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その27

 次の瞬間、凌順と〝ひゅん〟は王宮の謁見室に戻っていた。

「おかえりなさいっ」

 飛びつこうとする芽衣だが――

「で、誘拐計画?」

 ――という〝ひゅん〟の言葉に、凌順は芽衣をかわして目線を〝らる〟に向ける。

「ロクデナシたちが王女様の誘拐を計画してます」

「王女様の?」

 背後では貧弱な炎が今にも消えそうに揺らめいている。

 これが今の王女の姿だった。

「とにかく猫人を集めましょう。〝ひゅん〟」

「はい」

 〝らる〟の声に〝ひゅん〟はスマホを取り出すと回線を繋いだ先に指示する。

「緊急の連絡がある。全館放送に切り替えを」

 少しの間を置いて続ける。

「王宮内の全猫人に告げる。ニンゲン体に対応可能な者は全員謁見室へ集合。対応に不安のある者は至近の部屋に退避して施錠。ロクデナシの襲撃に備える。ニンゲンと同形態のロクデナシに対峙して恐怖を抱くことのない者は謁見室へ集合。過去のトラウマからニンゲンに対して恐怖を抱く者は全員最寄りの部屋で待機。この世界始まって以来初となるロクデナシの襲撃に備える」

 ほぼ同時にどこからか聞こえてくる同じ内容の放送を聞きながら凌順は思う。

 ニンゲンとロクデナシは別の生き物ではあるけれど外見上の差異はない。

 元の世界で過ごした日々によってはニンゲンに対して恐怖心を抱く猫人もいるだろう。

 そして、その猫人はまったく同じ外見のロクデナシに対しても同様に恐怖に侵されるだろう。

 そうなるとロクデナシに対抗できるのはニンゲンに対して恐怖心を抱かない猫人に限られる。

 〝ひゅん〟が言う〝ニンゲン体に対応可能な者〟とはそういう連中を指すのだろう。

 やがてぞろぞろと〝ニンゲンに恐怖心を抱かない猫人たち〟が集まってきた。

 その中には〝れま〟を取り押さえた連中や、そのリーダーである灰猫人を含めた筋骨隆々な猫人チームもいる。

 ただ凌順が不安を覚えたのは、集まった猫人の誰ひとりとして武器を持っていないことだった。

 〝ひゅん〟から聞いた〝他者を傷つける目的のアイテムを生成することはできない。〟というヒスイのルールを思い出す。

 そんな凌順に、スマホを手にした〝ひゅん〟が声を掛ける。

「凌順は中庭へ」

「中庭?」

王宮(ここ)の中庭で例の魔法陣――王女様が作ったもののエラーによって出口が消えた魔法陣――の修復を〝なぎー〟がやってるんだが、もうすぐ完了する。完了次第、それで元の世界へ帰ればいい」

 ふと目線を感じて顔を向ける。

 芽衣が見ていた。

「あ、あたしはおねえちゃんをこんな状態で残しておけないし、誘拐団が来るならなおさら……みんなと一緒におねえちゃんを守るから、凌順さんは中庭へ……。もし、あたしが間に合わなかったから先に……うん」

 たどたどしい言葉と不安げな表情に葛藤が覗く。衝撃波という武器を持つ凌順にもここにいてほしい反面、これ以上巻き添えにするわけにもいかない――という本心が。

 そんな思いを察した凌順が応える。

「僕もここにいるよ。一緒にロクデナシどもを追い払おう」

 今から中庭へ行ったところですぐに帰れるわけでもない以上は慌てることもない。

 なによりも巻き込んだ張本人とはいえ、凌順が帰れるのは芽衣の協力があったからこそであり、一方の凌順は芽衣に対してここまでなんの役にも立ってないとの負い目もあった。

「ありがとうございますっ」

 表情を輝かせる芽衣のとなりで〝ひゅん〟はなにもいわず、凌順に頭を下げると集まってきた猫人たちのもとへ向かって事情の説明を始める。

 その姿を見ながら凌順が芽衣にささやく。

「しかし、誰ひとり武器を持てないんじゃあなあ……。〝猫人バリケード〟で守るしかないかなあ」

「ですよね。……なにがです?」

 とりあえず答えただけで明らかに凌順の話を聞いていない芽衣の答えに、凌順はヒザから崩れそうになる。

「いや、だから……」

 改めてささやこうとして見た芽衣は、そわそわきょろきょろと落ち着きを失っていた。

 凌順は〝それも無理はないか〟とため息をひとつ。

 自分がはるばる異世界まで迎えに来た敬愛する姉を〝姉がこの世界へ逃げる原因となったいじめっ子の化身〟がさらいに来るのだ。

 なんとしても守らねばならないというプレッシャーから緊張するのは当然の話ではあった。

 そして、そんな芽衣を見る凌順も自分自身が緊張していることに気付く。

 校舎から逃げ出す時に大勢のロクデナシどもを衝撃波で一掃してきたことは確かではあるけれど、それでも、体育会系〝はるの〟とエロ女〝ももな〟、そして盗癖〝れま〟を倒すことはできずに終わっている。

