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その22

「〝あいり〟? 〝れま〟だし」

「〝れま〟? 〝りま〟と一緒に霧の奥へ向かったんじゃないのか」

「うん。そのまま霧の外へ出られたし。で、そこには猫の街があったし。そして、そこを治める王女なる存在がいるらしいし」

「王女だと。……まさか」

「おそらくあいつだし。〝れま〟は今、王女がいる王宮の謁見室にいるし。ちょっと死角になってて王女の顔は見えないけど。校舎から逃げた〝ちゅーぼー〟と〝おっさん〟がここへ来て対面するらしいし。今から中継するし」


 凌順は緊張していた。目の前で閉じている扉の向こうにこの世界を作った全能の存在である王女様がいることに。

「では」

 案内役の猫人が〝らる〟に頷きかけて謁見室の扉を開く。

 〝らる〟と芽衣に続いて入室した瞬間、凌順は息をのむ。

 足元を埋める深い絨毯と高い天井、その高さを感じさせないくらいの明度を放つ豪奢なシャンデリア、そして、テレビでしか見たことのない精緻な彫刻を施された太い柱が等間隔に並ぶホールと呼べるくらい広い部屋――その様子はまさしく王宮だった。

 しかし、すぐに気付く。

 その広さと高い位置に並ぶ窓が、この世界で初めて見たホコリまみれの大ホールと同じ構成であることに。

「凌順」

 そのきらびやかな雰囲気に飲まれて思わず立ち止まっていた凌順だが、すぐ背後に立っている〝ひゅん〟に促され、先を歩く〝らる〟と芽衣を追って足を踏み出す。

 謁見室の奥には玉座からこっちを見下ろしているドレス姿の王女がいた。

 その顔は猫ではなかった。

 芽衣のタブレットに保存されていた、芽衣とのツーショットで微笑む見覚えのある女子高生だった。

 凌順は考える。

 この顔を知っている。

 どこで見た?

 〝らる〟が芽衣の偽装を解除し、合わせて〝ひゅん〟も凌順の偽装を解く。

 同時に芽衣が王女へ声を掛ける。

「みんな心配してるよ。帰ろうよ――」

 凌順は続く言葉に耳を疑う。

「――おねえちゃん」

 凌順の頭の中で王女とツーショットの女子高生と――そして、尋ね人ポスターやテレビニュースや新聞報道や、さらに団地のエレベーターで見た塚口家の長女の面影が一致した。

 芽衣の姉は塚口聖依。

 高校進学後、しばらくして引きこもりになりそのまま失踪した女子高生。

「芽衣……よく、ここまで。でもどうやって」

 驚きを隠さない声色の王女に芽衣がショルダーケースからタブレットを取り出してかざす。

「駐車場に残されてたおねえちゃんのタブレットだよ。ここに全部入ってた。おねえちゃんが自分で創ったこの世界へ逃げたこと、この世界へ行くための魔法陣の描き方。そして、おねえちゃんが学校に行かなくなった原因の同級生――この世界でロクデナシと呼ばれてる連中のことも」

 凌順はずっと謎アイテムだった芽衣のタブレットがいかなる存在だったのかをようやく理解するが、一方でそれ以上の衝撃に混乱する。この世界を創った全能なる王女が失踪した芽衣の姉、であり、さらにロクデナシがその同級生であるという事実に。

 改めて王女に目をやる。

 何度かエレベーターで一緒になったことがあるが、当時の王女は高校一年生で声を聞いたことはない。

 凌順の方からたまに挨拶しても、はにかんだような困ったような表情で会釈を返すだけだったことから〝ああ挨拶されたくない側なんだな〟と凌順は思っていた。

 その気持ちはよく理解できる。自分もそうだから。

 なので、そのうちエレベーターで一緒になっても目を合わせることもなくなった。

 これが凌順の接した芽衣の姉に対する印象のすべてだった。

 しかし、今、目の前にいる王女からはそんな姉とは別人のような圧を感じる。

 まとっているドレスのせいなのか、座している玉座の仰々しい装飾によるものなのか、なによりも〝王女様〟という肩書のせいなのか。

 そして――ロクデナシの正体。

 その正体が王女の同級生?

