22話 回復魔法と盗賊事件の終わり
トライはその後、驚くべき速度でヒールを習得した。少なくとも自分にかけるだけなら問題なく効果を発揮する。
その習得の早さは、才能というよりもトライの努力の賜物だ。回復魔法を勉強する時のトライは鬼気迫る様子だった。
自惚じゃないけれど、私の無くした腕を意識して今までよりももっと真剣に取り組んでくれたのだと思う。義理堅い人だな。
さて、そうすると次の課題は、他者に回復魔法をかけられるか、ということになってくる。
ヨームさんが取り計らってくれたとおり、トライは早速冒険者ギルドの片隅で『簡単な傷、治します。※回復魔法の修行中です、失敗したらごめんなさい』という看板を掲げて、人相手の練習を始めた。
成功率は今のところ半々という感じ。
「驚いたもんだ。本当に魔法書がなくても覚えられるんだねぇ」
「ヨームさん」
回復魔法の練習をするトライを遠目に見ている私に、ヨームさんが声をかけてくれる。
ちなみに、腕をなくして担ぎ込まれて何日か、私の治療は順調だ。
最初は目も耳もぼやぼやしていたし、全身が火傷していて痛み止めは欠かせなかったけれど、ヨームさんの熱心な治療と栄養のあるご飯のおかげでみるみる回復した。目と耳は最優先で治療されたので黎明の標と会った時には全快だったし、他のところも少しずつ包帯が取れてきた。
多少なら休憩室を出ても良いと言われたので、私はギルド内でトライの様子を見ていたところ、ヨームさんが来てくれたのだ。
多分ヨームさんは私の様子を見にきてくれたのだが、そんなことは言わずに肩をすくめる。
「いや魔法書ってクソバカ高いでしょう。魔法陣なら実質ノーコストで魔法が覚えられるなんてすごいなぁと思う反面で……」
トライの方を見た。
トライの回復魔法は案外盛況だ。安いから、運試し感覚で受けてくれる人が多い。
「あっおいコイツまた失敗したぞ!」
「俺指増えてないよな!?」
「ガハハハハ」
「も、も、申し訳ない! 申し訳ない!」
回復魔法の失敗にガーンと青くなってペコペコするトライ。あの素直な反応もあって、他の冒険者に可愛がられている気がする。
ちなみに、トライは指が増えるような失敗をしたことはない。最初の同意を取る時の注意事項として、そう言うだけだ。ちなみに、その注意事項を作ったのはヨームさんだ。
「……ヒールで指なんて増えないですよね?」
「酷めに脅した方が失敗した時許してもらいやすいでしょ」
ハハハと軽く笑うヨームさん。策士だ。
「魔法書ってよくできてんだとしみじみ思うねぇ」
ヨームさんは私の隣に座ってトライを眺めながら、しみじみと言った。
「要するに、君たちの魔法陣での魔法の覚え方って、尋常じゃなく頭使う上にリスクが大きいんだよ」
「はい」
「こんな魔法陣、まず一定の教養がないと理解できません。というか教養があったとてわりと無理。私もやだ」
「やだ……」
やだかぁ。
でも確かに、トライもいつも苦しみながら勉強してくれるからなぁ。
ヨームさんが続ける。
「あと、魔法書で魔法を覚えれば「失敗」はありえない」
「トライは、結構撃ち損ねとか発動しないとか、あります」
「発動しないのは適性がないってことで魔法書でもままあるが、撃ち損ねはない。ありえない」
ヨームさんが力強く断じた。
そう、私も魔法書を使って覚えた魔法を撃ち損ねたとか、コントロールできなくなったとかは聞いたことがない。
魔法書を使って覚えた魔法は必ず本人の意思通りに発動する。失敗はない。
「考えてもみなさい、君はファイヤーボールで腕が飛んだでしょう? 撃ち損ねって、ヤバいんですよ。魔法の失敗にはそういうリスクがあるわけ」
「……」
「よくできたもんです。魔法を習得する際のリスクをゼロにすることに成功したのが魔法書ってこと。高いわけだ。安全料金です」
なるほど。だから魔法陣で勉強して魔法を覚えるなんて方法は普及していないのだ。というより、とっくに廃れたのかもしれない。
誰だって練習で怪我したり死んだりしたくない。
「次から、そういうリスクも説明した上でやりなさいね」
「……止めないの?」
「うーん、責任が取れないからね。どっちが死にやすいか分からないもので」
ヨームさんが私の頭をポンポンと撫でて笑った。
「冒険に行くんでしょう? この魔法がなかったら死んでた……なんて場面はたくさんある」
「ヨームさんも冒険した?」
「まあまあかね」
この言い方は結構冒険していそうだ。
「でも危ないことなんていくらでもあるから、気をつけなさい」
ふと、この親切にしてくれる人たちは、一周目ではどうだったかと思った。
思い出せない。関わったことがないのかもしれない。一周目の私はついぞ正式な冒険者にはならなかったので。
***
その後、盗賊の首をとって黎明の標が帰還した。
危なげなく魔法を使う盗賊を倒したらしい。
ただ、黎明の標が討伐するまでにやはり犠牲も出ていて、拠点には死体が確認されたそうだ。黎明の標も職員さんたちも、少し落ち込んでいた。
ギルドには犠牲の調査と片付けの依頼が張り出され、……一周目の私はこの依頼を非正規として受けたのだなぁと思った。私の時よりもマシな仕事になっているといいのだけれど。
そんなふうにして、盗賊事件は幕を閉じた。
さて、一周目と違って多くの犠牲を出さずに済んだ盗賊事件、その立役者たちはそんなことなど知らず、トライに絡んでいた。
「え!? え〜〜〜〜! トライくん回復魔法使えたの!?」
「使えたというか、覚えた」
「だよね!? 匂いがちょっと変わっているから!」
「変わっているのか……」
トライから、トライとレオは親戚だと聞かされたあとで改めて見てみると、確かに二人はなんだか似ている。ちょっと気取った口調に気取った仕草、レオが金髪でトライも金色がかった赤い髪。なにより、堂々とした態度とちょっと特別な存在感。
でも、二人で話しているところだけを切り取ると仲の良い男友達みたいでもある。
「なんだかこう……厚み、いや深み? ピヨピヨ卵って感じだった匂いが、少しだけ濃厚になった」
「た、たまご」
「コイツ、人の匂いを料理や食材で喩えるのよ」
卵と言われて微妙な顔をするトライに、コンシーヌが補足をしてくれる。
ちなみに、コンシーヌはコンソメスープだし、バゲリウスさんは香ばしいバゲットの匂いがするらしい。へえ、面白い。
「僕たちが会っていないのって、たったの二日くらいなんだよ。そんな短期間で匂いが変わる人はとても珍しい。その上、こういうふうに変わる人は絶対に見違えるほど強くなる。今までもそうだった」
レオがブツブツとそんなことを言ったあと、「ううう〜〜」と唸った。なにか葛藤しているらしい。
「ミューちゃん!」
「!」
「失礼を承知で、君に交渉したいことがあります」
しかし次の瞬間、他人事だった全てが一気に私に降りかかった。
どうしよう、怖い。
「トライくんを、売ってくれませんか」
怖い。




