29話 一周目の記憶③
トライにやってほしいことはずっとずっと山盛りだ。
トライなんか全部の魔法に適性があるんだから、どこから伸ばしても上達し放題、魔法使い協会の星だって取り放題! のはず!
さておき、まず取れる星を取っておこうというレオの方針は堅実である。社会的な地位や信用度に関わる。近いうちに計画を立てて魔法使い協会には行っておきたい。
それにあたって、私も早急にやるべきことがいくつかある。
盗賊に鉢合わせた時に思ったんだけど、やっぱり死ぬ時はあっさり死んじゃうから。トライが強くなろうと頑張ってくれているけれど、私は私のやり方で危機回避していかなければならない。
その中の一つが、一周目の記憶の整理だ。今の私にとっては未来の出来事と言い換えてもいい。
といっても正直そんなに色々覚えてない。
盗賊事件はたまたまこの町で起こったふわっと私も関わった大事件だったけど、一周目の私はただの孤児で、その後はただの下働き。大きな事件に関わったことなんて、正直そんなにない。
いや、ちょっとならあるし、噂を聞くだけとか、行ったことある場所で別日になにかが起こったらしいとかなら一般人なりにあるんだけど、活かせるほどに裏事情とか知らないし……。
ただ、大雑把な世界情勢と、あとは黎明の標の冒険譚なら知っている。憧れだからね。
それに、私は黎明の標に感謝以外あげられるものがないと思っていたけれど、多少、先のことを示唆してあげることくらいならできるのでは?
ということで、ギルドに借りた紙とペンでガリガリと記憶を書き出して見ている。
「……とりあえずこの後のこととしては……やっぱり話題になったのは大きな裏サーカスの摘発事件かなぁ」
書き出した紙を見て、呟く。
私も摘発現場にいた、珍しく結構内情を分かっている事件だ。といっても、当然ただの偶然なんだけど。
裏サーカス。小規模だと見世物小屋とも呼ばれる。
奴隷や、なんらかの特殊な魔法具で従えたモンスターなどを使って、危険だったり珍しかったりする見せ物を行う団体のことだ。
中でも、その性質上、後ろ暗いことをしている組織が多くて、扱うものによっては国やギルド、魔法使い協会が取り締まりを行っている。
件の裏サーカスは、かなり規模が大きく、あとは確か町自体と癒着していてなかなか摘発ができずにいた、らしい。
その町にはダンジョンがあって、ダンジョンから溢れるモンスターから町を何度も救った英雄がそのサーカスの運営側の一人にいるんだよね。
何を隠そう、彼はのちのちに黎明の標のメンバー入りする魔法使いなんだけれど。
黎明の標は時間をかけて彼を勧誘して……もともと裏サーカスの団長にすごい恩義があったから色々頑張っていた人なんだけど、その恩義も実は嘘だったのを黎明の標が暴いて、彼に裏サーカスへの裏切りを決意させるんだよね。そして仲間へ。なんという人情物語。
ただ、摘発されるキッカケは偶然だった。
その裏サーカスは奴隷による賭け試合を演目の一つにしていた。その中で、その演目に出ていた奴隷の一人が偶然にも制御不可能なほど強力な召喚獣を召喚して、会場全体を食い散らかさせちゃうんだよ。
その裏サーカスは地域密着型だったから、観客には町の人も、外から来た一般客も大勢いた。
召喚獣は、召喚者ごと多くの観客を食って、その被害はとんでもないものとなる。
そこに黎明の標は駆けつけ、全てのモンスターと召喚獣を倒してから、内部と外部から裏サーカスを摘発するのだ。
そして、たまたま私もその回の賭け試合を観に行っていたんだよね……。
私の一周目人生の中で、間違いなく一番のビックリ体験だった。
盗賊事件の時はなんだかんだ死体処理しただけ。暴れるモンスターとか召喚獣とかを間近で見たのは、殺し合いというものを見たのは、このときだけだ。
飛び交う悲鳴と怒号、モンスターの吠え声、武器のぶつかる甲高い金属音。そして消え入りそうな「たすけて、おにいちゃん……」の声。
「…………あれ?」
なんか、まだ曖昧な記憶があるな? なんだっけ?
「……」
うーん、思い出そうとするとなかなか出てこない。
まあいっか。概ね概要はこんな感じだ。
これもこれでしんどい記憶だったから思い出すのが大変なのだ。必要に応じて、何回か繰り返して記憶を整理しよう。
さて、問題なのは。
「うーん、どうしようかな、この事件。私たちだけが無事なのを目指すなら、単純に近づかなければいいんだけど」
黎明の標なら、なんか上手いことやるでしょう。一周目でもそうだった。
ぶっちゃけてしまうと二十年後の全滅以外に、彼らに外野が助けるようなポイントはなさそうなんだよね。なんとかしてきた結果の伝説なので。
まあ私が内情を知らないだけで払っている犠牲はあるのかもしれないけれど……私が知っている逸話は華々しく脚色されているだろうし。
うーん、一度目的を整理しよう。
黎明の標は助けたいけれど、それが一番大事というわけではない。私にとって大事なことは。
「ミュー!」
「わっ、トライ」
考えている最中に、トライが後ろから声をかけてきた。軽やかな動きで近づいてきて、トライはひょいっと私の手元を覗き込む。
「なにを書いているんだ?」
「な、ないしょ」
「内緒かぁ」
トライがむーんと口を尖らせた。
私はそんなトライに笑って、とりあえず簡単に説明する。
「次どうしようって考えてた」
「どこに冒険に行くかということだな」
トライはぱっとゴールドレッドを輝かせた。瞳がキラキラとしている。
──そうだよね、私にとって一番大事なのはトライとの冒険だ。
「俺から言わせてもらうならば、修行ができるところがいいな! エーデのダンジョンとかはちょうど良さそうかつ、憧れだ。あそこから多くの高名な冒険者が生まれている」
「エーデか」
「あそこには魔法使い協会もある。レオのアドバイスにも沿うぞ」
「確かに」
トライの言葉に頷く。
なかなか持っているよね、トライって。
エーデのダンジョンは、トライの言う通りの大きなダンジョンだ。いくつもの階層があって、入り口近くの上層ほどモンスターは弱く、そして深く潜るほど強くなっていく。その塩梅がレベルアップのために理想的なのだ。
よって、エーデのダンジョンを擁するエーデの町は、多くの冒険者を輩出している。
ともなって、エーデの町はそのダンジョンのおかげで町の規模に反して栄えているのだ。冒険者の町とも言われるほど。装備も揃えやすいだろう。
まあその分、町にはダンジョンによって受けた被害も多いけれど。なにせちゃんと管理できないとダンジョンからはモンスターが溢れてくる。
大きなダンジョンのある町というのは独特の文化や空気感が作られるものだけれど、エーデの町もそれは同じ。
その独自性の一つが、エーデの町の場合は裏サーカスなのだ。