 いやいや、失踪したのは塚口家の長女――すなわち芽衣の姉だけで同級生は失踪していない。

 なによりも、校舎内で自分と芽衣を追い回したすべてがロクデナシならば全校生徒に匹敵する数のロクデナシがこの世界に存在することになる。

 そこまで考えた時、発光結晶体管理局で聞いた〝ひゅん〟の話がフラッシュバックする。

 〝ロクデナシは王女様が作った。〟

 しかし、そんな〝ひゅん〟の言葉をすぐに湧き上がった違和感が塗りつぶす。

 なぜ、自らが不登校の原因をこの世界に作る必要がある?

 そいつらのいない理想郷がここじゃないのか?

 さらに思い出す。

 〝ロクデナシは王女様が誤って作ってしまった存在。〟

 ということは意図せず作ってしまったということか?

「凌順?」

 不意に〝ひゅん〟から背中を叩かれて我に帰る。

「え? なに?」

 目線を王女へ促す〝ひゅん〟に、自分が話しかけられていたらしいことに気付いて、慌てて王女を見る。

「は、はいっ」

「同じ五号棟の人――ですよね?」

 表情を変えることなく淡々と問う王女に、凌順は無意識のうちに姿勢を正していた。

「三階に住んでる三川……です」

 戸惑ったまま敬語で答える凌順に、王女は女子高生らしくない落ち着き払った口調で。

「三川さん。混乱しているんですね」

「あ、うん。いや、えと。はい」

「それは私が王女であることについてですか? この世界の成り立ちについてですか? それともロクデナシに関してですか?」

「ぜ、全部……です」

「今からそのすべてについてお話させてもらってもいいですか? 聞いてくれますか?」

 思わぬ提案に凌順は逆に戸惑う。空腹状態が続いた時にいきなり目の前に好物の大盛り塩ラーメンをどんとおかれたかのように。

 そこへ割って入ったのは〝らる〟。

「王女様。それは、しかし」

「ありがとう。〝らる〟。でも、いいんだよ」

 おろおろと自分を見ている〝らる〟へやさしく告げる。

「ずっと思い出すことを避けてきた私のことを心配してくれてるんだよね。でも、大丈夫」

 凌順は、ロクデナシや霧の向こうのことを王女は思い出したがらないと言っていた〝ひゅん〟の言葉を思い出す。

 これまでの芽衣の話を総合すれば、ロクデナシとはいじめっ子であり、芽衣の姉を不登校に追い込んだ元凶なのである。

 当然、思い出したくもない存在だったろう。

 そして、思い出したときの苦しみを、忘れようとする努力を、この世界でおそらく最も長く一緒にいた〝らる〟は見てきたのだろう。

 それを知っていればこそ〝らる〟が王女に思いとどまらせようとするのは当然のことと言えた。

 しかし、王女は続ける。

「あっちとは時間の流れが違うこの世界でもうずいぶん長い間ヒトと会ってなくて……。すごくひさしぶりに会ったから……話をしてみたいの。聞いてほしいの」

 改めて凌順を見て、改めて問い掛ける。

「聞いてもらえますか?」

 それがなにか重大な決断の気がした凌順は責任から逃れようとでもするかのように〝ひゅん〟を見る、芽衣を見る、そして〝らる〟を見る。

 そのすべてが頷くのを見て、王女に向き直る。

「はい。ぜひ」

 王女が微笑んだ気がした。

「では……最初に私にとって最も気が重いロクデナシのことから」

 そして、語りだす。

「ロクデナシが生まれたのは完全に油断というかハプニングだったんです。あいつらのいない世界を作ったというのに、つい、思い出して――実体化してしまったんです。正確には現実世界にいる彼女たちを私の妄想によってこの世界で実体化させてしまったんです」


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