「たとえば、君が僕に告白したら」
放課後の教室。誰もいないその空間で、澪は窓際に座っていた。
逆光に照らされたその輪郭は、まるで夢の中にだけ存在する人のように見えた。
「さっきは、ありがとう」
僕は彼女の隣に立ちながら、言った。
「なんで?」
「似てるって、言ってくれたから。……嬉しかったんだ」
彼女は、手に持っていた本のページを閉じた。
そして、何の前触れもなくこう言った。
「たとえば、私が君に告白したら──どうする?」
一瞬、時が止まった気がした。
「……それも、実験のひとつにしていい?」
そう答えようとして、言葉が喉に詰まった。
なぜか、口が動かなかった。
今までだったら、そう言えていたはずだ。
「ありがとう、でもごめん」とか、「試しに付き合ってみようか」とか。
合理的に。淡々と。いつも通りに。
でも今は、そうじゃなかった。
もし、澪が僕に本当に告白したら──
それを“実験”で受け取ることが、なぜかとても、もったいないような気がした。
「……わからない」
僕はようやくのことで、そう答えた。
「わからない、か。いいね、それ」
「いいの?」
「うん。なんか、“ちゃんと考えた”って感じがするから」
澪はふわりと笑った。
たぶん、僕はその笑顔を見て、心がちょっと動いた。
それが“好き”なのか、“興味”なのか、ただの共鳴なのかは、まだ分からない。
でも、たしかに今の僕には、それが“違う”ものに思えた。
彼女となら、もう少しだけ、“わからない”ままでいてもいい気がした。