15話 大怪我のあとで
私が一周目の記憶を思い出すのが遅いのには、いくつか理由がある。
と言っても単純な話だ。一周目の十二歳の頃なんて今の私には体感で二十年くらい前の記憶になるってことと、この盗賊事件に関して私は伝聞でしか情報を知らないから。
ショッキングな事件ではあったけど、二十年前の時勢とか事件なんてそんなに詳しく覚えてないじゃん。むしろ死体処理に関わった分だけ私はかなり覚えてる方だと思うよ。
それに、二十年前に何日間か参加しただけの仕事の場所なんてそれこそ曖昧でしょう。どちらかと言うと思い出したくない記憶だし。
ましてやその頃は、特に自分の明日のご飯にも必死だったし。
「退いて! 君かなりまずい、処置します!」
「ベッドに運ぶぞ、布と水!」
それ以上私が何かを喋るより先に、職員さんの一人が私の体を抱え上げた。
そういえば、なんか、眠いような……。じゅくじゅくとした感覚にも慣れてきたというか。
「腕だけじゃない、全身火傷している」
「そもそも栄養状態が悪いと回復魔法は……」
職員さんたちが難しい顔をしているのがぼんやりと見える。トライが、死にそうな顔をして私を見ているのも。
「ミュー! 嫌だ、死なないで!」
「トライくん、君も火傷がある、処置を」
「落ち着いて、大丈夫だから」
なんか、そんな声を聞きながら私は再び気絶した。
***
次に目覚めたら、見知らぬベッドで寝ていた。
「……」
妙に頭がぼや〜っとする。
なんだか眠い。ぼやぼやと周囲の音が聞こえるような、聞こえないような。ちょっと体が怠い。瞼も重たい。
なにより、じわじわと暑い。肌に纏わりつくような暑さだった。肌と布が触れているところが特に。
とりあえず服を脱いで水浴びしたい。せめて服を、と緩慢に手をかけたところで、ピッタリとくっついたその布が包帯だと気が付いた。
「ミュー……!」
ぼやぼやと聞こえる音の中で、唯一鮮明な声が飛び込んでくる。トライの声だ。
緩慢に目を開いてそちらを見ると、暗い中にトライの顔が存外近くにあった。ベッドの横の椅子に座っていたところから身を乗り出して、じっと私の様子を見てくる。
他の景色は全部ぼやぼやとしているのに、ゴールドレッドがやけに鮮明で、涙でうるうるとしているのが分かった。
私はトライに声をかける。それも掠れていて、ちょっとビックリした。
「その深刻な感じ……さては五日くらい生死の境を彷徨ったり」
「いや、一晩も経ってない。盗賊と会ったのが今日の昼前で今は夜」
「なんだ」
確かに、時刻は夜中のようだった。部屋は暗く、トライの傍らには頼りないロウソクの炎が揺れている。
意外と寝ていた時間は短いらしい。
良かった、盗賊に関して報告したいことがあったから、時間が経ちすぎてないことには安心した。私たち以外に被害が出ていないと良いんだけど……。
ただし、言い回しを間違えたらしい。
次の瞬間、トライの目が吊り上がった。すごく怒った顔をしている。そんな顔は初めて見た。
「いや『なんだ』じゃない!」
「!」
「一晩だって十分長い! 死にかけだった! お、俺が、俺がどれだけ心配して……う、うううう」
怒りの表情は長くは続かず、見る見るトライの目が潤んで、涙が溢れた。ほたほたと涙がシーツに落ちる。
静かな部屋の中では涙がシーツを叩く音は強く聞こえて、「涙って重たいよな」となんとも場違いなことを思った。
「ごめん、トライ」
「……おれが、庇えばよかった……ぐす、そうするべきで、……なんで、動けなかったんだって、ずっと、」
「あそこでトライが怪我してたら、二人とも逃げられなくて死んでたよ」
私はトライの言葉に被せて言う。
なにせ、トライなら私を担いで逃げられても、私はトライを担げない。それどころか私の足では一人でだって大人相手に逃げ切れない。追い討ちのファイヤーボールもどうにもできない。
そんなことを考えて庇ったわけじゃないけれど、結果的には数少ない生き残れる選択肢を選び続けられたということだ。多分。
私とトライが生き残れたのはトライのおかげだ。
私は緩慢な動きでベッドの上で上半身を起こす。片腕がなくて、バランスが取れなくて、起き上がるのは案外大変だった。トライがそんな私を慌てて支えて、起き上がらせてくれる。
そして起き上がった私はトライをちゃんと見て、笑った。
「トライ、ありがとう」
「っ」
私の言葉に、ゴールドレッドがうりゅ……と水分を増す。炎の小さな光が瞳に張った涙にひとつふたつと反射して、キラキラと輝いていた。
トライはそのまま、静かに私の服を掴んで、のし、と頭を押し付けてきた。まるで敬虔な信徒が神様の像に祈るような姿勢だ。
さら、と残った方の腕でそのゴールドレッドの髪を撫でる。
よく見るとトライもあちこちに包帯を巻いていて、怪我を治療してもらったんだなと分かった。そういえば、私も誰かに治療をしてもらったのだ。それに、ここはどこだろう? 冒険者ギルド?
そのとき、ギィと扉の開く音がぼやぼやする中に聞こえた。
「あ、よかった。痛み止めも効いているみたいだね」
怠い体をおして緩慢に振り返ると、そこには眼鏡をかけた猫背の男性がいた。
というか、痛み止めがないと危ない状態なのか、私。
彼は「トライくんはずっと眠りもせず君のこと見てたんですよ」なんて言いながら近づいてくる。トライは流石に恥ずかしいのか、私から頭を離した。でも私の服は掴んだまま。
男性はヨームと名乗った。冒険者ギルドに常駐する回復魔法使いなのだという。
「見ての通り、君は回復しきってないです。しばらく安静にね」
「治せないのですか」
「んー」
とつとつと離してくれるヨームさん。落ち着く話し方をする人だ。
「回復魔法っていうのは基本的に、治療相手自身が持つ回復力を促進してあげる魔法でね、体力がない相手には危ないんだ。そもそも体の回復には栄養がたーくさん必要。その体格だと、まともにご飯食べれてないだろう」
「前に比べたら、かなり食べれてるんですけど……」
「そりゃひでぇ。でも言われてみれば、あの孤児院は妙に静かかもね」
確かに、いい孤児院だったとは言えない。まあここまで死なせずに育ててくれたし、悪い孤児院でもなかったけれど。
「体調はどうかな」
「痛くない、です。でも暑くて、」
「全身大火傷だからね」
「目と耳がぼやぼやかも」
「熱で眼球と粘膜がやられかけていた」
「なにそれ怖い」
「あともうひとつ怖い話をするんだけど」
なんだろう。
「治療費について」
「ん゛」
思わず変な声が出た。
そうですね、当然だ。治療にはお金がかかる。そして、私たちにはあまりにも貯蓄がなかった。世知辛い。




