その16
ゲートの先に足を踏み入れた〝れま〟は周囲を見渡す。
そこは照明の落とされた暗いロッカールームだった。
泡越しに見た黒猫の言葉を思い出す。この建物から出れば欲しいものをいくらでも出してやる――という言葉を。
「ふん。ちょろいもんだし」
ひとりごちてロッカールームを出る。
廊下の片面は街を見渡せる窓、反対側はいくつかの扉、天井には照明。
なんの変哲もない、自分たちがいる校舎と大差ない廊下が伸びていた。
「出口はどこだし?」
壁に〝避難経路図〟の掲示を見て足を止める。
今いるとこは最上階にあたる五階の端らしい。
左の突き当りが自分の出てきたロッカールーム。
右の突き当りにある広い部屋の表示は〝エントランスホール〟。
「エ……ントラ……ンス?」
どこかで聞いた憶えのある言葉に考えこむ。
そして、しばらくうなったあとで他のロクデナシが生徒玄関をエントランスと呼んでいたことを思い出す。
普通に考えれば〝五階に玄関?〟――と首を傾げるところだが〝れま〟にそこまでの頭はなかった。
「つまり、この〝エントランスホール〟ってとこが出口だし。ちょれえし。ぎゃは」
廊下を走ってエントランスホールに飛び込む。
中にいた数人の猫人が飛び込んできた〝れま〟を振り返る。
そして、驚く。
「ニンゲン?」
「いや、ロクデナシか?」
「どっちだ?」
「いや、どっちにしてもありえないっ」
混乱する猫人たちの向こう――部屋の奥で扉が開いて白い老猫人が姿を表す。
その扉は転送ゲートであり、この部屋は転送ゲートを常設している、まさしく玄関口だった。
ひとりの猫人が老猫人に声を掛ける。
「〝らる〟様っ。お気をつけください。不審者が――」
言い終わらぬうちに〝れま〟が走り出す。
「あの扉は泡の中で見たものと同じだし。とゆーことはあそこから外へ出られるはずだし」
そして、老猫人〝らる〟に怒鳴る。
「そこどくしっ」
しかし〝らる〟は動かない。
じっと向かってくる〝れま〟を見ている。
そこへ〝らる〟の後ろから小柄なハチワレの猫人が姿を現す。
ハチワレはそのまま〝らる〟の前に出ると、その場でくるりとターンする。
その尾がムチのようにしなって、迫る〝れま〟をエントランスホールの壁際まで弾き飛ばす。
そのまま壁に激突して床を転がったものの、すぐに立ち上がった〝れま〟は――
「こいつら、なんなんだし?」
――戸惑った目でハチワレ、そして、〝らる〟を見る。
他の猫人たちは皆〝れま〟に対して距離を取って怯えた目を向けているというのに、この〝らる〟は穏やかな目線を、ハチワレにいたっては敵意すら感じさせる目線を向けている。
戸惑っている〝れま〟を見たまま〝らる〟がハチワレに問い掛ける。
「あれは……ニンゲンですか?」
ハチワレが〝らる〟の前で警戒を解かずに答える。
「いえ、ロクデナシです」
そんなふたりに〝れま〟は――
「ちっ」
――舌打ちを漏らすとエントランスホールを飛び出す。
別の出口を探すために。