「君が泣く理由に、僕がなれたなら」
文化祭が終わり、季節は冬へと向かい始めた。
中庭の紅葉がすっかり落ちたある日、澪は誰にも告げずに学校を休んだ。
理由は、分かっていた。
数日前、クラスで突然話題になった「澪が青羽と付き合っている」という噂。
中立だった女子グループの一人が、澪に問い詰めるような口調で言った。
「あんたさ、“感情がわからない”って言ってたのに、付き合うってどういうこと?
わからないくせに“いいとこ取り”じゃん」
その言葉に、澪は何も言い返せなかった。
彼女の“無表情”は、また冷たいと誤解され、
無意識に「普通」の中で、誰かの嫉妬を刺激してしまった。
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その日の夕方、青羽は澪の家を訪れる。
玄関先で出てきたのは澪の母、律子。
「澪、部屋から出てこないの。ごめんなさい……」
青羽は、黙って頭を下げ、差し入れの温かいココアと小さなメモを渡す。
“俺もよくわからない。でも、わからないって思いながら、君に会いたいと思ってる。”
“それが“好き”かどうか、また一緒に探そう。”
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翌日、澪は登校してきた。
だが、いつもの無表情はどこか硬く、目元には隠せない疲れがあった。
昼休み、屋上。風の中、澪がぽつりと呟く。
「私、ね。怒られたり、責められたりするの、平気だったの。
でも、“感情がない”って言われるのは、刺さるんだよ……。
本当は、ずっと傷ついてるから」
青羽は、迷いながら、でも真っ直ぐな声で言う。
「俺も、昔、兄貴が事故で死んだとき、泣けなかった。
家族みんな泣いてて、俺だけ“無反応”だった。
あのとき、“感情がない子”だって、親戚に言われた」
静まり返る空気。
「でも、今は思うんだ。
あのとき泣けなかったのは、悲しみ方が“わからなかった”だけで、
それでも俺は確かに、兄貴を……大事に思ってた」
澪の目に、初めて光る涙があった。
「ねえ、青羽。
好きって、“どうでもいい人には伝えなくていい気持ち”だよね。
でも、どうしても伝えたくなっちゃう気持ちでもあるよね」
「だから、泣けるようになったのかな、私」
青羽は、澪の手をそっと握る。
「俺は……君が泣けた理由になりたかった。
君の“わからない”を、“わかろうとしてくれる誰か”になりたかった」
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風が止まる。
ふたりの間の距離が、少しだけ縮まる。
澪は微笑む。ほんのわずか、でも確かに。
「“好き”って、これかもって、少し思った。青羽がいたから」