 それを思えば自らの意思で参戦することを決めたとはいえ、弱気になるのもしょうがない。

 しかし、その弱気を吹き飛ばさねばならない。

 そのためにはなにか話すこと。

 黙っていればそれだけで意識は〝弱気〟と〝緊張〟の間をそれぞれ増強させながら右往左往するだけなのだから、その連鎖を断ち切らねばならない。

 そんなことを思い〝自分自身と芽衣の緊張を解くことができれば〟と話しかける。

「〝れま〟がいたんだ。霧の向こうの、あの学校に。どうやったかはわからないけど霧をクリアしてたんだ」

「そ、そうなんですか?」

 芽衣が驚いた表情を見せたのと同時に、いつの間にか王女様防衛隊への説明を終えて戻ってきた〝ひゅん〟がつぶやく。

「予想はしてた」

 その言葉に凌順は世界の境界で一緒にスクリーンを見ていた〝ひゅん〟を思い出す。

 確かに驚いた様子もなく、そこに〝れま〟がいるのを当たり前のように捉えていた。

「ここから逃げたロクデナシを追って派遣した捜索機の連絡を待っている間、芽衣様に霧の向こうについて教えてもらってた。凌順を迎えに行く準備をしながら、それを思い出してたんだが……ひとつだけ突破口があることに気付いた」

 凌順が眉をひそめる。

「突破口……あったっけ?」

 もしそんなものがあれば霧の隔離壁の意味がない。

 実際に自分たちは霧を越えることが唯一の逃走経路として脱出してきたのだ。

 芽衣を見る。

 目があった芽衣がふるふると首を左右に振る。

「あたしも今初めて聞きました」

 ふたりそろって〝ひゅん〟へと目線を戻す。

「それって……どこ?」

 凌順の問い掛けに〝ひゅん〟が王宮の天井を指さす。

「空だよ」

「空?」

「空?」

 凌順と芽衣が同時に声を上げて天井を仰ぐ。

 そこでようやく凌順は思い出す。最初に廃墟から出た時、確かに頭上には青空と飛ぶ鳥の姿が見えていたことを。

 凌順がため息まじりにひとりごちる。

「王女様はロクデナシのエリアをぐるりと〝霧の隔壁〟で囲んだだけで〝霧のドーム〟で覆ったわけじゃなかったってことか。囲みそこねたのか忘れてたのか……」

 そこへ――。

「いや、あえて……です」

 声の主はさっきまで部屋の隅で小さくなった王女を看病するように身をかがめていた〝らる〟だった。

 凌順、芽衣、そして〝ひゅん〟の問い掛けるような視線を受けて〝らる〟が続ける。

「王女様は何度か言っていました。コウシャのオクジョウなる場所で親友と見上げた青空を忘れることができないと。時には泣きながら。だから、あえて校舎の上空を塞がなかったんじゃないかと思います。その思い出を失わないために」

 つぶやいたのは凌順。

「親友がいたのか」

 想像の範囲でしかないがひどいいじめを受けていた場合、ほとんどは相談する相手がいないのが当然だと思っていた。

 その親友は王女――いじめられていた聖依をどう見ていたのだろう。

 決まっている。助けなかったのだ。

 だから聖依は元の世界を捨てたのだ。

 それでも――そんな親友との思い出をいつまでも持ち続けていた聖依の心情を思うと、凌順もまた胸が傷んだ。

 そんな凌順のとなりで芽衣も――

「……おねえちゃん」

 ――とつぶやいて小さな炎になった王女に切なげな目を向ける。

 〝ひゅん〟が続ける。

「理由はどうあれ塞がなかった空が帰還経路になったことはまちがいない。おそらく校舎の上空へ転送ゲートを開いたんだろう。そこからヒスイを使って落下地点に敷いたマットの上に飛び降りたか、あるいはヒスイで用意した落下傘で軟着陸したか。それより――気になるのはあそこにあった図面だな」

 スマホを操作し、撮影していた図面を空間投影で表示させる。

「設計図だな。たぶん書いたのはあのロクデナシ――〝れま〟?だろう」

「〝れま〟?」

 〝ひゅん〟の言葉に、思わず凌順は問い返す。

 確かにあの部屋で会話のイニシアチブを握っていたのは〝あいり〟と〝れま〟だったが、それでもこの図面を作ったのが〝れま〟だという〝ひゅん〟の推測は意外だった。あくまでも表面的なイメージに過ぎないが、凌順の見てきた〝れま〟にこんな才能があるとは思えなかったから。

