25話 優しい大人
「よ、よし、かけるぞ」
「うん」
ある昼下がり、私とトライは向かい合っていた。
私はベッドの上で残った方の腕を差し出し、トライは魔石をギュッと握っている。まだ包帯の残る腕から包帯を取ってもらうと、そこには赤い火傷痕がある。トライはそれを見てぐっと息を詰めた。
ヨームさんが「まあそこまでできるならミユミニさんにかけるに値するでしょう」と言ったので、トライに残った怪我をヒールで直してもらうのである。
トライがすーはーと息をして、そっと私の手を取った。患部に手を当てて、集中する。
【ヒール】
ふわ、と魔力のほのかな光が灯った。回復魔法をかけられたところがじんわりと暖かい。
しばらくして、腕の火傷痕はすっかり綺麗になくなっていた。
「おー」
「よし、成功だ!」
トライが噛み締めるように眉を力ませて微笑んだ。
トライティンガー・スティーク・ディ・ウィノ・デミリドロトント
レベル12
HP 53/53 MP 71/71 [up!]
自然12/S+ [up!]
補助0/S
防御0/S
回復7/S [up!]
精神0/S
召喚0/S
特殊0/--
使用魔法
(自然魔法 炎系統)ファイヤ、ファイヤーボール、エクスプロージョン
(自然魔法 水系統)ウォーター
(自然魔法 風系統)ウィンド、ウィンドボール、ウィンドブレイド
(回復魔法)ヒール[new!]
最近のトライは成長著しい。ヨームさんに手配してもらってギルド内で続けている回復魔法の練習で、その精度は日増しに良くなった。
ある日、大きな棘が深々と刺さった傷に対して、棘を抜きながらヒールをして綺麗に治してみせたことで、ヨームさんに「魔法書で覚えるのとほぼ同じ程度に精度も上がったとみていいでしょう」と判断されたのだ。
「そして、実はお金もまあまあ貯まっている」
「おお」
トライが示したのは、彼がヒールの練習で貯めてくれたお金。練習とはいえ回復魔法を施す際に料金を得ていたので、それも着実に貯まっていた。
トライがニッと笑う。
「これでガチ野宿暮らしからは脱却だな!」
「ありがとう」
「いやまさかヨームさんにあんなに怒られるとは……」
ね。野宿のことを言ったら、ベンさんには「そ、そこまで」とガタガタ震えられて、ヨームさんにはとても怒られた。
多分、ベンさんはある程度一般的な家庭で育った人で、一方のヨームさんは貧しい生活をしたことがある人だったのだろう。私たちの貧しさの内情の理解が早かった。
ヨームさんには、「事情はわかったし意外と安全マージンは取れているけど……いや調子に乗るんじゃねえです! ダメダメダメ! 攫われてからじゃ遅いんですよ!」と子供の野宿の恐ろしさをこんこんと説教された。
まあこの町もそんなに大きな町ではないとはいえ、人攫いが全くいないわけではないからね。
あるいは、逆に目立ちすぎる場所で寝ると治安悪化を招くとして自警団に目をつけられたりもする。この町では聞かないけれど、孤児や浮浪者が暴力を振られて死んじゃったりすることもあるらしい。
冒険者は確かに金欠で宿が取れない場合もあるけれど、その場合はギルドが提供する場所でテントを張って野宿する。その辺で寝るのとはわけが違う。
だから、せめてテントを買いなさいと言われた。「寝ていい場所で寝るだけでだいぶ違うから」と。
「今度一緒にテントを選びに行ってくれるって。優しいね」
「ああ」
この町には優しい大人が多い。
この前に薬屋のおばあさんの家に行った時も、おばあさんには思いっきり嫌な顔されたんだよね。
私の腕のせいだ。裏返すと、私が腕をなくしたことを心配してくれたのだと思われる。
最後に「治ったらおいで」とだけ言われて扉がバタンと閉められた。
「あれ、もう来るなって意味か……?」
「多分、腕を治すような余裕ができるまでは恩返しとか気にするなって意味だと思うよ」
「そうなのか?」
持って行った薬草も、ものすっごい微妙な顔でかろうじて受け取ってもらったって感じだし。その上、帰り際に薬を押し付けられたんだよね。なんてことだ、いつまでも貰いっぱなし。
「まあ寝る場所もままならない人から施されても困るのは分かるよ。結局生活を安定させるところからだね」
結局はそれだ。
***
ベンさんも、引き続きトライに剣術を教えてくれている。
トライは筋がいいと言われて、実際にメキメキと力をつけつつあるらしい。私からはすごくなめらかな動きをしているな、ということしか分からないけれど。
「実際問題だ、人を守りながらモンスターのいる町の外を歩く、ダンジョンを探索するというのは、ひどくハードだ」
「はい」
ベンさんがこんこんと語るのに、トライが頷く。
例えば、三人で行動しているとする。同じ三人でも、全員が戦闘員なら協力して戦えるところ、一人が護衛対象になるとその一人を守る人と戦う人で手分けすることになる。
ましてや、守りながら戦うなんてベテランでも難しい。
「人を守りながら動くならば、最低限、人手がほしいな」
「……」
「ミュー、大丈夫だ! 時間がかかっても俺が必ず……!」
「ありがとう、トライ」
実際のところ、私が戦えるようになるのが一番早い。レオに才能がないと言われたからなんだ、私が戦う手段を放棄するなんていう理由にはならない、ならないのだが……!
「ただし、足手纏いの者が下手に動くと、本人が死ぬだけならまだしも状況が悪化する場合もある。潔く諦めて守られるに徹することもひとつだ」
「〜〜」
うーん、怖いなぁ。
何が怖いって、ベンさんは子供に優しいけど、同時に実戦のこととなると厳しくしてくれる人でもある。そんな彼が、私をまっすぐ見ながら今の言葉を言ったのだ。
私も、一応子供でも持てる軽いナイフでベンさんに相手をしてもらったことがある。てんでダメだった。
まずナイフが振れていない。自分の手足を切りそうで不安定な振り方だと言われた。あと、走り方が直線的になってしまうし、そもそも足が遅い。ていうか片腕がなくなったからかな、転ぶ回数が格段に増えた。
なにより、振り下ろされる剣にビクッと体が硬直して、避けることすらままならなかった。どうにもこうにも全部ダメ。
「まずは走り込みと隠れる技術だ。素振りすらまだ早い」
「はい……」
私はずーんと落ち込みながら頷いた。もっともすぎる。
うーん、なんでこんなに動けないんだろう……トライもベンさんもシュッシュバッて感じで動くのに。
トライはそんな私をおいて、なにやら考える素振りを見せていた。
「人手か……」
「トライ?」
残念ながら人手の当てなんてありませんよ? 私たちは明日の生活も怪しい無一文です。人を雇う余裕はありません。
そう結局、ダンジョンに行くとか町の外に出るって、武術を習えたり人手を雇えたりすることが前提の、お金持ちのやることなのです。だから一周目の私も滅多にそんなことしなかったんだよ。世知辛いね。
「召喚魔法」
しかし、トライはぽつりと呟いた。




