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その25

 そこは見覚えのある白一色の空間だった。

「おひさしぶりです」

 聞いたことのある声に振り返る。

 白うさぎが立っていた。

「ということは、ここは……世界の境界」

 訪れたのは二度目だが今回は止められた理由がわからない。

 前に来た時に言われたのは、説明や確認が必要な場合にここで止められるという話だったはず。

「食べ物持ってないんだけど……。なんで?」

「実はですねえ」

 白うさぎが言いづらそうに答える。

「今回使用された魔法陣が壊れてたようです」

「ここここここここ壊れてただとうっ」

 一転して声を張り上げる凌順に白うさぎが身をすくめる。

「えっと、えっと、最初はちゃんとした魔法陣だったんですが通過中にトラブルがあったようで」

 凌順は最後に謁見室で見た光景を思い出す。

 事情は知らないがロクデナシ――〝あいり〟とか言ったか――の姿を見たとたんの王女は明らかに正気を欠いていた。

 魔法陣が王女とつながった電光で形成されたものであることを思えば、王女が正気を失えば魔法陣自体にエラーが混入してもおかしくはない。

「ぐぐぐぐ、そうゆうことか」

 帰りそびれたがっかり感を噛み締めながら天を仰ぐ。

 そして、改めて白うさぎを見下ろす。

「で、僕はどうなるんだ?」

「どうにもなりません」

「どうにも……って?」

 意味がわからず戸惑う凌順に――

「入口から入って出口がない状態なので……ここから先、どこへも行けませんっ」

 ――白うさぎが恐縮至極(ごめんないっ)と両手を合わせる。

 ようやく理解した凌順は血の気が引いていくのを感じながら問い掛ける。

「そりゃ困る。つまり、永久にここから出られないってこと?」

「いえ、あの、えと、でも、でも、入口へ引き返すことはできますっ」

 白うさぎが両手をばたばたさせながら続ける。

「魔法陣の入口になった世界へ情報を送ることは可能なので迎えに来てもらうとか」

 白うさぎが空間に指先で長方形を描くとそれがそのままスクリーンになった。

 映っているのはさっきまでいた王宮の謁見室で、立ち尽くす芽衣と周囲になにか指示を出している〝ひゅん〟、こっちに背を向けてヒザをついている〝らる〟、そして〝ひゅん〟の指示を受けて慌ただしく行き来している猫人たちの姿。

 そういえば、あれからどうなったんだろう――そんなことを漠然と思う凌順を白うさぎが促す。

「呼びかけてください」

「呼びかけるったって――」

 要領がさっぱりわからないまま、スクリーンに向かって声を掛ける。

「――おーい、やっほー、もしもーし」

 スクリーンの中で立ち尽くしていた芽衣がきょろきょろと周囲を見渡す。

「だ、誰ですか?」

 凌順の声が届いたらしい。

 〝よしっ〟とひとりごちて続ける。

「僕だよ、凌順だよ」

 芽衣はまだきょろきょろしながら。

「え? どこにいるんです? 帰ったんじゃないんですか」

「それがさあ、魔法陣が壊れてて帰れないんだってさ。で、世界の境界で足止めくらってて……。迎えに来てほしいんだけど」

「あ、あたしが……ですか」

 困惑する芽衣だが、凌順としても最初から芽衣がなんとかできるとは思ってない。

「ちょっと誰かに相談してみてよ。王女様とか」

 対する芽衣の答えは。

「〝ひゅん〟さんと相談してみます。ちょっと待っててください」

 スクリーンの中で芽衣が〝ひゅん〟に駆け寄って相談する様子を見ながら、凌順は少し嫌な予感がした。

 なぜ芽衣は〝ひゅん〟のもとへ走ったのだろう。

 本来なら魔法陣を作った王女に相談するのが一番早いのではないのか?

 なによりも王女は姉なのである。

 この世界で知り合ってまだわずかの時間しか共有してない〝ひゅん〟よりも相談しやすいんじゃないのか?

 だから王女を指名したつもりだったのに、芽衣は姉である王女ではなく〝ひゅん〟のもとへ向かった……なぜ?

