3話 奴隷オークション
「俺は天才大魔法使い! に、なる男だ!」
よく通る少年の声だった。
見ると、道端で奴隷の叩き売りがされていた。人が集まってちょっとしたオークションのような様相になっている。
その中心、売り物が陳列されたところにその少年はいた。
粗末な奴隷服に重たい首輪、手枷と足枷、髪はパサパサで全体的に汚れている。それなのに、彼は背筋を伸ばして裸足でも堂々と立っていた。
その黄金がかった赤色の瞳には、絶望などない。まるで王様のように周囲を睥睨している。
生意気な目つきが気に入らないのか、周囲からはヤジが飛んでいた。彼はそんなふうに見せ物にされても、不敵に笑むばかり。
私は、そっとステータスを見る魔法を使った。
トライティンガー・スティーク・ディ・ウィノ・デミリドロトント
レベル11
HP 18/48(-30) MP 1/53
自然6/S+
補助0/S
防御0/S
回復0/S
精神0/S
召喚0/S
特殊0/--
(──ほんとだ)
私は目の前に星が飛ぶほどの衝撃を覚えた。
心なしか太陽の光が強く照りつけて、視界が眩しい。その光が、少年の汚れた髪にあたって、もとは綺麗なゴールドレッドだっただろう髪が一瞬煌めいたように見える。
(本当だ、才能が尋常じゃない。特殊以外全部Sなんて、あのサフィリスさまですらなかった)
私はいつのまにか足を止め、そしてふらふらと売り場に近づいてしまう。
こんな才能、たくさんの人のステータスをこっそり見てきたけれど、見たことがない。
──のに、威勢がいい粗末な奴隷として面白がられてる……。
「わははは! 半銀貨一枚なら買ってもいい!」
「半銀貨だとよ! 酒代にもならないじゃねえか!」
「ぎゃははは!」
あんまり身なりの良くない人たちがそんなふうに囃し立てる。値札を見ると、銀貨四枚。さすがに食事代や宿代よりも高い。
「……」
私はそっと手に持つ小さな麻袋を見やる。
今の持ち金、全財産でギリギリ買える。
「……んー……」
え、買う? このままだとあの人、変な人に買われて死んじゃうんじゃ……。
でも、私、買ったら無一文だよ? 自分の生活すら保障できないのに、人を買うの? でも、こんなの、え、どうすれば。
で、でも、あんな才能の塊を見殺しにしちゃうの? ちゃんとした教育を受ければどれだけすごい魔法使いになることか……! いや、でも、私は魔法について教育するどころか魔法が使えないし、それ以前に生活が……! 今日のご飯も食べられなくなるし、寝る場所だって……!
ぐるぐると目まぐるしく同じ考えが頭を巡る。定価の銀貨四枚を出せば即決で買える。でもその値で売れなかったらその場にいる人たちで値段を下げるオークションが始まる。
奴隷商人が聴衆を見回して、ため息をついた。
まずい、妥協して値段を下げようとしている……! 他の人に買われちゃう……!!
「か、買います! 銀貨四枚!」
手を上げる私に、周囲はドッと笑った。
直前まで彼に入札していた、たくさんの奴隷を侍らせた趣味の悪そうな冒険者が、「おっとお嬢ちゃん、あの売り文句信じちゃったのか? 棒でも振らせて肉壁にでもしておけよ」などと趣味の悪い煽りを口にしていたが、私の方は全財産を使い果たしたドキドキでそれどころじゃなかった。
いや、もうちょっと楽しいドキドキを味わいたかったよ、切実に。
奴隷商人が私に目線をやって、私がぎゅっと握りしめる麻袋を見て、まあいいかという顔をした。
「では成約だ」と安い木槌が叩かれた。
***
ちゃんとした奴隷商店だと、奴隷を買った後は魔法の契約を交わしたり手続きが色々とあるのだが、ちゃんとしていないお店だとぽいっと引き渡されたりする。
そして路上で叩き売りなどしていたお店がちゃんとしているかというと、そんなわけがない。
「ほい、銀貨四枚、確かに」
お金を払ったら、そのままジャラッと鎖の持ち手を押し付けられた。それで取引完了。
奴隷商人はサッと次の取引のために私に背を向けた。
私は、買ったばかりの少年とともに少しだけそこに立ち尽くした。
(買ってしまった──)
鎖を持つとずしんと重たく、実感が湧いてくる。
全財産と引き換えに少年奴隷を買ってしまった。子供ならともかく中身大人がやることではない。計画性皆無。
それに、奴隷って危ない買い物でもある。ちゃんと魔法の契約を交わさないと、反逆されて殺されてしまう……という事件があったりする。
雇用と違って利害関係もなければ、信頼関係もないのだ。主人に隙があればそういうこともある。
だから、ちゃんとしたお店では魔法の契約でそういうことができないようにするし、ちゃんとしていないお店で売られている奴隷は使い捨てみたいな扱いが常だ。
私は力もお金もないから、反逆されたらあっという間かも。
チラッと少年を見上げる。
少年は大人しく私の横に立っていた。変わらず姿勢はよく、ピンと背筋を伸ばして二本の足は踵までしっかり地面についている。
全体的に汚れているものの、なんとなく育ちが良さそうなんだよな。姿勢がいいからそう見えるのかな。
「ん?」
「!」
私の視線に気づいて、こちらを見る少年。
私はパッと俯いた。なんでか、緊張する。
少年のゴールドレッドの瞳は力強くて、迫力があった。それがまた生意気だとやっかまれる原因だったのだろう。それなのに彼はスレた様子もなく紳士的だ。
彼はサッと私の前に立って、膝を落として目線を合わせてくれる。鎖がジャラジャラと音を立てた。
「こんにちはレディ。俺を買ったレディは幸運だ、なにせ天才大魔法使いのたまごだ、大成が決定している!」
自信満々の顔をして、少年は語る。けれどその手が微かに震えていることに、私はふと気づいてしまった。
多分、彼は虚勢を張っている。自分の才能が分かったら苦労はない。誰だって、自分の適性が分かって結果が約束されていれば、それに向かって努力できる。
でも、分からないから自分を信じてやってみるしかない。
でも、私は知っている。彼にどれだけ才能があるか、私はきっと彼自身よりもよく知っている。
不安なのはきっと彼も一緒だ。買ってしまったものは仕方がない。覚悟を決めろ、私。
私はすーはーと深呼吸した。
そして、こっくりと頷いた。
「うん」
「まあそう胡散臭がらず俺に任せて……へ?」
「うん、あなたは天才。いつか大魔法使いサフィリスさまをも超える魔法使いになれる」
「へ、え、ま、まあ。俺には当然の評価だな! はは、え、……?」
「うん。私もあなたを買って決心がついた。とりあえず今日は野宿ね」
「へ?」
無一文なんだよね。本気で。