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その36

 応接室の長ソファで横になってスマホを見ていた〝かれん〟がごろりと仰向けになった。

 その瞬間を待ち構えていたように、中から施錠していた扉を衝撃波で破った凌順が飛び込む。

 〝かれん〟が慌ててゴーグルを装着しながら起き上がったのと同時に凌順のすぐ前に出た〝ひゅん〟がソフトボールほどの球体を〝かれん〟へと投げつける。

 球体は麻酔玉。かつて霧を出た直後にカニ戦車に追い回されて落とし穴に落ちた凌順を眠らせた麻酔ガスを充填した球体。

 その球体が着弾するより早く〝かれん〟と〝ひゅん〟の立ち位置が替わった。

 ソファに片方のヒザをついた〝ひゅん〟が自身の投げた麻酔玉をすくめた首で受ける。

 中から拡散するのは麻酔ガス――ではなく、ただの空気。

 すなわち麻酔玉は空だった。

 それを見て取った〝かれん〟が凌順と〝ひゅん〟の作戦に気付く。

「しまっ――」

「遅い」

 振り返るより早く、すぐ背後に立っている凌順の衝撃波が〝かれん〟の頭を吹っ飛ばした。

 床に落ちた血まみれのゴーグルを拾い上げた〝ひゅん〟は装着して室内を見渡す。

「思った通りシュリーレン・ゴーグルだ」

「なんだそりゃ」

 言いながら差し出されたゴーグルを装着する。

 そして、叫ぶ。

「うぎゃっ」

 地図の等高線や天気図の等圧線のような無数の線模様が視界いっぱいでうねうねと踊っている。

 その様子にめまいを起こしそうになり、慌ててゴーグルを外した凌順を〝ひゅん〟が笑う。

「空気の密度や流れを可視化したものだ。前に管理局の空調工事に合わせて同じのを作ったことがあるんだ」

 そして、頭部を吹っ飛ばされた〝かれん〟の首無し死体に目をやる。

「〝かれん〟の能力は立場の入れ替え。王宮では、それを駆使して自分を取り押さえようと向かってくる猫人と次々に入れ替わって王女様のもとへとたどりついた。にもかかわらず背後から巻き付いてきた芽衣様の尾はかわせなかった」

 〝さてなぜでしょう〟と言わんばかりの表情を向ける〝ひゅん〟に凌順が答える。

「えーと、視認した時しか入れ替われない?」

「と思うだろ? でも、目に見えない衝撃波を放った凌順や撤収時に罵声という毒攻撃を浴びせてきたロクデナシとも入れ替わってる」

 凌順は〝ひゅん〟の言いたいことを察する。

「衝撃波や罵声は目に見えないのにどうやって――ってことか」

 考え込む凌順だが〝ひゅん〟の目線が凌順の持っているゴーグルに向いていることに謎掛けの答えを理解する。

「……あ、そうか」

「それを視認するためのゴーグルだったのさ」

 凌順は世界の境界でスクリーン越しに見た〝れま〟たちの作戦会議を思い出す。

「確かに足が遅い〝かれん〟に使わせるみたいなことを言ってたな。あれは転送ゲートのそばに待機させたロクデナシと入れ替わって逃げるという意味だったのか」

「〝れま〟にしてみたら帰ったはずの凌順が戻ってきてたのは予想外だったんだろう。でも、結果的にこのゴーグルがあったから衝撃波を無効にできた。結果オーライってやつだ」

 そして、隣接する校長室へのドアに足を進める。

「さて、いよいよラスボスの間だ」

 ゴーグルを投げ捨てた凌順と〝ひゅん〟がドアに耳を押し当てて様子を伺う。

 不意に芽衣の悲鳴が聞こえた。

 〝ひゅん〟と頷きあった凌順が静かにドアを開ける。


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