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その13

 質問の内容と生体データーの挙動を比較した〝なぎー〟が既知の情報と合わせた結果を〝ひゅん〟に報告する。

「名前はミカワ・リョージュン。別世界のニンゲン。悪意なし。同じ別世界のニンゲンであるツカグチ・メイが作った魔法陣に巻き込まれてこの世界へ来た。霧の向こうでロクデナシの群れに襲われるもシャコの能力を取り込んで、同様にヘビの能力を取り込んだツカグチ・メイとともに霧を突破。その後、ツカグチ・メイとはぐれてひとりでいるところを、霧からのロクデナシ侵出を警戒していたカニ戦車に追われて落とし穴に落下。自動投入された麻酔玉の眠りガスで眠らされて発光結晶体管理局(ここ)へ搬送された、と」

 〝ひゅん〟が目線を〝なぎー〟から凌順に移す。

「ふむ。そういうことか?」

 凌順は、ようやく自分の素性――別世界からの来訪者であり、悪意がないただの巻き込まれた人間であること――を理解してもらえて肩の荷が降りたような晴れやかな気分で頷く。

「そういうことです」

 〝ひゅん〟が右手を差し出す。

「これでやっと、凌順はニンゲンであり、ロクデナシのような悪意ある存在ではないということが証明されたわけだ。おめでとう」

 凌順は、指先に収納された爪と手のひらに浮き上がる肉球の感触に違和感を覚えながらもその手を握り返す。

 そして、問い返す。

「こっちからも聞きたいことがいろいろあるんだけど……」

 ようやく自分の素性が正しく伝わったことで緊張から解放されたせいか、すっかり忘れていた最も重要な疑問を思い出す。

「? どうぞ」

「さっきも名前が出たけど、もうひとり一緒にいた女の子がいるはずなんだ。どこにいるかわからないかと」

「ツカグチ・メイのことだな」

 〝なぎー〟を見る。

「報告はないか?」

「ないですね。誘導塔の方ならあるいは」

「ふむ」

 〝ひゅん〟がポケットからスマホを出してどこかへダイヤルする。

 その様子を見ている凌順は〝誘導塔〟という言葉に、町外れに屹立していた眩い光を放つ塔を思い出して〝なぎー〟に訊いてみる。

「誘導塔ってのは、町外れのまぶしいやつ?」

 こころなしか警戒心の解けたらしい〝なぎー〟が答える。

「そうです。霧の中から出てくる者がいたら好奇心を刺激して誘導するように光ってるんです」

「へえ」

 凌順は誘蛾灯とか避雷針みたいなものなのだろうと納得する。

 ということは〝なぎー〟が言うように芽衣はそっちに行った可能性が高い。

 しかし――。

「だめだな。着拒」

 〝ひゅん〟が肩をすくめる。

 そして、スマホをポケットに収めながら凌順に声を掛ける。

「この世界のどこかにいるんなら心配ないだろう。それほど広い世界じゃないし、ニンゲンに危害を加えようとする猫人もいない。もっともニンゲンから危害を加えられそうになったら〝その限りじゃない〟のもごく一部いるけど……ツカグチ・メイってのは凶暴なのか? 猫人を見たら攻撃してくるような」

 凌順が慌てて首を振る。

「いやいやいやいやいやいや。それはない。自分から危害を加えようとするとかはない」

 もちろんヒトトナリを知るほどの付き合いがあるわけではなく、想像でしかないのだが。

「じゃあ、そのうちどっかから目撃情報が来るだろう。他には?」

 促されて答える。

「えーとじゃあ……なぜニンゲンを知ってるんだとか、そもそもロクデナシってのは一体どういう生き物なのかとか。そして――〝ひゅん〟局長や〝なぎー〟さんは、その、僕の知ってる猫っていう生き物と関係あるのか、とか」

