10話 一周目の記憶②
残酷な描写があります。
「レディは、俺のどこを見て魔法の才能があるだなんて思ったんだい?」
トライが真剣な顔で言った。私は誤魔化すことができず、かといって本当のことも言えず、逡巡した。
ステータスを見る魔法は私が魔法陣として書き起こしたものを、サフィリスさまが私の魂に焼き付けて、使えるようにしてもらったものだ。ましてや今は二周目、私以外は存在も知らない。サフィリスさまもだ。
「うまく言えない。でも、一目で分かる」
「ふふ」
トライは私の曖昧な答えにふわふわと笑った。家族に見せるような柔らかくて気の抜けた笑顔だった。
「俺は最初、君のことを世間知らずの女の子だと思ったんだ。でも一緒に過ごしたら案外そんなこともなくて」
「そっか」
「俺はな、一応騎士の家の生まれだが妾の子というやつでな。母親が魔法使いで魔法を教えてもらって。でも俺自身は全然大したことがないんだ」
トライの口調は軽い。ただ事実を喋っているだけ、というふうだ。
「母と父の血を継いでいるから才能はあるはずだって、それだけで……母親と君だけだ。俺のことを天才だと言ってくれたのは」
「お母さん以外見る目なかったんだね」
私の言葉に、トライは今度は「あっはっは」と大きく口を開けて笑う。そうしていると年頃の少年のようだった。前髪がぱらりと額にかかるのが、少しトライを幼く見せる。
「君のおかげで、俺は今、魔法使いなんだ」
とっておきの秘密を打ち明けるみたいに、トライが声をひそめて教えてくれた。
「だから俺は君のための魔法使いのつもりで……レディは嫌かい?」
「ううん。嬉しい」
私は咄嗟に前のめりにそう言う。ちょっとでも躊躇って答えたらいけないところだと思ったから。
トライはくすぐったそうに、嬉しそうに目を細めて笑った。濃いゴールドレッドがキラキラと宝石みたいに輝いて見えた。
「……」
もう少し、一周目のことを思い出してみよう。トライが一周目でどうだったか。もしも一周目でトライが酷い死に方をしているなら、私はそれを回避したい。
「トライ、手」
「繋ぎたいのかい?」
「うん」
差し出されたトライの手をぎゅっと握って、私はじっと集中する。血の通った温かさ。私よりもとても大きくてゴツゴツしている。安心する。
ぺとりとほっぺに当てて、さて、一周目のことに思いを馳せる。
多分、盗賊の事件で何かがあったはずだ。
あれは私が孤児院を追い出されて行くあてもなくて、おっかなびっくりと非正規の冒険者を始めたてくらいの頃だ。薬草の知識もなく、私は冒険者に言われるままに雑用をしていた。
「……盗賊は怖いよ。彼らの首には賞金がかかっているから、同じ人間とは思えないくらい躊躇なく殺しに来る。……怖いものだよ。関わりたくない」
まあ、それは盗賊を殺す方も同じなのだけれど。だから余計に怖い。
「なるほど。すまない。過去に冒険者をやっていた記憶では、稼ぎやすい依頼だったから……舐めていたかもしれない」
「今のトライには冒険者だった頃の装備も杖もない。その上、あの盗賊は確か、炎の自然魔法が得意で……すごく多くの冒険者を殺したし、捕まえた捕虜を炎で拷問するんだ」
「詳しいな。そんな情報あったか?」
「ん、なんか、そんな気がして」
……思い出してきた。
この盗賊の事件では、多くの犠牲がでた。そう、一周目でトライを買った冒険者も、奴隷を多く買って肉盾にする趣味の悪い冒険者だったけど……確か、盗賊の根城で殺されていたんだよな。
……思い出した、ああ、思い出した。
トライの死体がそこにあった。
全部が焼け爛れて、ひどい死体だった。一周目では非正規の時にまあまあの死体を見たけれど、中でも五本の指には入りそうな……その後数ヶ月はお肉が食べられなかった。
トライを買った冒険者と盗賊が戦って、おそらくトライは主人を逃すための囮になったのだ。けれどろくに戦えずに捕まって、遊びのように拷問にかけられていたのだろうと、一緒に片づけに参加したベテランの冒険者が教えてくれた。
ベテランさんが死体を軽く検分して、「こりゃあ私たちが来る直前まで息があったかもしれねぇなぁ。下手に魔力があるせいで。何日苦しんだんだか」などと語る声がよみがえる。
なんか、ちょっと、吐きそうだ。
「レディ、大丈夫か!?」
「……うん、平気」
トライが私の背を撫でてくれる。その大きな手に少し安心する。この手だって、一周目では原型も分からないくらいだった。
私はふうと息を吐く。
「やっぱり盗賊はやめておこう。トライが捕まって、鎖で吊るされて炎の魔法のマトにされたり目を抉って焼いて止血されたり、口に熱した鉄をつっこまれたり、反応がなくなってきたら手足の先からほんの少しずつ切り飛ばされて、胴体だけ残るけど人が助けに来る前に首が重さに耐えられなくて千切れて頭だけになっちゃうよ」
「や、やけに具体的」
「昔、死体を片付けたことがあって、それを思い出してた」
私がへらっと笑うと、トライは黙った。
しまった、一周目の記憶で喋りすぎたかもしれない。誰だって自分がぐちゃぐちゃになって死ぬとか言われたくない。不快な気分にさせたかも。
トライをそっと見上げると、同時に私の両肩が力強く掴まれた。
「俺が君を幸せにするからな!」
「……ん!?」
ん??
トライが続ける。
「君、本当にひどい幼少期を送っているだろう! 今までも片鱗は見えていたが……さすがにひどい! 報われるべきだ! 君は俺が守るし、強くなって稼いで幸せにするから!」
「え、あ、ありがとう……」
総合的に見れば、そんなに言うほど酷い目には遭っていないと思う。非正規の頃は色々あったし、孤児というだけで生活は苦しかったけれど、その後旦那様に拾っていただけたし。
ただ、否定する言葉も浮かばなくて、私はこっくりと頷いた。トライが満足そうに笑う。
「そうと決まったら今日の野宿の準備だな! レディ、またクズ魔石が手に入ったら、新しい魔法を教えてほしい。おばあさんにもらって残しておいたものは、試験で使ってしまっただろう。俺はもっともっと強くなりたいんだ」
「うん。じゃあ野宿の場所とご飯の目処が立ったら、クズ魔石を拾いに、近くの小さなダンジョンに行く?」
「そんなものがあるのか! 行きたい!」
パッと笑顔になるトライ。
「あと、その、そろそろ君の名前を知りたいんだが」
「あれ? 教えてなかったっけ?」
「聞いてない」
トライが拗ねたように頬を膨らませた。
そ、そっか。ごめん。
「ミユミニ」
私は短く名乗った。ミユミニ。そういえばしばらく誰にも呼ばれていなかったな。おばあさんとも、名前を名乗りあったりしていなかったしね。
「ミューでいいよ」
「ではミュー。俺は、本当の名前はトライティンガーというんだ。でも今まで通りトライで」
「うん」
私たちはそうして笑い合った。




