その10
霧の向こうは荒野だった。
ゆらゆらと濃密な霧を背にした凌順は一キロメートルほど先に見える町並み、というより集落に目を凝らす。
町の中央には尖塔を頂く教会にも聖堂にも見える建物があり、左の端には眩い光を放つ高い塔、右の端には鉄筋造りの五階建てがある他は住宅らしき建物だけしか見えない。
中央の尖塔に霧の向こうで見た廃墟を連想するが、すぐにそんなことに思いを馳せている場合ではないと周囲を見渡す。
どこにも芽衣の姿がない。
「まあたひとりかよう」
あえて口に出すが応える者はいない。
ため息をひとつつくと、周囲に目を配りながら集落へと歩き出す。
やがて進む先に直径一メートルほどあるテーブル状の岩々が見えてきた。
荒野の中に不自然に佇むそれらにテレビで見た海外の奇勝を紹介する番組を思い出す。
しかし――近づいた岩が節くれだった十本の脚を伸ばして立ち上がる。
それは岩ではなく甲幅が一メートルほどのカニの群れだった。
がしゃがしゃと歩脚を繰って向かってくるカニに凌順は慌てて衝撃波を放つ。
命中した一体の甲羅が割れて内容物を周囲に散らせる。
散らばったそれは機械部品だった。
「ロボット?」
目を疑う凌順へ、戸惑ういとまもあたえずにカニの群れが押し寄せる。
その数の多さに一匹ずつ倒すことを諦め、背を向けて走り出す。
しかし、カニ群の一部はすでに凌順の背後に回り込んでいた。
そのカニを避けた凌順だが、さらに迫るカニ群に追い立てられながら荒野を走る。
集落に向かっているのか霧に戻っているのかもわからないほどの余裕がない凌順は――
「うおっ?」
――穴に落ちた。
きれいに塗り固められた壁面の様子からそれは自然に陥没した穴ではなく人工的に掘られた罠――すなわち落とし穴であること、そして、自身がそこへカニによって追い込まれたことに気付く。
魚を網に追い込む漁が世界中にあることをテレビで見て知っている凌順だったが、まさか自分がカニによって落とし穴に追い込まれるとは思わなかった。
誰が? なんのために? そんなことを考えるがわかるわけはない。
ただひとつ、はっきりしているのはこの落とし穴が罠である以上、落ちた自分は獲物であり、獲物である以上、この先ろくなことが待ってない可能性が高いということだけだった。
戸惑いと焦りの中で顔を上げる。
背伸びして手を伸ばせば穴の縁に手が届くという這い上がるのが微妙な深さだった。
そこへソフトボールほどの球体がふたつ落ちてきた。
「なんだこ……」
ひとりごちたのと同時に球体が破れて充填されているガスを拡散させる。
その甘い匂いを感じたのと同時に凌順の意識が途切れた。