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6話 魔法の練習②


「ねえ、新しい魔法覚えてみたくない?」


 ある日、私はトライに声をかけた。


 トライは上半身だけ起こした体勢でぱちくりと瞬いた。そして、ぎょっと目を見開く。


「えっ!?」


 さて、私たちはまだしばらく薬屋のおばあさんにお世話になりっぱなしだ。

 おばあさんは本当に優しい。私たちがクズ魔石は使っているのをどうやって知ったのか、あれから投げ渡してくれるものが大体クズ魔石になった。とってもありがたい。


 私はおばあさんのお手伝いをしつつ、トライの面倒を見て、そしてトライの魔法の練習を眺めるのが最近の日課である。

 トライは練習熱心だ。私がクズ魔石を渡すときっちり砂になって使えなくなるまで練習する。大分維持できる時間も伸びた。


 でも、ファイヤだけだと飽きちゃうかなと思ったのがついさっきのことだ。


「えっ、いいのか!? いや待てレディ、君は魔法書なんて高価なものを奴隷に与えるつもりか? それはちょっと……」

「魔法書はないよ」


 魔法書は高価なものだ。もしあったらおばあさんのところに転がり込む前に何かできただろう。


 けれど、新しい魔法を習得するには魔法書が必要でもある。

 そう、杖しかり魔法書しかり、魔法って普通に学ぼうと思ったらお金持ちの道楽になるのだ。残念ながら。


「んー、でも、もしかしたらこの方法なら魔法書がなくても、って方法があって」

「どんな方法なんだ?」

「魔法陣」

「まほうじん?」


 トライが、「そんなもの聞いたこともありません」みたいな顔になった。


 魔法陣は、私が一周目で主に研究していた魔法技術だ。確か、魔法具開発界隈の技術だったはず。

 紙などに魔法の術式を書けば、魔力を注ぐだけで書かれた術式通りに発動するというもの。なお、この場合の仲介物質は書き記した媒体自体になり、呪文は書き記された術式自体が代替する。


 これを逆に説明した興味深い文献を、昔読んだことがある。


 魔法を使うには「集中力」「仲介物質」「呪文」が必要だ。だけど、魔法陣はこのうち「仲介物質」と「呪文」を別のもので代替する。


 ここで大事なのは呪文。


 魔法陣がなんで流行っていないかというと、難しいからだ。書くことが多すぎる。

 例えば自然魔法の中でもファイヤは一番簡単な呪文のうちのひとつと言われているが、これを魔法陣で書き起こそうとすると、属性、威力、射程、範囲、必要な魔力量、持続時間、誘導性やその他付加要素などなど……ものすごく多い。

 普通に描こうとしたら、すっごく大きな紙が必要。


 でも、普通に魔法を使えばこれらは【ファイヤ】の呪文一言で済む。

 これは、魔法使いがその短い呪文の間に、無意識にそれらの条件を指定して魔法を放っているから、らしい。そういった条件を指定する感覚を魔法使いに感覚的に刷り込むのが魔法書だ。


 つまり、私が一周目で描いていた魔法陣をトライに見せて、トライが頑張って頭で理解すれば、魔法書がなくとも魔法を習得可能なのではないか?


 トライがごくりと喉を鳴らした。


「というわけで、試しに自然魔法の水系統のウォーターの魔法陣を描いて解説するから、頑張ってみて」

「え……??」


 それがどれほど難しいことなのか、魔法を使ったことのない私には知る由もなかったのだ。いや本当に。




 ***




 魔法陣の解説を終えてトライを見ると、あからさまに頭からぷすぷすと煙がのぼるほど考え込んでいた。


「……まず∇D∇C + R = ∂C/∂tのうちDは拡散係数、Cが水の要素の濃度、Rが魔力干渉による密度補正……? 200mlの水を出すのに魔力変換量が……? 魔力変換定数……相性……熱……小さな水の要素を集め……? 1mlってどれくらい……?」


 すごく分かりやすくトライの目がぐるぐるしている。しきりに手を動かして距離を測ったり、ぶつぶつと私の解説のキーワードを拾って呟いたり、明らかにいっぱいいっぱいだ。


 私はトライの手からクズ魔石を取り上げた。


「トライ、一旦止めよう。魔法が暴発したら困る」

「ま、待ってくれレディ……! ここの術式だけもう一回……!」

「ゆっくりやろう? 何回でもお話しするから」

「む……」


 私の言葉に、トライはやっと私を正面から見て、神妙に頷いた。

 そのゴールドレッドの瞳は、いつもと違って少しだけ弱々しい。


「なんか、俺、魔法を使う時にこんなに頭を使ったのは初めてで……」

「それが普通だと思うよ」

「んむ……実は、頭を使いすぎてちょっと吐きそうだ……」


 ヘロヘロと私にもたれかかってくるトライ。いつもしゃんと伸びた背がちょっと丸まっている。こんなトライは珍しい。


「レディと会ってから、全然知らない方法ばっかりだ。魔法には多少慣れている方だと思っていたのに」


 そうだろう。普通の魔法使いは、魔法書で魔法を覚えて、ひたすら実戦で魔法を撃つのを繰り返すのだ。


 私のやり方は全部理論上の話で、うまくいくかも分からない。


 私はおそるおそるとトライを見た。


「……やだ?」

「それは違う。新しいことは楽しい」

「そっか」

「でも、できなくて君にガッカリされるのが怖い」


 私は思わずビックリした。トライが弱音を言うのは珍しいからだ。

 というか、初めて聞いたかもしれない。


「ずっと、レディに全部やってもらって、」

「トライ」

「俺が奴隷なのに。……年上、なのに」

「トライ」

「……」

「ガッカリしないよ」


 私の言葉に、トライは無言で頭を押しつけた。




 ***




 さて、トライが魔法陣の解説を聞いて、実際に魔法が使えるようになったのは三日後のことだ。


「うぉ、【ウォーター】」

「おお、水出た」

「さ、さすが俺、天才……がくっ」

「あれ? ト、トライ?」


 重ねて言うが、魔法使いにとって術式を覚えてそこから頭で理論構築して魔法を使うことがどれほど難しいか、私は知らなかった。


 普通、歩くとか走るとか、みんな無意識の感覚でやっていると思う。そういうのを全くやったことがない人が、机上で歩き方の理論をお勉強して、「さあやってみて」と放り出されるようなものだ。

 力の込め方も、バランスの取り方も、机上の勉強だけでは分からない。


 トライの類い稀な頭の良さとポテンシャルがあったからできただけで、通常は無理だろう。

 ……と、いうことを私が知るのは、まだずっと先の話なのである。


 ちなみに、私が魔法陣を大量に暗記できているのは、ただ文字を覚えているだけで、魔力の操作とか変換とか魔法行使にあたっての実際の距離感とか、そういったものを考えていないからである。


 あと、十年もいじくり倒せばさすがにね、覚えるよ。



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