「これを……〝れま〟が……」

 改めて複雑な図形が並ぶ図面に目を這わせる凌順に〝ひゅん〟が答える。

「ああ、そうだ。これだけのものをロクデナシごときに作れるわけがない」

 その言葉に違和感を抱いて〝ひゅん〟を見る。

「〝れま〟だってロクデナシだろ」

「ただのロクデナシじゃない。あいつは管理局から逃走する前に発光結晶体の光を受けてる」

 その意味を悟った凌順がつぶやく。

「それで進化した、のか。〝れま〟が」

 凌順は発光結晶体管理局での〝れま〟を思い出す。

 凌順の衝撃波でヒビの入ったガラスを〝れま〟がハンマーで叩き割り、結晶体室に逃走した。

 直後に〝ひゅん〟が結晶体の発光を停止して非常シャッターを開放した時、すでに〝れま〟は転送ゲートによって逃走したあとだった。

 結晶体室に逃げ込んで〝ひゅん〟が発光を止めるまでの間に〝れま〟はあの光を浴びていたのだろう。その意味を知らないままに。

 そんなことを思い出す凌順に〝ひゅん〟が続ける。

「短時間だったから肉体に変容を及ぼすには至らなかっただろうが、脳細胞の活性化には十分な時間だっただろう。ついでに性格も変わったんじゃないか」

 凌順は、部屋を出ようとする〝れま〟に掛けた不良三人組の言葉を思い出す。

「確かにあの不良っぽい三人組のロクデナシもそんなことを言ってたな」

「姉を始末したのもその影響だろうな。芽衣様のタブレットに入ってる情報じゃ姉との関係性はけして険悪ではなかったようだが、一方的な主従関係にはあったらしい。追跡の撹乱とかもっともらしいことを言ってたがそれだけじゃ姉殺しの動機としては弱い。頭が良くなったことで従属することがアホらしくなったんだろう。そこへ積年の恨みが重なって……ってとこだろうな」

 その時、ふと風が頬を撫でた。

 風?

 閉め切っているはずの謁見室で?

 違和感を覚えた凌順が、風の吹き込む方向へと目をやる。

 そして、硬直する。

 そこには巨大な転送ゲートが出現していた。

 ゲートが開き女子高生――ロクデナシの群れを吐き出す。

 武器を持たない〝ひゅん〟や〝らる〟を始めとする猫人たちに迎え撃つことはできないと、凌順と芽衣が前に出る。

「確か〝かれん〟とかいうやつが誘拐作戦の中心になるみたいなことを言ってたけど」

 凌順の言葉を受けた芽衣がタブレットを操作する。

「〝かれん〟〝かれん〟〝かれん〟……。ありました。元の世界の教室での〝かれん〟は他人の高評価を横取りし、自分の低評価を他人に押し付ける――ただのクズですね」

「ウチの職場にもいるぜ、そういうやつ」

 ちらりと目を落としたタブレットには、ぽっちゃりとした女子高生が表示されていた。

 改めて向かってくる群れを見る。

 その一番奥、最後列に〝あいり〟と並ぶ〝かれん〟の姿が見えた。

 とはいえ〝かれん〟はスクリーンの中で〝れま〟がヒスイに作らせたゴーグルを装着しているので表情まではわからない。

 〝かれん〟のとなりには頭に鳥人間を載せたロクデナシがいるが、こっちのロクデナシは背が低いことで前に並ぶロクデナシの陰に隠れて顔までは見えない。

 凌順が両手を突き出して衝撃波を放つ。

 押し寄せてくるロクデナシの一群が吹っ飛ぶ。

 自分たちめがけてロクデナシが向かってくる状況こそ最初の校舎を思い出させるが、今は凌順と芽衣がその進路に立ちふさがるという逆の状況にある。

 芽衣が伸ばした尾をムチのように振り抜き、ロクデナシたちを蹴散らしていく。

 凌順が左右の手から衝撃波を放ち、ロクデナシたちを吹っ飛ばしていく。

 ロクデナシたちの数は減り、最後尾の〝あいり〟と昆虫採集用の虫かごを提げてゴーグルを装着した〝かれん〟――そして、肩に鳥人間を乗せた小柄なロクデナシの姿があらわになる。

 その小柄なロクデナシは〝れま〟だった。

 凌順を見た〝れま〟が驚いた表情で。

「オマエ、帰ったんじゃなかったし?」

 そのとなりで〝あいり〟が声を上げる――楽しげに。

「聖依い、隠れてないで出てきたら? せっかくひさしぶりに会えると思って来てやったんだからさあ」

 凌順は一瞬だけ迷った。

 ボスの〝あいり〟と拉致作戦の主力〝かれん〟――衝撃波で狙うべきはどっちだ?

 しかし、すぐに決断する。

 今やるべきことは王女が拉致されることの阻止。

 ならば狙う相手は考えるまでもない。

 凌順が衝撃波を放つ。

 狙った相手は〝あいり〟のかたわらに立つ〝かれん〟。

 直後、凌順の視野ががらりと切り替わった。

 さっきまで背後にいたはずの王女様を守っている〝らる〟や〝ひゅん〟の姿が正面奥に見える。

 さらにすぐとなりに立っているのは芽衣ではなく――〝あいり〟。

「え?」

 凌順は戸惑い、立ち尽くす。

 その直後、顔面にヘビー級の格闘家にぶん殴られたような衝撃を受けて視界が暗転した。


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