 そして。

「聞こえてますか」

 芽衣の呼びかけに答える。

「僕? 聞こえてるよー」

 芽衣のとなりで〝ひゅん〟が続ける。

「世界の境界っていうのはなんだ?」

「世界と世界の間にある、かわいい女の子がひとりいる真っ白な空間で……」

 ちらりと見た白うさぎの顔が真っ赤になっているが気にせずに前回と今回の二回にわたってここを訪れた時の情報を伝える。

「どうだろう。迎えに来てもらえるかな」

「発生したエラーの内容も含めて王女様の魔法陣を再現してみよう。それでそっちに行けるだろう。待っててくれ」

「よろしくお願いします」

 凌順は安堵の息をつく。

 そして、改めて〝ひゅん〟は頼りになるな――などと思いながら、最初にスクリーン越しに見た時に気になったことを訊いてみる。

「ところでさ」

「うん?」

「王女様はどうなった? 無事なのか」

 〝ひゅん〟の表情が曇った。

「……あまりよくない」

「よくない?」

 スクリーンに目を凝らした凌順は、そこで初めて玉座の後ろいっぱいに広がっていた電光の網目も王女の姿そのものも消えていることに気付く。

 その片隅で〝らる〟や何人かの猫人がヒザをついて取り囲んでいるのは小さな青白い炎。

 全体の様子と〝らる〟たちの表情から、その炎が王女だったことを凌順は直感する。

 〝ひゅん〟に代わって芽衣が伝える。

「あそこで登場してきた〝あいり〟さんがロクデナシのリーダーみたいです」

 凌順はその言葉に察する。〝ロクデナシのリーダー〟ということは、彼女こそが王女である芽衣の姉を引きこもりに追い込んだ主犯であるということを。

 王女自身や〝ひゅん〟や〝らる〟たちの話によれば、王女にとって霧の中に封じたロクデナシの存在はまさしくトラウマだったにちがいない。

 ずっと忘れようと、思い出すまいと努めてきたその存在が、しかも、そのリーダーがいきなり現れたのだ。それも自分にとって最も安心して心安らげる場所であるはずの王宮に、さらに、巨大な映像となって。

 その衝撃によって王女が一気に退行現象を起こしたとしてもおかしくはない。

 しかし、同時に違和感にも気付く。

 今、芽衣は「〝あいり〟さん」と言ったのか?

「もしかして、芽衣ちゃんは知り合いだったのか?」

「おねえちゃんが中学の頃までは仲が良かったはずなんですけど……。あたしも家に遊びに来たのを何回も見てますし。あと、こっちにも確か紹介が――」

 言いながらタブレットを操作する。

 そんな芽衣を見ながら凌順はつぶやく。

「なにかがあったんだろうな、ねえさんとの間に」

 結構くだらないことで関係性が〝友人〟から〝犬猿〟に変わるのは珍しくない。

 凌順自身もそういう経験があるし、そんな現場を見たことも一度や二度ではない。

 それはこどもの頃にも、おとなになってからも当たり前にあることだった。

 そんなことを考えている凌順に芽衣がタブレットから顔を上げる。

「あった。――ここに入ってる情報では〝あいり〟さんはリア充ってなってます」

ロクデナシ(いじめっ子)のリーダーがリア充か。ま、ありえない話じゃないな」

「そうなんですか?」

 意外そうな芽衣の反応こそが凌順には意外だった。

 とはいえ、芽衣の感情も理解できないわけではない。

 リア充とはクラスの人気者であり男女問わず多くの同級生から慕われ、下級生から憧れられ、教師や上級生から信頼され、他の生徒の保護者をはじめとする地域の大人たちから可愛がられる存在である。

 しかし、それだけではないことを凌順は知っている。

 常に教室の隅にひとりでいた反リア充的ポジションだった凌順だからこそ知っている。

 それが理解できない芽衣はリア充側の人間なのかもしれない。

 確かに凌順のような面識もない異性の年長者に警戒することもなくすぐに打ち解けたところから察すると、芽衣はこれまでの人生であまり人付き合いにおいて嫌な思いをしてこなかったのだろう。

 凌順とは逆の性格である芽衣は対人関係や育った環境が、凌順とはまるで異なるものだったのだろう。

 誰からも好かれ、可愛がられ多くの友人に恵まれてきたのだろう。

 しかし、そんなどうでもいいことを考察している場合ではないと頭を切り替える。

「で〝れま〟だっけ? ロクデナシはどうなった?」

 今度は〝ひゅん〟。

「どさくさで逃げた。改めて捜索機を出してるが遺失物探査機も含めて街には反応がない。もしかしたらヒスイからジャミングに使えるアイテムを出したのかしれない。捜索は続けている」

「そうか……。じゃ、待ってるから」

 言ってから付け足す。

「悪いな。忙しいところ」

「気にするな。こっちの不手際だ」

「ありがとう」

 〝ひゅん〟の言葉に改めて感謝しながら白うさぎを見る。

「なんとか戻れそうだよ」

「それはよかったですね」

 まだ赤い顔の白うさぎが笑顔で小さな拍手を送る。

 そして、スクリーンを指さす。

「どうします? 消していいですか? 点けておきましょうか?」

 スクリーンの中には小さな炎になった王女を心配そうに覗き込んでいる芽衣と〝らる〟と猫人たちがいるが、すでに〝ひゅん〟の姿はない。

 おそらく凌順を迎えに行く準備にとりかかったのだろう。

 ふと、気付いて白うさぎに訊いてみる。

「このスクリーンって他のとこは見られないのか?」

「見られますよ。場所や人物をイメージしてください」

「よし」

 凌順が頭に描いたのは〝れま〟だった。

 〝ひゅん〟の話ではヒスイで作った転送ゲートで霧を越えることはできない。

 しかし、街のどこにも〝れま〟は見つからない。一度は身柄確保に成功した遺失物探査機を投入しても。

 それは〝れま〟自身だけではなく〝なぎー〟のヒスイからの追跡もできないことを意味している。

 ということは〝ひゅん〟の推測通りジャミングアイテムで追跡を遮断しているのだろう。

 しかし、この千里眼的機能を持つスクリーンなら容易に見つけることができるのではないのか?

 少なくともジャミングの影響を受けることはないのではないのか?

 ここで〝れま〟の現在位置を押さえることができれば混乱状態の王宮からわざわざ迎えに来てくれる〝ひゅん〟への謝礼代わりになるんじゃないのか?

 そんなことを考えているうちにスクリーンの中身が変わった。


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