002 学園
がたんことんと揺られてろくに座れない満員の電車をベッドタウンから乗り継いで、柱についた映像広告が一斉に画面を変えていくやたらハイテクな駅の通路を歩いて通り抜けると、目が眩む用な巨大な液晶の中にそこかしこで目にする女性歌手が歌う姿が映っているのを半開きの口で見上げる。
首が痛くなるような灰色の高層ビルが立ち並び、空中には自動制御のドローン型の広告が音をかき鳴らしながら浮かぶ。辺りを見渡せばビラ配りにティッシュ配り、看板を持って呼び込みをかける仕事服の女性に、スマートフォンを耳に付けたまま喜怒哀楽|の会話に意識を取られたスーツ姿のサラリーマンがそこらを通っていく。
朝から活気に満ちた東京ど真ん中、溢れる人の往来の中を流れに身を任せるように、押しつぶされそうに。もみくちゃになりながら駅から正面へ歩いていくと、見た目はレンガ造りの横に広い、校門とは名ばかりの自動改札機が並ぶ異質な出入り口が見えてくる。
早足に次々と入っていく制服を着た生徒たちに追い越されながら、ポケットに突っ込んだ手でスマホを掴むと、カバーに入った学生証をタッチして、毎度の事ながら内心少しドキドキしながら開いてくれたゲートを通り抜けていく。
その先にある光景は誰かの趣味で出来た遊園地のような学園だった。
「勇志くん、おはようございます。」
ゲートを通って、もう三ヶ月も通っているのに未だ慣れない光景に足を遅めて不審がられない程度にきょろきょろと見ていると後ろから声をかけられて振り向く。
「おはよう、深令さん。」
肩にでも手を置こうとしていたのか、すぐ近くにあった薄く笑い細めた眼がこちらを見ていることにどぎまぎしながら返す。
「よかったら一緒に行きませんか?」
「勿論、同じクラスなんだし。」
思いがけない幸運を感じていると、色を染めているのか自毛なのか光に透けると焦げ茶色にも見える輝く髪を揺らして隣に並んで歩き出す。
舗装された石レンガの道の上で箇所箇所の花壇に植えられた色鮮やかな花々を、空を反射して青い水が噴き上がる噴水を背景に、他愛もない話をしながらエントランスへと入っていく。
「あ、」
何かに気付いたような声を上げて速歩きに、新作と書かれたワゴンに置かれたアクセサリを手に取るのをゆっくりと追いかける。
「今度、水系に潜るつもりなんです。」
水を弾く!とポップに書かれた明るい水色の、成形されたターコイズが埋められたアクセサリを首元に掲げて備え付けられた小さな鏡を見てから、こちらを窺う様に向き合う。
「似合いますか…?」
制服のリボンの上から抑えるように見せられたそれは、お嬢様であり持っているもの一つ一つが品を感じる彼女には多少チープではあったが、それでもあり余る程の精緻な容姿の前ではそれも一つのアクセントであるかのように、彼女の一部になっていた。
なので、前のめりに肯定する。
「そりゃもう、最高ですよ。」
「本当ですか?なら良かった。」
答えるとすぐに先輩だろう大学生の女性店員に声をかけると機械にスマートフォンをかざした彼女は、少ししてアクセサリが入っているだろう可愛いリボンの付いた小袋を手に笑顔を浮かべ、戻ってくる。
「…いい買い物をしました。」
「試着とかしなくてよかったの?効果とか試してみなくて。」
隣に並んでまた歩き出すと、小袋を大事そうに手で包んで俯く彼女に気になっていたことを問いかける。
すると、下を向いた顔を上げると身長の差で上目遣いに重い睫毛を上げてにこりと笑いかけられる。
「良いんですよ、これで。」
「…?まあ良いならいいんだけど。」
そのまま笑いかける、外れない視線から目を逸らして前を向いて。
まだ開いていない店がほとんどのようでcloseの文字が並ぶ、日本ではなくヨーロッパの路地裏の様相を見せる、小洒落た看板にショーウインドーに飾られた外ではあまり見ない品々が飾られた色とりどりの店々を横目に、アーケードの天井の一部のガラス張りの箇所から差す光の道を歩く。
それから、機嫌の良さそうな彼女と言葉を交わしながら前へと進むと。エントランスと名付けられたアーケードは途切れて光が溢れ、緑が敷かれた巨大な中庭の中心に低く聳える時計塔の先にようやく学園が見えた。
「今日も盛況ですね、時計塔は特に。」
かけられた言葉に近づいてくる時計塔の下、両脇の入口部に当たる洋館の前をよく見れば、
準備に余念がない装備を身に着けた生徒達が、各々チームなのだろう生徒と真面目そうな顔で会話をしていた。
時折、笑い声も聞こえる傍へと近づくと巨大な入口の先から正面に見える、深く地下へと続いていく階段に吸い込まれてしまうような錯覚を覚える。
そこは、我が校の敷地内にある数あるダンジョンの内の一つでこの学校の成り立ちにも関わっている、通称時計塔ダンジョンと呼ばれる入り口だった。