「忘れられない夜に、君がいた」
文化祭の夜。
ライトアップされた中庭、浮かぶ紙灯篭の光のなかで、青羽は一人立っていた。
そこへ澪が来る。
「……来てくれると思った」
「文化祭だもん。夜の校舎に入れるなんて、たぶん人生で一度きりだから」
微笑む澪。だが、その顔はどこか陰っている。
彼女の心には、三条の告白がまだ残っていた。
「私ね、“好き”って言われると、息がつまる。
だって、その言葉の“温度”に、自分の感情が届かないから」
「……怖い?」
「怖い。
“好き”って、期待されてる気がするんだよね。
私はその期待に応えられるような人間じゃないのに」
青羽はゆっくりと首を振る。
「俺も、最初は“好きって何?”って思ってた。
誰かに合わせて付き合って、失敗して、“感情”って嘘なんじゃないかって思ってた」
「でも……」
「でも、君のことになると、意味がわかんなくなる。
君が笑うと、俺の一日が意味を持つようになる。
君が困ってると、他の何も見えなくなる」
風が吹く。灯篭の灯が揺れる。
「それって、
“好き”って呼ばないと、もったいないじゃん」
澪の目に、なにかが宿る。
初めて、自分の内側から湧いてきた“正体のない衝動”。
「……ずるいよ、青羽は。
そんなふうに言われたら、私、もう“わからない”だけじゃいられないじゃん……」
彼女は震える指で、青羽の制服の袖をつかんだ。
「でも、今はそれが……
ちょっとだけ、うれしいって思ってる。多分。少しだけ、ね」
灯篭の光に照らされたふたり。
言葉にしない“情”が、静かに交わる瞬間だった。