12話 ダンジョンでクズ魔石拾い
「おおー、ダンジョンだ!」
次の日の早朝、私たちは町の近くにある小さなダンジョンへとやってきた。
ダンジョンというのは、ある理由で魔力がひとところに大量にとどまり、他の場所とは桁違いにモンスターが出現するスポットのことだ。
そもそもモンスターは何かが大量の魔力を取り込むことで凶暴化した生き物のこと。とにかく危険で、私のような戦えない人間は運が良ければ一生遭遇しない。というか、遭遇したら死んじゃう。
今回やってきたダンジョンは、町の近くにある小さなダンジョンだ。入り口の洞穴は簡易的な柵に囲まれているが、一応誰でも入れる。出てくるモンスターも、アクアスライムやブラッドスライムなどのスライムだけ。
とはいえ装備がない私たちでは油断できない。
「トライ、ダンジョンでは浅いところでクズ魔石だけ拾うんだからね」
私は、ワクワクと進んでいくトライに後ろから声をかけた。
私みたいな戦うすべのない人間にはスライムだって脅威だ。スライムって水分が魔力を持ったモンスターなので、足は遅いけれどとっても重たいらしい。取りつかれたら、まず勝ち目はない。
だからすぐに逃げられるように入り口でクズ魔石を拾うだけなのだ。終わったら帰り道で薬草を採取して、ギルドで売る予定である。
トライがきょろきょろと洞窟内を見回した。
「意外と落ちていないな」
「安くとはいえ売れるから、拾いたい人は多いんだよ。放っとくのは大物狙いで余計な荷物を持ちたくない冒険者くらいだと思う」
「ミュー、もう少しだけ奥へ行ってみよう」
「え」
トライが近くでいくつか石ころを拾い、軽い足取りで奥の方へ歩を進める。
私は驚いてしまった。指先くらいのほんの小さいクズ魔石なら、地面をもっと探せばいくらかはある。そういうものを拾うつもりだったし、なにより私はモンスターが怖い。
私はトライを制止しようと手を伸ばした。
「浅くともダンジョンにはモンスターが出るんだから、すぐに逃げられるように……」
そのとき、洞窟にぴちゃんっと音が響く。
洞窟の奥に、ぬめるような光沢を放つ大きな水の塊がぽよんと揺れた。
「アクアスライムだ」
「トライ逃げよう、炎の魔法は相性最悪だよ」
というよりも、今のトライには魔法が使えないはずだ。クズ魔石がもうないから。
身構える私に対して、トライはニコッと笑って見せてから駆け出した。トンットンッと岩場を蹴り、手に持った石を投げつける。
でもスライムに打撃による攻撃はほとんど効かないはず、とハラハラしていると、スライムの石が当たった箇所がシュパッと切れた。
「え」
「割れて鋭そうな石を拾っておいたんだ。投げ方にコツはいるが、スライムは比較的楽に狩れる」
トライは言いながら、どんどん石を投げていく。スライムが反撃しようとしても、動きが遅いし、トライは常に一定の距離をとっているから届かない。
そうして何個目かの石を投げた時、アクアスライムはバシャンっと水に戻ってしまった。
ころん、とモンスターの核になっていた魔石が転がり落ちる。
私は呆然とトライを見た。トライはランクアップ試験の時のように「やったぞ!」と手を広げた。ぱむ、と間抜けに手のひらを合わせて、それから私は脱力する。
ひ、ヒヤヒヤした……。
「もう、バカ」
「スライムは先に見つけさえすれば倒しやすいモンスターだぞ。何度も倒したことがあるから大丈夫」
「……確かに、モンスターのことはトライの方が詳しいのか」
少なくとも、あんまり町から離れたことがない私よりも。
だって、実際に冒険者としてモンスターと戦った経験があるのだから。
トライ曰く、逆にスライムは先手を取られたら危ないのだとか。まあこれはどのモンスターにも当てはまるが。
こういう洞窟のダンジョンの場合、特に天井と床に注意しなければならないらしい。天井からスライムが落ちてきてそのまま窒息死する場合や、ぬかるんだ場所にスライムがいて取りつかれる場合があるそうだ。怖い。
「移動時にあまり音がしないから、こういう場所だとランプなんかで常に明かりをともして、その反射があるかないかで探すのが定石だな」
「おお」
「ちょうど魔石も手に入ったし、ファイヤを出しておこう」
トライはなんでもないようにアクアスライムの水たまりから魔石を拾って、ファイヤを使う。ふわりと赤い光が洞窟の黒い岩肌を照らした。
「……」
私は魔石が手に入るなんて思っていなかった。
魔石とクズ魔石は、同じものではあるけれど魔力を蓄えられる量が違う。クズ魔石では強い魔法に耐えられないしすぐに割れてしまうところ、魔石なら強い魔法をたくさん使えるのだ。
つまり、魔法の練習し放題!
さらに強い呪文をトライに教えることができる。
どうしよう……教えたい呪文なんて、すっごく色々ある!
「あ、でも魔石はクズ魔石よりも結構高く売れるよな。売って生活費に……」
「んー、今のトライだと、水系統のモンスターに弱いから、潰しが効くように自然魔法の別の系統の呪文がいいかもね。風系統や樹系統、雷系統がオススメで、」
「……売る発想がなさそうだな」
トライが何か言っているようなので顔を上げると、彼は「なんでもない」とイタズラっぽく笑った。
「新しい呪文か?」
「うん。トライも風系統がやりたいって言っていたし、じゃあ今日からウィンドの魔法をやろうか」
「ああ!」
それができたらウィンドボールかな。ウィンドブレイドも教えたいな。うーん夢が広がる。
こんなことが考えられるのはトライのおかげだ。
私はモンスターが倒せることも、町の外のことも全然知らない。
「トライ、すごいね!」
私が笑うと、トライは少し驚いた後でニッと笑い返した。
***
「……v = √(2ΔP / ρ)……MP = α×えっと……? すまない、ここの術式をもう一回……」
あの後は、予定通りに薬草を採取してギルドに納品しに行った。薬草は銅貨何枚かに変わり、私はホクホクだ。貯めればいつかはふかふかのベッドで眠れるかもしれない。
そして野宿する場所へ移動し、地面に魔法陣を描いて、トライに呪文を教えているところだ。
「ちなみに、こういう基礎の魔法が覚えられたら、その系統の攻撃魔法は少し簡単になると思うよ」
「そうなのか……?」
「こっちがウィンドボールで、こっちがウィンドブレイドの魔法陣」
ガリガリと木の棒で地面に魔法陣を描く。地面は描くのも消すのも手軽で勉強にピッタリだ。明るい時しか使えないけど。
私の描いた大きな魔法陣を、トライが覗き込む。
「ん? 似てる?」
「そう。似てるの。途中まではやっていることが同じだから。風を生み出すためにはその空間内の熱、気圧を把握して圧力勾配を作ることから始まるんだけど……」
「待ってくれ、そこまだ理解できてない」
「ウィンドボールもウィンドブレイドも、ウィンドの魔法と同じで、何もないところから風を発生させるところから始まるよって」
つまり、ウィンドを覚えたら他の風系統の魔法はその応用だということだ。
まあ覚えるまでが大変だと思うけれど。
「ふ、ふふ、楽しくなってきたな……」
トライは今日も目をぐるぐるさせながら元気そうだった。




