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その12

「つまり、別世界から来た――と」

「そうです」

 あとから入ってきた猫人間が、ベッドに腰を下ろして答える凌順を見下ろして困惑したようなため息をつく。

 首からは勾玉とネームプレートを提げているが、そこに書かれている名は〝ひゅん〟、肩書は発光結晶体管理局局長で毛色はキジトラ。

 窓の外には低い町並み越しに教会らしき建物の尖塔があり、そのずっと向こうには眩い光を放つ高い塔が見えることから、ここが霧を出たところで見た集落であることは容易に想像できた。

 さらに、記憶にある集落の全景からの位置関係と今自分がいる場所の視点の高さから、発光結晶体管理局(ここ)は町外れにあった五階建てのようだった。

 装着したヘッドマウントディスプレイ越しに凌順を見ているのは、凌順が目覚めた時に寝ていたサバトラの猫人間で名前は〝なぎー〟。

 〝ひゅん〟と同じく、首からは勾玉を提げている。

 顔の造作や体型で猫の性別を見極めるのが難しいことに変わりはないが、物腰や声色からともに女性らしい。

 〝なぎー〟がヘッドマウントディスプレイを装着したまま〝ひゅん〟を見る。

「ということは……まさかニンゲンでは」

 人間を知ってるのか?――その言葉に凌順が反応するより早く〝ひゅん〟が答える。

「その可能性は否定できないが……。でも、ニンゲンがこの世界を訪れた前例はない」

 そして、悩ましげに自身の髭を撫でながら続ける。

「とりあえず雄体なんだよな」

「はい。それはまちがいありません」

「ということは少なくともロクデナシではない」

 凌順はその言葉に霧の中で聞いた魔女の言葉を思い出す。

 〝ロクデナシ〟とは凌順が霧の向こうで遭遇した女子高生型クリーチャー――芽衣の言う〝いじめっ子〟――を指す。

「ロクデナシには雌体しか存在しないはずですからね」

 〝なぎー〟の言葉になにかを思い出したように〝ひゅん〟がつぶやく。

「試してみよう」

 〝ひゅん〟が首から下げている勾玉を掲げてなにかをささやきかけると、空中に一枚のカードが現れた。

 ひらりと落ちるカードを掴んで凌順に向き直る。

「なんでもいいから私を罵倒してみろ」

 凌順としては、そんなことをいきなり言われてもどう答えていいかわからない。

 正直に返す。

「いや、いきなり言われても……」

 対して〝ひゅん〟は少し苛立ったように。

「いいからやれ。早く」

「じゃあ……」

 凌順は覚悟を決めて思いついたまま口にする。

「なにえらそうにしてんだ、にゃんころの分際で」

「あ?」

 不意に険しくなった〝ひゅん〟の表情に慌てる。

「そっちが罵倒しろって言ったんじゃないか」

 〝ひゅん〟は答えず、掲げたカードを透かしてみる。

「どうですか」

 興味深げな〝なぎー〟に答える。

「毒素は検出されないな。ということはロクデナシじゃない。すなわち……ニンゲンか」

 その言葉に凌順はロクデナシが放つ言葉には毒があることを思い出す。

 〝ひゅん〟はそれを確かめたのだろう。

 〝ひゅん〟が改めて〝なぎー〟を見る。

「生体パラメーターに特異な数値は出てないか?」

 〝なぎー〟が装着していたヘッドマウントディスプレイを下ろして側面に並ぶスイッチを操作すると、いくつかのグラフが空間投影された。

「この通り、出てません。体温、脈拍、呼吸数、血圧――あたしたち猫人と比べて特におかしな点はありません。少し緊張しているようですが」

「そうか……」

「ですね……」

 〝ひゅん〟と〝なぎー〟が黙り込む。

 よほど凌順は不可解な存在らしい。

 そんなふたりへ凌順が遠慮がちに口を開く。

「あのさ……さっきから聞いてたけど、僕は人間ってやつだよ。そっちの言うニンゲンと同じものかはわからないけど」

 〝ひゅん〟が凌順を見る。

「私たち猫人の肉体はニンゲンのそれと大差ないはずだから各パラメーターも似た数値になる。あとロクデナシは伝承では罵倒する時に毒を吐くらしいが検出されなかった。これらのことからも言う通りニンゲンなんだろう。ただ、もうひとつ欲しいんだよな」

「欲しいって……なにを?」

「そっちの言葉が嘘ではないことの証明」

 改めて〝ひゅん〟と〝なぎー〟が、そして、新たに凌順が――室内の全員が考え込む。

 思いついたのは凌順。

「ひとつある――かもしれない」

 今度は〝ひゅん〟が問い返す。

「なにが?」

「僕の言葉が嘘じゃないって証明する方法」

「ほう」

 凌順は自分の言葉に関心を寄せる〝ひゅん〟から〝なぎー〟へ目を移す。

「そのディスプレイで僕の体調を見てるんだよな」

「そ、そうです」

 まだ出自も確定してない謎生物の凌順からいきなり話しかけられて緊張気味に返す〝なぎー〟へ、さらに問う。

「さっき言ってたのは体温と脈拍と呼吸数と血圧と……あと他にはなにを?」

 〝なぎー〟がディスプレイを撫でながら答える。

「血中酸素濃度とか発汗状態とか脳波とか眼球運動とか全身の筋肉の弛緩状態とか瞳孔の拡散収縮とか……あらゆるバイタルデーターを監視(モニタリング)してますが……それがなにか」

「だったら証明できるぞ」

 〝ひゅん〟の耳が立つ。

「どうやって?」

 凌順が興奮気味に答える。

嘘発見器(ポリグラフ)っていうのがある。嘘をついてる時とついてない時で生体データーに差が出るんだ。たとえば、嘘をついてる時は鼓動が早くなったり、汗かいたり、まばたきが増えたり、それで嘘をついてるかどうかがわかるっていう……。だから僕にいろんな質問を出してみてよ。全部、僕はイエスと答える。その時の生体データーを比較すれば、嘘のイエスかホントのイエスか判別がつく。それで僕が嘘をついてるかホントのことを言ってるかわかるはず」

 原理を語って聞かせる凌順だが、凌順自身も古い映画かテレビドラマで見ただけで実際に使ったことも使われたこともない。

 そんな心許ない説明ではあったが、それでも〝ひゅん〟の好奇心をおおいに刺激したらしい。

「なるほど。やってみるか」

 〝なぎー〟を見る。

「はい」

 〝なぎー〟が改めてヘッドマウントディスプレイを装着するのを待って〝ひゅん〟が質問を始める。


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