19話 才能の匂い
「レオ、匂うの?」
「「えっ」」
コンシーヌさんの潜めた言葉に、私とトライはガーンと衝撃を受けた。
た、確かに、私たち、何日もお風呂入ってないんですよ……薬屋のおばあさんのところにいた時はお湯と布をもらえてて、体は拭けてた。今も、ギルドが水をくれるので水と布で体を拭くようにはしてるんだけど……!!
私とトライはぱっと顔を見合わせる。
「トライ、私、その、臭いする?」
「だ、大丈夫だと思うのだが、なにぶん俺も麻痺しているというか。むしろ俺の方が、く、臭くないか?」
「わああごめんなさい、違います!」
慌てる私たちに、レオさんの方が慌てて両手を振って訂正した。
バゲリウスさんとコンシーヌさんが渋い顔をするも、レオさんは「この子たちなら言っても大丈夫、そういう匂いだ」と言って私たちに向き合ってくれる。
「僕は昔から、人のことが匂いで分かるんです。才能とか、どういう性格とか、今どういう気持ちとか、なんとなくだけど」
「!」
「って言っても信じてもらえないかな。生まれつきで、魔法の先生には特殊魔法の一種だろうと言われていました」
私はヒュッと息を呑み込んだ。
人の才能が、分かる?
私の「ステータスを見る魔法」と似ている。いいや、むしろ私の魔法の上位互換だ。
私には魔法の才能しか分からない。剣の才能や交渉の才能、芸術の才能、きっと才能にも色々ある。私には魔法以外のそういうものは分からない。ましてや人の性格や気持ちなんて。
レオさんは茶目っけたっぷりに「内緒にしてね」とウインクした。
ドキドキした。別の、ちょっと嫌な意味のドキドキだ。
「それで、僕からするとトライさんがすごい才能なんです!」
「!」
私とトライはビクッとした。
トライはおそらく急な名指しに驚いただけ。でも私は、自分の大切なものが見つかって、取られてしまわないかという嫌な怯えを孕んでいた。
そうだよ、トライは天才。私だけが見つけられるなんて烏滸がましい。分かる人には分かるでしょう。
トライはたまたま今までが不幸だっただけなのだ。ちょっと運に恵まれさえすれば、ほら。
「え、俺?」
「そう! 魔法使いでも騎士でもなんでも大成できる! こんなにすごい人は僕が会ってきた中で今まで五人もいなかった! 今まで片鱗はあったでしょう? すぐに魔法を覚えたり、剣を持った時の動きがしっくりきたり」
トライ、剣も才能あるんだね。騎士の家系って言ってたもんね。
私では分からなかったことだ。逆に言うなら、私ではトライの魔法以外の才能を潰す可能性もあるってこと。
体が冷える。無くなった片腕が、今更痛み出す。
ひしひしと伝わってくるよ、レオさん。トライを仲間にしたいんでしょう。今、素晴らしいものを見つけたドキドキで興奮しているでしょう。私と一緒だね。
「え、えっと」
トライは戸惑ったような声を出した。見たくなかったのに、私はチラッと振り返ってトライを見てしまった。
見なければ良かった。トライの瞳は期待していた。認められて嬉しそうだ。
「……」
至極当然のことなんだけど、私とレオさんの両方が「一緒に冒険しましょう」って手を差し出したとするよ? そのときに、どっちの手を取りたい?
すなわち、何も持ってない弱い孤児と、今勢いがある上に将来トップに上り詰めていくことが確定しているクランのリーダー。
うわ、考えたらちょっと泣きそうだ。
トライは照れて頭の後ろを軽く掻きながら、はにかんでいる。
「あ、ありがとう。実はミューにも似たことを言われて買われたんだ。というか、それならミューの方が才能があるのでは」
いや? 私は一周目の記憶があるだけで、見た目よりも中身が大人であるというだけで、他は特に何もないよ。トライは純粋にそう信じてくれているんだね。分かるのだけれど、今は胸が痛い。
肩身が狭くて身じろぎしたところで、ぱちっとレオさんと視線が合った。琥珀の瞳に気圧される。
彼は上品に顎に手を当てて考え込んでいた。
「そう、気になったのはそこなんだ。ちょっと嗅いだことがない種類の匂いがして……」
「え」
え?
レオさんがもっと詳しく匂いを嗅ぎたいのか、そっと私の肩に手を置こうとした。私はビックリしてしまって、こちーんと固まってしまう。
え、え、え??
しかし次の瞬間、トライが伸びてくるレオさんの手を軽めに叩いて払った。同時にコンシーヌさんがレオさんの手を掴んで止める。二人とも、鬼気迫る表情をしていた。
「レオ! いい加減になさい、女の子相手に無礼よ!」
「せめてミューが許可してからにしてくれないか」
「わあごめん!」
ハッとして私とトライに頭を下げるレオさん。
「ご、ごめんね、確かに女性相手に著しく礼儀を欠いた態度だ、申し訳ありません!」
「あ、えっと、はい」
「そして重ねて申し訳ないのだが匂いを嗅がせてもらえませんか!?」
「あんた懲りないわね!?」
「ミュー、嫌なら嫌って言うんだぞ!? 憧れでも! 例え憧れの相手でも!!」
なんか収拾がつかないことになってきた。
コンシーヌさんとトライは見たことないほどギャンギャン騒いでいて、バゲリウスさんが一歩引いてしれっと控えている。そして立ち会いの職員さんが、「早く情報交換してくれないかな」という顔をしていた。ですよね、すみません。でも誰か助けて。
結局、助けてくれたのはギルド職員さんだった。
「時間も押しておりますので」の一声でやっと私たちは本来の目的を思い出すことができた。職員さんありがとう。
「そうだ、僕のことはレオって呼んでくれ! 僕たちもミューちゃんとトライくんって呼んでもいいだろうか?」
「だ、大丈夫です」
「レオ、あんたのせいでファン減ったんじゃないの」
「えっ!? ご、ごめん、ミューちゃん」
「い、いえ、憧れなのは変わりません」
レオは間違いなく私の憧れだ。
ただ、なんか、妙な苦手意識が生えちゃったな……。




