21話 回復魔法に挑戦
「じゃあ回復魔法の勉強を始めようか」
「ああ!」
冒険者ギルドの休憩室は、たまに人が入れ替わるけれども今のところほとんど私たちの貸し切りである。怪我人が少ないのはいいことだ。
よって、勉強がしやすい環境だった。頼んだら紙とペンも貸してくれた。ありがたい。
「回復魔法の中で一番簡単なのはヒールだって言われている。実際に、魔法陣も他のに比べたら簡単だからそうなんだと思う」
「ああ、回復魔法使いの新人が最初に練習するのもヒールだよな。騎士の家は魔法使いと仲が悪いとはいえ、回復魔法使いは例外だ。家に出入りしていた」
「へえ」
なかなか現金な話だなぁと思いながら、私はさらさらと大きめの紙にヒールの魔法陣を描いていく。
騎士と魔法使いって、本来相性がいいと思うのに。魔法使いは前衛がいないと魔法が使えない者も多い。逆に騎士はモンスター相手に決定力に欠けることがある。だからこそ組んだら強いと思うんだけど……。
でも仕留めた方が花形となりがちなので、騎士にとって魔法使いが目の敵になるのも分からなくはないんだよね。成果をやたらと掻っ攫われるわけだから。
閑話休題。
「……なあ、ミュー」
「なに?」
「なんで魔法陣、二つ重なっているんだ?」
ふと、私の描く魔法陣を覗き込んで、トライが恐々と聞いてきた。
トライの言うとおり、私は紙に魔法陣をひとつ描いた後で、その上からもうひとつ別の魔法陣をガリガリと書き込んでいる。当然、今までの魔法陣よりも非常に複雑化している。
このあと、二つを分けた魔法陣を別の紙に描く予定だけれど、複雑なことに変わりはない。
そう、それが回復魔法の難しいところだ。
これは補助魔法、回復魔法、精神魔法に共通する特徴なんだけど……自然魔法と違って、この三つは撃ちっぱなしじゃダメ。かける対象は決まっている。
つまり、誰かを補助するために、誰かを回復するために、あるいは誰かに幻惑を見せるために魔法を使う。その「誰か」が重要。
その説明に、トライは口元を引き攣らせた。
「あの、もしかして」
「うん。ご明察」
片方の魔法陣が効果を顕現させる方で、もう片方はかける対象に効果をなじませる方。前者は自然魔法と同じ要領での勉強になるけど、後者は全く性質が異なる。
「魔法をかける相手によって微調整が必要なの。相手が魔力の耐性を持っていたら魔法ってかかりにくかったりするでしょ。魔法書だったらそのへん感覚でいけるんだけど」
「……うう〜ん」
トライはバターン! と元気に倒れた。
***
「も〜、おじさんを無闇に心配させるのやめてね」
トライが倒れた直後、休憩室にはヨームさんが駆け込んできた。どうやら音にビックリして様子を見にきてくれたらしい。優しい人だ。
私たちから事情を聞くと、ヨームさんはまず私たちが紛らわしく騒いでしまったことを怒った。当然だと思う。申し訳ない。
「それにしても、魔法陣ってやつで魔法を覚える、ねぇ。初めて聞いたな」
「ヨームさんはどうやって回復魔法を覚えたんですか?」
「普通に魔法書」
ケロッとそんなふうに教えてくれるヨームさん。
そうだよね。魔法書以外で魔法を覚えるなんて、私も聞いたことがない。トライだからやってみてくれただけで、普通は相手にされない方法だ。
でも、ヨームさんは興味深そうに私たちの話を聞いてくれた。
「へえ、すでに自然魔法のウィンドやウォーターはこの方法で覚えたと。ふぅん。不具合とかなかったの?」
「まともに使えるようになるまで何日もかかりました……」
「確かに、難しいもんね」
頷いて、ヨームさんは私が紙に描いた魔法陣を細目で見つめる。眼鏡のつるをいじくって、ふむふむなんて口ずさみながらその目が紙の上をなぞった。
「試しにミユミニさん、この魔法陣を私にも分かるように説明してみてくれる?」
「はい。そもそもヒールは、対象者の基礎代謝と創傷治癒経路を一時的に強制活性化することで軽度の損傷を自然治癒する魔法です。その際、効果に関する式と、対象者に合わせて効果をなじませる式を同時に、複合的に展開しなければならず……」
「ごめんギブアップで」
「まだ式に入ってませんよ」
「無理」
ヨームさんはヒラヒラと手を振ってハハハと笑う。でも眼鏡の奥の目は笑っていない。その目には強く「無・理」と書いてあった。無理かぁ。
「ちなみにこの方法、私に教えて良かったの? 秘密じゃないの?」
「いいえ。特には。本で読んだだけの知識なので」
「うーん」
ヨームさんがなんとも言えない表情になった。その大きな手が私の頭をポンポンと優しく叩いて、「こういう子が孤児院に埋まっていることに、世知辛さを感じるね」なんて言ってくれる。
ちょっとした照れ臭さと罪悪感。なにせ中身は大人なので。
ヨームさんはそんな私に目を細めてから、ピッと指を立てた。
ヨームさんは多分、本来背が高い人なんだけど、猫背だから長身の印象がないのに対してパーツが長く感じる。指が長いなと思った。
「言っておくけど、覚えたての魔法をミユミニさんで試すのは無し。回復魔法の繊細さ、分かるよね? 回復魔法で人を殺す例もあります」
「は、はい!」
「試すならギルドにやってくる軽傷者に相手してもらって小遣い稼ぎでもしなさい。無償はなし。回復魔法の値崩れは魔法使い教会から厳罰があります。修行中と正直に言って、これくらいの値段でやりなさい」
「あ、ありがとうございます!!」
トライが勢いよくヨームさんにお辞儀をする。
ギルドで練習していいよって言ってもらったのだ。これは素直にありがたい。私もお礼を言った。ヨームさん、すごく頼りになるな!
そんな私たちを、部屋の入り口から見つめる大人が一人。
ランクアップ試験の時にお世話になったベンさんだ。
「ヨームいいなぁ」
「なんですか、ベン」
「俺ももっと力になってあげたいというか」
「こいつ子供好きなので鬱陶しいんですよ」
悲しそうな目をするベンさんに、ヨームさんはペッと唾を吐くような仕草。遠慮のない間柄って感じ。
私は少し考えた。せっかく力になりたいと言ってもらえたなら、なにかお願いしてみたい。だって私たちには色々足りない。
「あの、もしよかったら、トライに剣術を教えてくれませんか」
「えっいいの!?」
パッと目を輝かせるベンさん。
ランクアップ試験の時の様子から分かるけれど、彼は剣で戦う人だ。そして多分、トライも剣ができるようになれる人だと思う。レオがそう言っていた。
「な、なるほど! 剣術の指南を受けた後に自分の傷で回復魔法の練習をすれば全てが解決……!」
「最初はそれでいいけど、回復魔法は誰にでもかけられることが大事だからいろんな人にかける練習は欠かせないよ」
「ぐぅ」
トライは目も口もギュッと閉じて、苦いものを食べたような顔をした。
が、頑張ろうね、トライ。




