


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