24.7話 トライティンガー
夢を見た。
あまり覚えていないけど、いい夢だった。ミューの手が温かかったことだけを覚えていれば、それでいい。
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俺にとってのミューは、守るべき大切な女の子だ。
大事な主人。俺を助けてくれた人。魔法を教えてくれる人。それなのに年下で小さくて非力な女の子。
何より、俺を庇って片腕を無くしてしまった子。
当然だけれど、片腕がないというのはすごく不便らしい。
ミューがなくしたのは利き腕じゃない方だ。とはいえ不便なものは不便。
生活の要所で──例えば着替えとか、ベッドから降りる時とかで──ミューはない方の腕を使おうとして、服がもちゃ…としたりベッドからずるっと落ちそうになったり、危なっかしいところを見せてくる。
そのわりに、あんまり本人に腕を気にする様子はない。
俺が腕を見て悲しい顔をすると、ミューはどうしていいか分からないような顔をする。普通なら、「お前のせいだ」と責められても、泣き濡れていてもおかしくない。だって腕がなくなるなんて絶対にショックだ。
「ミュー、その、腕、」
「気にしなくていいのに。トライの方が私より私の腕のこと気にしてるよ」
「だって隻腕なんてすごく悲しいし……そ、その、お、お嫁さんの貰い手とか……!」
ミューはキョトンとした。そのあと、「確かにな」みたいな顔をした。
やっぱり片腕がないと結婚ってできないんだ。ヨームさんに聞いた話が蘇る。モヤモヤと嫌な気持ちがする。
「でも大丈夫だよ、四肢欠損くらい回復魔法で治せる」
「それはすごく高位の魔法使いの話だろ」
「トライならなれるよ」
「っ」
ミューってずるい。なんでそんなに無邪気に俺のことを信じるんだろう?
ミューが見た目や年齢よりもずっと大人びた子なのは、俺もさすがに分かっている。多分ミュー本人は根拠があって俺を信じている。未来とか、見えるのだろうか。そんな素振りが見えたり見えなかったり。
同時に、そんなに都合のいいものだけ見えるわけではないんだろうとも思う。
だって、ミューはたまにひどく魘されている。真っ青な顔で、ひどく冷たい汗と急かされた呼吸で、おそるおそると俺を見上げる時がある。そして、俺の顔を見て安心した表情をするのだ。
そういうときだけ、ミューは少し年相応に見える。
この日の夜も、ミューは魘されて夜中に飛び起きていた。
「はあ……はあ……」
「ミュー、夢でも見たのかい?」
声をかけると、ミューはおそるおそると俺を見た。そして、いつも通りに俺の顔を見てドッと安心した表情をする。
俺は起き上がって、ミューの背を撫でた。
「……あんまり覚えてない」
「そうかい? 俺は見た」
「悪夢?」
「いいや? ミューの夢だ」
俺もこの日は珍しく夢を見た。
あまり覚えていないけど、いい夢だった。ミューの手が温かかったことだけを覚えていれば、それでいい。
ただミューを安心させるためにふわふわと夢を追って話してみる。
「ミューが、俺を見ている夢だ。ひどく悲しそうに、辛そうにこちらを見ていたな。俺を見て気分が悪くなるなら見なければいいのに、君は律儀に俺を人扱いして、吊るされていたところからおろして、拾い集めてくれて……あれ、そもそも俺ってなんか結構な状態になっていたような……」
「トライ。いいよ、もう」
「悪夢じゃないんだ、本当だぜ。あんなに丁寧にしてくれるなんて最後の最後で救われた、みたいな気持ちで、天使みたいだって……」
「トライ」
ミューは聞きたくなさそうな顔をした。何かに怯える顔で俺を制止する。
そんなに怖がるような夢じゃないのに。
思い出せば思い出すほど、俺にとってどれだけミューが大事かってことを分からせてくれる夢だ。
ミューは俺が死体になっても思い遣ってくれる。むしろ、今俺が生きているのってミューのおかげなのかもしれない。
夢の中の俺は、ミューに買ってもらえなかったらしい。奴隷になってから魔法なんか一度たりとも使わせてもらえず、棒切れを振り回してモンスター相手に肉壁となり、主人の男や他の奴隷に虐待されていた。
家を出ても、結局どこに行っても同じかって、鬱々としていた。しかも最期まで結局同じだったしな。盗賊に捕まって虐待……というよりも拷問の日々。
目が無くなって、周囲のことはもう分からなくなってからが長かった。
痛いのが辛くて、早く終わって欲しかった。でも、実際に痛いのが終わったら、その先にあるのは途方もない暗闇と孤独だけ。
何も分からなくなって、ずっとずっと長く、そのままひとりぼっちで放置された。
痛いのがなくなったということは、盗賊は討伐された? でも、それからずっと長いこと俺は何もされない。助けが来ることもなく、死体として処理されることもなく、何もできない意識だけがある。
気が狂うかと思った。というか、体を動かして外にアピールする何かを持たないだけで、俺は物言わぬ肉塊の中でずっと気が狂っていた。
その後だ。やっと、温かな手が俺を触ってくれたのは。
言葉にもならないほど救われた。
あの手は俺にとって天使の手だ。
なんでか、夢を見終わった後で、それがミューの手だったこととか、ミューが酷い状況に嘔吐しながらも悲しそうな顔で俺を見上げていたこととか、そんなことが分かった。
そういう夢だったのだ。
まあミューが嫌ならそれ以上話すこともない。
一応騎士の家に生まれた俺は、骨の髄まで「女性には宝物のように丁寧に接すること」という教えが染み付いている。女の子は真綿で包むように、ふわふわに甘やかすべきである。
とりあえず額にキスしておこう。昔、妹を寝かしつけるのにやったことがある。
そのまま妹にしたように明日の話で気を逸らして、ベッドに寝かせて、ぽむぽむと優しく叩いて寝かしつけた。
ミューは大人しくされるがままにころりんと寝転がった。
「トライ」
「うん」
「手、繋ぎたい」
「うん」
言われるがままにミューの残った方の手を握る。
たまたまミューの手がある方に俺がいたから手が繋げたけれど、反対側だったら繋げなかったのかな。触ったミューの手は温かい。夢と同じだ。
「……でも、夢だと手は二つあったのに」
両方の手が、優しく俺の体を触る感触を思い出す。もう体も麻痺して久しい、というか体なんかなかったけれど、丁寧に寄せ集めてくれた手は温かかった。
俺はミューの手が大好きだ。
「ミュー? 寝たか?」
「……」
まもなくすやすやと寝息が聞こえる。
ミューがもう寝たのを確認して、もう魘されていない様子なのも確認する。
それから俺はミューの手の甲にもキスをしてから、また横になった。
俺にとってミューは守るべき女の子だ。
初めて会った時もそう思った。責任を取らなければいけない、俺を買ったことを後悔させてはいけないって思っていた。
でも今は、守りたいともっと強く思っている。
「おやすみ、ミュー」
いつか、できるだけ早く、ミューの腕を治したい。そして二つ揃った手にまた触ってもらいたいなと思いながら、意識が落ちた。
ストックの関係で次の話から不定期更新になります。




