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その14

 ガラス張りの通路を〝ひゅん〟と茶トラ猫人に偽装した凌順、少し遅れて〝なぎー〟が続く。

 すれちがう猫人たちは局長である〝ひゅん〟に一礼しながら見覚えのない茶トラの凌順を訝しげに見るものの、その素性に突っ込むものはいなかった。

 それだけ局長の権限か信頼が大きいということなのだろう。

 窓から見える町並みはほとんどが住宅だがすべてが広い庭を有していて、それぞれの庭では猫人である住人やご近所さんが集まって日向ぼっこをしたり、昼寝をしたり、自動制御らしいボールや猫じゃらしで遊んでいる。

 その猫人たちは、みな当たり前のように服を着て首からは〝ひゅん〟や〝なぎー〟と同様に勾玉を提げている。

 そんなのどかさに特化したような風景の印象を強めているのは、商業主義の象徴とも言うべき〝看板〟とスピード社会の象徴である〝自動車〟が見当たらないせいかもしれない。

 しかし、それでも十分発展した社会であることは凌順にも容易に見て取れた。

「これだけ技術力がありながらポリグラフを知らなかったのか」

 ふとつぶやく凌順に〝ひゅん〟が答える。

「生体データー収集装置を〝嘘を見分ける装置〟に流用するという発想自体がなかった。この世界じゃ嘘が存在しないわけじゃないが、それが原因で大きなトラブルにまで発展することがないからな」

 それはそれでひとつの理想郷なのだろうと凌順は思った。

「平和な世界なんだな」

 〝ひゅん〟が続ける。

「それに、凌順は〝技術力がありながら〟と言ったが、この街も私たちの使っている道具も技術力――科学や工学から生み出されたものじゃない」

「じゃあどうやって?」

「魔法といった方がわかりやすいか」

 そう言って胸元で淡く光る緑色の勾玉を指で転がす。

 この勾玉に関しては凌順もずっと気になっていた。

 〝ひゅん〟がささやきかけると、そのつど奇妙なカードや機械を空中に出現させるこの勾玉は一体なんだ?

 そんな疑問を察したように〝ひゅん〟が凌順を見る。

「望んだ物は全員がひとつずつ持っているこのヒスイが出してくれるんだよ」

 凌順はその言っている意味がわからず戸惑いの表情を隠さない。

 〝ひゅん〟が笑う。

「ニンゲンにすれば信じられないだろうな。でも、この世界じゃこれが普通だ。望めば〝空を飛ぶ家〟だって〝遠い所につながる扉〟だって〝あらゆる病気〟を治す薬だって簡単に手に入る。とはいえ制限はある」

「制限?」

「他者を殺傷する目的で使用される道具と時間を超える道具だけは作れない。それ以外ならなんでも出せる。やってみるか?」

 聞きながら興味深げにヒスイを見ている凌順に差し出す。

「じゃあ、せっかくだから……」

 〝ひゅん〟のヒスイを手にとった凌順に〝なぎー〟が促す。

「額の高さに掲げてイメージするんです。そのものでもいいですし、要求する機能でも」

「うん」

 欲しいものをイメージする。

 しかし、なにも現れなかった。

「出ないな」

 〝なぎー〟も首を傾げる。

「そんなはずないんですけど……。なにを希望したんですか」

「寿司十二巻セット。食べ物はだめだとか?」

「お寿司っ。いいですねっ。あたしも大好きですっ」

 表情を輝かせる〝なぎー〟に呆れたようなため息をついた〝ひゅん〟が答える。

「食べ物でも問題ないはずだがな。理由があるとしたら凌順がこっちの世界の存在じゃないことと関係あるのかもしれない」

 そう言われては納得するしかない。

「なるほどねえ」

 言いながらヒスイを〝ひゅん〟に返すと、改めて窓外に広がる町並みを見る。

 この街はそんなヒスイの魔法によって作られた街なのだろう。

 そして、気が付く。

「だからか。そうか」

「なにがです?」

 問い掛ける〝なぎー〟を見下ろす。

「町の外から見た時も思ったんだけど、この町って中央に教会みたいなのとあとは光る塔と五階建てが見えただけでほとんどが住宅なんだよな。そこに違和感があったんだけどヒスイがあるんじゃ、商業施設はいらないわな」

 〝ひゅん〟が頷く。

「凌順が街の外から見た五階建てが発光結晶体管理局(ここ)で庁舎を兼ねてる。中央にあるのは王宮で、この猫街を作った王女様がいる。町外れに立っている塔は万一霧を突破したロクデナシが現れた時に誘導して捕獲するための誘導塔。外から見て目立つのはそれくらいだな。他には学校と病院があるが、どっちも二階建てだから街の外からは見えないかもしれない」