 本来ならこんな異世界の設定なんかどうでもいいことだった。

 それでも――特に〝ひゅん〟や〝なぎー〟に関して――訊いてみたくなったのは、芽衣のことは心配いらないと気遣いの言葉を掛けられたからかもしれない。

 ずっと人付き合いを苦手としてきた凌順は、逆に簡単に人を信じるところがある。

 小学生――いや、もっと前から人を信じて騙されて、それで人付き合いを避けるようになった。

 それ自体は人に騙されることを警戒しての行動ではあるものの、逆に人に騙されない訓練を怠ってきたとも言える。

 さらに人を避けてきたことで人から親切にされたり優しい言葉を掛けられたりしたこともなかった。

 その結果、少しでも優しくされたり気遣いをされたりすると簡単に相手をイイヒト認定してしまう、親近感を持ってしまう。

 それが相手――〝ひゅん〟や〝なぎー〟――のことをより知りたいという考えにつながることになんの不思議もなかった。

 一方で〝こっち〟の素性を明かした以上は〝そっち〟についても知りたいというバランス感覚から問い掛けてみたというのもあるかもしれない。

 そんな凌順に〝ひゅん〟が答える。

「ロクデナシについては私たちも〝悪意を持つ存在〟ということしか知らない。そもそも霧の向こうがどうなっているのかもわかってないしな。かつて王女様がこの世界を作ったあとで誤って生み出した存在がロクデナシであり、それを隔離するために周囲を霧で覆った――伝承はそれだけだ」

 不意に出てきた〝王女様〟というワードに、凌順は王冠をかぶったドレス姿の猫を思い浮かべながら、同時に霧の魔女の言葉を思い出す。

 霧の魔女はこの世界を作った全能の存在から霧の管理を任されていると言っていた。

 魔女の話と今の〝ひゅん〟の話を合わせると、全能の存在が王女様ということになる――のか?

 そんな疑問を抱く凌順に構わず〝ひゅん〟が続ける。

「なので、こっちとしても凌順に霧の向こうについて教えてほしいというのもある。〝なぎー〟」

「はい?」

「あれを」

「はい」

 〝なぎー〟がポケットから取り出したスマホを操作するとスクリーンが空間投影され、荒野と霧を映し出す。

 凌順はそれがすぐに町外れの様子と気付く。

「凌順を落とし穴に追い込んだカニ戦車に積んでる車載カメラの映像だ」

 〝ひゅん〟の言葉を聞きながら見るスクリーンの中で視界が霧の中へと進んでいく。

 左右どころか上下すらわからない真っ白の空間が続いて、やがて、ぽっかりと広い空間に出る。

 凌順はこの空間を知っている。

 魔女がいた空間であることを知っている。

 スクリーンにも同じ魔女が姿を現して告げる。

「この霧は霧の向こうとの隔離膜。何者もあらゆる現象も通さない。この霧によってあらゆる因果を遮断する」

 そして、画面が一瞬暗転してから集落を上下逆に映し出す。

「な? 放り出されるだろ?」

 〝ひゅん〟が苦笑しながら凌順を見る。

「どの位置から侵入しようとしてもあの魔女が通してくれないんだよ。霧の向こうがどうなってるか、なにがあるのかは王女様が知ってるはずだが語りたがらないし。だから、あとでいいから霧の向こうについて教えてほしい」

「見た範囲内のことしかわからないけど……それでもいいなら」

「十分だ」

 そして、続ける。

「あと私たちのことだが――実際に見てもらった方が早いな。見たら私たちがニンゲンを知ってる理由も理解できるだろう」

 その言葉に〝なぎー〟が慌てる。

「ま、まさか局長。あれを見せるんですか」

 〝ひゅん〟はそんな〝なぎー〟に〝なにを慌ててるんだ?〟と言わんばかりに淡々と答える。

「見せても大丈夫だろ。悪意はないんだし」

「いや、でも……目立ちませんか」

 〝ひゅん〟が改めて凌順を見る。

「確かに目立つか。よし」

 さっきと同様に首から提げた勾玉に何事かをささやく。

 今度は空中に小さなリモコンのような機械が現れた。

 それを手にした〝ひゅん〟は機械を凌順に向けてスイッチを押す。

「これでいいだろ。じゃ、行こう」

 室内の洗面台に設置されている鏡の中で、凌順の姿は茶トラの猫人に変わっていた。



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