好きって、なんだ?
「付き合うって、どういう意味なんだろうな」
昼休み、屋上でサンドイッチをかじりながら、僕はつぶやいた。
「宮沢、誰かに告られた?」
隣で体育座りしていた柚季が、ニヤついた目を向けてきた。
「うん。昨日、1年の子に。ほとんど話したこともないんだけど」
「で? どうするの? 断る?」
「付き合ってみようかな、と思ってる」
「……え?」
柚季の口が、サンドイッチを落としそうなくらい開いた。
「いや、待って。お前って今までずっと、誰かを好きになったことないって――」
「だからこそ、やってみようと思った」
誰かを“好き”になるとはどういうことなのか、
なぜみんなは当たり前のように恋に落ちるのか。
僕はずっとそれを、理解しないまま生きてきた。
「……付き合ってみて、何か変わるかもしれないって、思ったんだ」
まるで、観察日記をつけるかのような実験だった。
でもその“観察”は、思いがけない方向に僕を導くことになる。
⸻
その日から始まった「仮の恋人関係」は、正直ぎこちなかった。
放課後に待ち合わせて、映画を見て、LINEを毎日交わす。
彼女は優しく、まっすぐで、一生懸命だった。
でも僕の心は、どこか遠くでそのすべてを眺めていた。
「宮沢くんは、私のこと……どう思ってる?」
そう聞かれたとき、僕は答えられなかった。
「ごめん。ちゃんと“好き”って思えなくて」
その言葉が彼女を傷つけたことも、わかっていた。
僕は、自分の心が壊れているのかもしれないと、本気で思い始めていた。
⸻
「ふーん。興味深いね、それ」
廊下の窓際で、読書をしていた白石澪は、僕の話を聞いても眉一つ動かさなかった。
「好きかどうか分からないのに、試してみたんだ。えらいじゃん」
「褒めてるの?」
「ううん、皮肉でもなく、ただ……似てるなって思っただけ」
「……似てる?」
「うん。私も、好きって感情が、ずっと分からないの」
彼女の声は風のように静かで、だけどまっすぐだった。
「でもさ。分からないまま試してみるのって、勇気いるよね。私はそれすらできなかった」
僕はその瞬間、息を呑んだ。
誰にも分かってもらえなかった“分からなさ”を、
この人は、たったひと言で肯定してくれた。
心が、すこしだけ揺れた。
これが、もしかしたら――いや、まだ分からないけれど。
でも確かに、今までとは違う“何か”だった。