 またしても出てきた〝王女様〟という言葉に興味を惹かれた凌順が聞き返そうとした時、背後で〝なぎー〟のポケットがスマホの着信を知らせた。

 〝なぎー〟は短い通話を終えて〝ひゅん〟にその内容を伝える。

「局長」

「ん?」

「〝らる〟様が急遽お見えになるそうです」

「〝らる〟様が? わざわざここまで?」

 〝なぎー〟がちらりと凌順を見た。

「直接、会いたいそうです。霧の向こうから現れた者に」

 その言葉に〝ひゅん〟も凌順を見る。

 〝霧の向こうから現れた者〟と言えば、ここには凌順しかいない。

「知り合いなのか?」

 問われたところで凌順には〝らる様〟なる存在は身に覚えがない。

「いやまったく。誰?」

「〝らる〟様はこの世界で最初の猫人で、普段は南の町外れにひとりで暮らして――」

 そこへ声を掛ける者がいた。

「〝ひゅん〟局長」

 呼ばれた〝ひゅん〟と〝なぎー〟、そして、凌順が一斉に目線を向ける。

 通路の先で隻眼の黒猫がこっちを見ていた。

 黒猫は歩み寄りつつ、凌順に不躾な目線を向ける。

「そいつのことかしら。落とし穴にかかったというのは」

 その声色からこの黒い猫人も女性であることを凌順は理解する。

「相変わらず情報が早いな〝うず〟殿は」

 〝ひゅん〟が周囲に誰もいないことを確かめてからリモコンを向けると凌順の姿が本来の人間に戻った。

 そして、すぐに猫人に戻す。

 黒猫〝うず〟はたいして驚きもせず目線を〝ひゅん〟に戻す。

「まさか局内を案内しているとか?」

 〝ひゅん〟が答える。

「悪意はなく害をもたらす存在ではないことは確認済みだが、なにか問題でも?」

 〝うず〟は呆れたように。

「どうやって確認したか存じませんがロクデナシの巣となっている霧の向こうから現れたのでしょう? そんな者をどうして信用できるのかしら。危機意識に欠くにもほどがありますわね。なにかあったら局長自身が責任をとられるんでしょうね」

「もちろん責任は負う。しかし、その心配は無用でしょう。彼は信用に値するニンゲンですので」

「ニンゲンですって? まさか」

 〝うず〟の表情がこわばる。

「それと関連して、ひとつ〝うず〟殿に確認ですが」

 〝ひゅん〟が問い掛ける。

「〝うず〟殿が管理している誘導塔の方にニンゲンが現れたような情報はありませんか?」

「し……知りませんわ」

 そう言って逸らせた目を凌順に向ける。

「それより、これが本当の本物のニンゲンならとんでもないサンプルですわね。もっとも、仮に本物のニンゲンだとしても信用できる理由にはなりませんが」

 そして、改めて〝ひゅん〟を見る。こころなしか呆れたような表情で。

「まさかとは思いますけど、ニンゲンというだけの理由で飼い主の面影でも重ねているのかしら? これだから元飼い猫は……」

 その時〝うず〟のポケットでスマホが着信音を鳴らす。

 取り出して回線をつなぐと少し苛立った口調で通話先に問い掛ける。

「何事? ええ、ええ。わかりました。すぐに行きますわ。あなたはそこで見張ってらっしゃい」

 思わず耳に入った〝見張る〟という言葉に〝ひゅん〟が反応する。

「なにかありましたか?」

 〝うず〟がスマホをポケットにしまいながら答える。

「な、なんでもありませんわ。とにかく、せいぜい周囲に迷惑をかけないよう願いますわ。あと、もうすぐ〝らる〟様もお見えになるらしいですわね。もし〝らる〟様の前でなにかあったら職を追われるどころでは済みませんからね」

「ご心配いただき、ありがとう」

 ふたりの会話を離れて聞いていた凌順に〝なぎー〟がささやく。

「〝うず〟殿は前の管理局長だったのです」

「だから〝ひゅん〟局長と仲が悪いのか」

 人事が人間関係に影響を与えるってのはどこの世界にもあるんだなと思う。

 それよりも、今の話ではこの〝うず〟が誘導塔の管理を担当しているらしい。

 ということは、医務室で〝ひゅん〟が芽衣のことを問い合わせようとした相手がこの〝うず〟だったのだろう。

 そして、問い合わせた〝ひゅん〟からの電話を着拒していたのも単純に仲が悪いゆえのことなのだろう。

 そんなことに思いを巡らす凌順に〝なぎー〟が続ける。

「それだけじゃないんです。〝うず〟殿は野良だったので飼い猫だった〝ひゅん〟局長と合わないっていうか」

 凌順は、遠ざかる〝うず〟とその背を見送る〝ひゅん〟を見ながらひとりごちる。

「野良とか飼い猫とか……。一体、猫人ってのはなんなんだ」



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