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3.5話 奴隷くん


 天使みたいだ、とか思ってしまった。

 俺も相当参っているんだろう。


 それで、俺はそんな天使に買われてしまった。


 俺よりも年下で、成人もしていない幼い少女だ。そんな子が一人で、こんなところで俺を買うなんて訳アリに決まっている。


 聞いてみると孤児で、十二歳になったから孤児院から出たところなのだという。

 でも、パッと見たところもっと幼いように見えた。


 ふわふわでくるくるとした短いミルクの色の髪。淡いヘーゼルの大きな瞳。可愛らしいけれどどこかぼんやりとした表情。俺の胸くらいのところに頭があるくらいの身長で、小さいし細い。


 貧しい孤児院で育ったと言っていたから、発育が悪いのかもしれない。というか本当に十二歳か? 十歳にもなってないくらいじゃないのか? 十歳だった実家の妹よりも小さいような。


 とにかく、見ていて色々と心配になる子だった。


 俺を全財産と引き換えに買ったから一文無しなのだという彼女は、建物の裏側の軒先を借りて、「今日はここで寝ます。今は暖かい時期だから大丈夫」と言ってあっという間に寝てしまった。


 俺って奴隷だけれど、魔法の契約でこの子に縛られているわけではない。鎖さえ千切れれば、物理的に逃げ出すこともできる。なんなら、この子を殺すことだって。


 それなのに、少女は無防備にくうくうと寝ている。


 というか、子供が外で寝るのもどうなんだ。良からぬ輩に攫われるぞ。世の中には悪い大人もたくさんいるんだから。


 しかし、まったくの考えなしというわけでもなさそうな、不思議な子だった。


 子供だからってどんな建物でも軒先を貸してくれるわけではない。一晩貸したことを契機におかしな輩の溜まり場になったら困るからだ。

 この子はまず近くの浅い山でちまちまとハーブを摘んで、それを持って少々町を外れたところに居を構える薬屋に行った。


「見つからないようにします。裏の軒先を一晩だけ貸してください」


 少女がハーブを差し出せば、薬屋の老婆はふんと鼻を鳴らして踵を返した。返事がなかったのでハラハラしたが、少女は「一晩だけなら見ないふりしてくれるって」とそのまま裏手に回る。

 夜になっても何も言いに来られないから、多分少女の言う通り了承を得たことになっている、のだろう。


 ハーブに関する知識、それを見つける技能、薬屋の老婆の情報、交渉のやり方。そもそも俺を買ったということはお金が数えられるし、町の歩き方にも浮ついた感じはない。

 そんなに極端に世間知らずというわけでもなさそうだ。


 ただ、なんか、俺を買ったというその一点だけが、非常に危なっかしい。


 ──いや、この子が危なっかしいというよりも、俺が考えなしだっただけか。


「う〜ん、やらかした、本気で」


 俺は眠ることもできず、身を縮こめて、ほんの小さく呻いた。あんまり動くと鎖の音で少女が起きてしまう。でも、後悔が止まらない。


(こんな幼い子供が俺の戯言を信じて、俺なんぞを購入してしまった)


 俺はトライティンガー・スティーク・ディ・ウィノ・デミリドロトント。

 めちゃくちゃ長い名前だが、周囲には単にトライとだけ名乗っている。多分もう、貴族籍なんか廃されていると思うし。


 正直に申し上げると、今の俺は十割意地と見栄でできている。


 俺はもともとは騎士の名家の出身である。ただし、当主と使用人の女性の間にできてしまった、いわゆる妾の子だ。家での兄弟からのいじめが酷くて、だから多少は魔法が使えた俺は、十六歳で逃げ出して冒険者になった。


 しかし、そこでパーティを組んだ仲間に裏切られ、身包みを剥がされて、今に至る。


 しかも下手に反抗したせいで、こんなどん底みたいな扱いの終身奴隷にまで落とされてしまって、再起の芽すらありはしない。実はしばらくまともに食事を取っていないし、殴られまくって体はガタガタだ。今も全身がミシミシする。


 それでも、だからこそ俺は見栄を張った。


 俺の母親は使用人であろうと誇り高い人だ。

 その息子である俺が、卑屈でいいはずがない。


 まあ、とはいえ売り出せるものが俺には血筋による魔法の将来性しかないから、余計に痛々しい感じなんだけどな。


 たとえこの後もっとひどい扱いを受けて惨めに野垂れ死のうとも、俺はできる限り誇り高くいたいのだ。


 ──その結果、俺の虚勢を信じてしまったらしい年端もいかない少女に買われてしまった。


 なんかもう、言っていることを即座に翻して申し訳ないのだが、こんなことなら見栄なんか張るんじゃなかった。檻の隅っこでありふれた奴隷のように縮こまっていればよかった。俺のバカ。


 俺の見栄と少女の命を天秤にかけて、どう考えても命の方が重いだろ。

 俺は俺よりも強い悪趣味なやつに買われて嬲り殺されると思ったから見栄を張っていたわけで、俺よりも弱いやつが頼りにしてくるなんてとんと想定していなかったのだ!


 俺を見る少女の目には、一片の疑いもない。この子は俺の言葉が虚勢だとは知らずに、本気で俺が天才だと信じている。


「あなたにはとびきりの才能がある。大事にする」


 勘弁してくれ少女、君、見る目ないよ。今すぐ返品するか売りつけるかしてお金に変えたほうがいい。絶対にその方が君にとって価値がある。


 奴隷を買うにしたってもっとちゃんとしたところじゃないと、信用できる奴隷なんか買えないんだよ。分からないかなぁ、分からないからあんな場所で俺を買ったんだろうなぁ。


 とりいそぎ、俺は自分の張った意地と見栄の責任をとって、この少女を守らなければならない。


 自分の命を懸けてでも、だ。



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