「心拍数と“特別”の定義」
昼休み、理科室に張り出されたプリント。
「来週の実験課題:心拍数の変化を記録しよう」
それを見た澪がふとつぶやく。
「……心拍数って、“好き”の証拠になるのかな」
「生理的な反応と、感情って、どう区別するんだろうな」
「青羽くん、前も言ってたよね。“心が反応する瞬間が、好きってことじゃない”って」
「……じゃあ、澪は今、“反応してる”?」
その問いに、彼女は静かに笑った。
「その確認を、また“実験”してみようかって、思ってたとこ」
――けれど、二人のやりとりを、遠くから見ていた目があった。
誰よりも優しくて、誰よりも“澪を理解している”と思っている男。
陸上部キャプテン、三条 陸。澪の幼なじみであり、元・告白相手。
「……あいつ、また澪に変なこと言ってんのか?」
軽口をたたきながらも、心の奥ではずっと引っかかっていた。
午後。実験はペアで行う。
まさかの展開だった。
「じゃ、次は三条と澪、ペアなー」
クラス中の数人がひそひそとささやく。
(あの二人って、昔……)
陸は笑っていた。いつものように、明るく。
でも澪は、ほんの一瞬だけ表情を強張らせた。
心拍数のセンサーを指につけながら、澪は小さくつぶやく。
「……ねぇ、三条くん。私、あの時、ちゃんと“好き”じゃなかったんだよ」
「……うん、知ってた」
「知ってたのに、なんで受け止めてくれたの?」
「澪が“わからない”って言うの、俺は信じたから。
でも、わからないまま誰かと一緒にいるくらいなら、
俺は……“わかってもらえるように”って思ってたんだよ」
一方、青羽は別の女子と実験ペアになっていた。
その女子の名前は、望月 燈。
理屈っぽいけど明るくて、誰よりも他人の空気に敏感。
そんな彼女は、青羽の観察眼に気づいていた。
「青羽くんって、さ。人の感情に共感できないわけじゃなくて……
“名前をつける”のが苦手なんだよね?」
「……?」
「澪ちゃんのこと、見ててわかるもん。青羽くん、あの子のことだけ“わかられたがってる”」
その言葉に、青羽は小さくまばたきをした。
その日の帰り道。
三条が、澪に向かって言った。
「澪、俺、今でも“好き”ってどういうことか、全部はわかんない。
でも、昔と今で一番違うのは、俺――“嫉妬”してる。あの青羽に」
澪は、その言葉に何も返せなかった。
心拍数の実験中、彼女の数値は確かに上がっていた。
けれど――それは、誰といた時だったのか。