9話 一周目の記憶①
残酷な描写があります。
トライが無事にランクアップ試験を合格して鉄ランクになった。首にかかるプレートタグも早々と木から鉄に変わり、トライは少し誇らしげだ。
「でもファイヤーボールのゴリ押しはダメだと思う。対策されちゃうよ」
「う」
「はっはっは、お嬢ちゃんが俺の言いたいことを言ってくれたな」
私とトライで反省会をしていると、ベンさんが近づいてくる。朗らかに笑って、彼はトライを見下ろした。
「まずはおめでとう、トライくん。それだけ動けるなら鉄ランクでいいだろう。接敵しながら魔法が使えるというのも魅力的だ。ビギナーでそれならどこも欲しがる逸材だ」
トライが「ありがとうございます」と頭を下げる。
「ただ、注意しなさい。護衛の依頼を受けられるのは銀ランクからだ。この意味が分かるかい?」
「……今の俺は、レディを連れて行動できる実力じゃないということですね」
「その通り」
その話は、私にも苦味を与える話だった。私がトライの足を引っ張っているのだ。
「一緒にモンスター討伐などに行ってお嬢ちゃんが死んだら、どんな噂が立つかな」
「っ」
トライがぐっと口を噤む。
想像に難くない。「奴隷から解放されたいばかりに、不幸な事故を装った」などと口さがないことを言われるだろう。トライがわざと私を殺したと周囲に思われる。
私は首を振った。今考えても仕方ない。
「トライ。どうせいきなり実戦は無理。まずは今日のご飯と寝る場所」
「あ、ああ、レディ」
私はトライの腕を引いて、ベンさんにお礼を言った。
私たちが去った後で、ベンさんがため息をついて薄いヒゲを撫でていたのを、私たちは知らない。
「好感が持てる子たちだが、心配だなぁ」
「出たよ、ベンさんの子供好き」
「だって、娘があれくらいの歳なんだ……」
「あの女の子は孤児ですね。孤児院を出て一攫千金狙い?」
「当たりの奴隷を買ったみたいですけど、生き残れますかねぇ」
「トライくん、普通に冒険者をしていたら将来有望だったでしょうに」
横にいた受付の職員や、それとなく見守っていた職員たちも心配顔。奴隷の冒険者登録、しかもその主人は年端もいかない子供であることに、職員たちは多少気を揉んでいたのだ。
「うう、心配だ、最近盗賊が出たり、ビギナーを奴隷に落とす事件があったり物騒だし……せめてご飯を奢らせてほしい……」
「やめてくださいベンさん! ギルドが特定の冒険者を贔屓しているなんて噂になったらどうするんですか!」
「そうです! せいぜい安い食堂や宿を紹介するくらいです!」
「はぁい……」
冒険者ギルドは、本日も多くの人にその門戸を開いている。
***
「今日はガチ野宿だよ」
「ガチ野宿」
一方で、私とトライはギルドを出て向かい合った。
マジメ腐った私に対して、トライは「なんだか分からないが重大そうだ」という真面目な表情で私を見ている。
「本気でお金がないからね、食堂や宿は使えない」
「……」
ここまでの貧乏は初めてだという顔をするトライ。
君、多分もともとはいいところのお坊ちゃんでしょ。そうじゃないと魔法なんか習得できないはずだ。動きもなんというか……整っているんだよね。ランクアップ試験のときの動きを察するに、何か武術も修めていたのかもしれない。
「野宿は何より場所選びが大事」
「場所選び」
「野宿で怖いのってなんだと思う?」
「……モンスター?」
「一番は気温と天気かな」
「……」
特に寒い雨の日に屋根がない場所で寝るのは死んじゃう。あっという間に体温が下がって体調を崩してしまう。
ちなみに、これは野宿から得た知見じゃなくて、孤児院の折檻での知見だ。一番楽なお仕置きって多分外に放り出すことなんだろうな。
「次に虫」
「……」
「その次くらいに人がランクインするよ」
「か、過酷だな」
とはいえ、私に経験があるのは町近くでの話だ。私はモンスターが出るような離れたところまで行ったことがないから、そういう場所だとまた気をつけることも変わってくるだろう。
そんな話をしていたところで、冒険者の声が追いかけてきた。野太い男性の声だ。
「おい、そこの鉄ランク!」
「見てたぜ、やるじゃねえか!」
軽鎧をつけた冒険者が数人、トライに対してにこやかに話しかけてくる。
確か、トライのランクアップ試験の時に訓練場にいた人たちだと思う。見た感じ、剣士や戦士だけのパーティだ。
彼らはひとしきりトライを褒め、そして私をチラッと見て、口を開く。
「なあ、盗賊退治に一枚噛まねえか?」
その言葉に、私はギクリと身を震わせた。
朧げに、一周目のことを思い出した。
盗賊関連の騒ぎは一周目もあった。この時期に。私は盗賊退治が終わった後の盗賊の拠点の片付けで雇われて……酷い有様だった。奴隷が何人も惨たらしく殺されていて……。
……あ、れ?
頭をよぎる。暗い洞窟と、焦げた肉の匂い。
その中に、汚れて焦げ付いたゴールドレッドの髪があったような。ぱっと口元に手を当てた。
トライを見上げる。ふと、鎖に吊るされた頭部と、岩壁にこびりついた肉片がトライに重なって見えた。
顔を覗き込んで、ドキリとする。その目玉は抉り取られていて、熱した鉄の棒でも突っ込んだのか唇も口内も爛れて腐っている。生きていた時の見る影もない、無惨な姿。
ふうふうと、知らず息が乱れていたのを呑み込んだ。
(そういえば、トライに似た子の死体を処理した、記憶が、あった気が、する……。あまり思い出せない……)
思い出したくない。
私はくいとトライの服の裾を引いた。トライも私の様子がおかしいのに気付いていたのか、すぐに心配げなゴールドレッドと目が合う。
「……トライ、やめておこう」
「ガキには刺激が強かったか」
「うん、ごめんなさい」
少し馬鹿にしたように言う冒険者に、私はへらっと頭を下げた。冒険者たちがトライに笑いかける。
「残念だなぁ。奴隷じゃなかったらパーティに誘ったところだぜ」
「高く買っていただいて感謝する。でも、子供だからと蔑ろにしないでほしい。今の俺があるのはこの子のおかげです」
トライがとん、と私の背を叩いてそう言った。そして、私の手を引いて歩き始める。
しばらく歩いたところで、トライが膝をついて私の額に手を当てた。
「レディ、顔色が悪い」
「……なんでも、ない」
「なんでもなくはないだろう! 俺は奴隷だから話しにくいかもしれないが……その、できれば、頼られたい」
切実な声に、私は思わず顔を上げてトライを見る。その頬はほんのり赤く、眉が照れを隠すように波打っている。
「烏滸がましいかもしれないが、俺は君の兄であり友人であるつもりだ。もちろんそれ以前に忠実な奴隷であり、──君のための魔法使いだ」
「へ、と、」
私は変な声を出して、思わず逃げるように視線をうろつかせた。
なんでだろう、私も少しだけほっぺが熱い。
「そんなふうに思ってくれていたんだ……」




