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良い婚約に縁がない

作者: 茶樺ん

 兄弟はおらず二人姉妹なので、姉が嫁に行くなら私が婿を取って我が子爵家の跡を継がなければならない。そう言われていた。


 それなので私の婚約者が、彼の廃嫡されたお兄さんの代わりに男爵家を継がなければならなくなった時には、諦めるしかなかった。

 やっと見付かった私の結婚相手だったけれど、そうだからと言って嫁入り直前だった姉の婚約を解消させる訳にも行かない。

 それに私の婚約者は、お兄さんの元婚約者と結婚するって言うし。

 でもだからって、お兄さんの元婚約者の事がずっと前から好きだったなんて、私に報告する必要なくない?分かった分かった、熱い思いはもう分かったから。おめでとうございました。



 我が家は新興と言うよりもポッと出と言われる方がしっくり来る、我が国の貴族家の中で一番最後に(おこ)った非常に歴史の浅い家だ。

 引き継ぐ血も薄いのだから、私が継がなくても適当に養子を貰えば良いし、養子になる人の方が私よりよっぽど血が濃いだろう。

 けれどお金で地位を買ったと言われて侮られているポッと出の成り上がりの我が家に来てくれる人は、探しても中々いない。

 それは我が家への養子でも私の婿でも同じだった。


 姉の結婚も明らかに持参金が目当てだった。

 向こうの家族が持参金には良い表情を向けるのに、姉に対してはいかにも無念そうな顔をしていたのは忘れられない。


 子爵家の跡取り息子と結婚した姉は、旦那さんの両親も押さえ込んで経営の実権を握り、領地の立て直しに邁進した。

 姉は妊娠や出産をしたら立て直しが中断して頓挫するから、それまでに筋道を付けると言った。婚約者のいなくなった私も巻き込まれて、姉に散々こき使われた。

 旦那さんより役に立つと姉に褒められても、ただ働きなのだから嬉しくない。私の青春を返せと思う。


 やっと姉から解放された時には、同い年のご令嬢の中には結婚している人もいた。

 嫌われ者の我が家に来てくれる奇特な男性はただでさえ少ないのに、その母数が更に減っている。婿取り前提なので年寄りの後妻とかにならなくて済むのは助かるけれど、年頃の令息の刈り取りはほぼ終わっているのだ。

 お相手が見付からないのは(いえ)の所為やタイミングの所為であって、私の人格や容姿が嫌われているのではないと思えるのだけは助かる。

 姉の結婚相手も中々見付からなかったけれど、そちらに我が家の縁談運を使い切ったとも思えた。



 そんな状況だったから、伯爵家四男との婚約には両親が食い付き気味だった。けれども縁談が向こうから来るなんて怪しすぎる。危険な(にお)いがする。

 しかし、姉にたくさん子供を産んで貰って我が家の跡継ぎとして何人か、私のただ働きの報酬代わりに貰えば良いとの私の提案は却下された。まだ会った事もない伯爵家四男より、まだ生まれていない甥っ子姪っ子の方が、絶対愛せる自信があったのに。


 伯爵家四男は我が子爵家に婿に来ると言う話だけれどその前に、伯爵家の領地の立て直しを手伝って欲しいと言われた。姉の嫁ぎ先の経営持ち直しの話が広まっていた様だ。

 今度はただ働きではなくて、領地経営で利益が上がったら婿に付ける持参金を増やすとの約束だ。


 我が家はお金に困っていない。伊達にお金で地位を買ったとは言われていない。

 だから持参金が増える事には余り魅力を感じなかったけれど、傾いている経営を立て直すのには興味があった。

 順調な我が子爵家には手直しする所が特に無いし、姉の嫁ぎ先では私より姉の意見の方が(とお)ったから、自分の思うまま存分に領地経営をしてみたい。

 そう考えて、結局その縁談を受けた。


 けれど伯爵家を立て直す目処が立ったら、婚約の解消を告げられた。なんでも私に想い人がいるから、その人と結婚しろと言うのだ。

 私の想い人って誰よ?付き合いのある異性は婚約者である伯爵家四男しかいないのに。ただし四男は王都の寮住まいで手紙の遣り取りしかしていないから、まだ顔も見ていないけれど。

 まさか前の婚約者の事?有り得ないのだけれど。確かに領地経営のアドバイスを求める手紙が私宛に来ていたけれど、お断りの返事を父に書いて貰って送ってある。

 どんな誤解をしているのかと伯爵と話し合う積もりが、その隙も無く一方的に婚約が破棄された。



 そして直後に今度は侯爵家から縁談が来た。伯爵家に異議申し立てをする間も無くだ。


 そう言う事?経営を立て直したい侯爵家が、伯爵家に圧力を掛けたの?

 別に縁談の形にしなくても、コンサルタントとして雇ってくれれば良いのに。

 あ!でも考えたら、持参金を貰っていないから、伯爵家のもただ働きだ。


 その上今度は、侯爵家の跡取り息子と結婚させるから、持参金を持って来いと来た。侯爵家に嫁ぐのだから、それなりの金額を用意しろと言う。


 我が家は子爵家だから、相手が伯爵家なら何とか断れるけれど、侯爵家ともなると中々そうはいかない。

 他の貴族家に嫌われている我が家では、縁談を断るに当たって頼れる権力者もいない。

 頼むとすれば姉の所くらいだけれど、姉の旦那さんやその両親は当てにならないし、姉自身には我が家と同程度の社会的権力しかない。

 見せびらかされた我が家の財産に目の眩んだ母が駆け落ち同然に父と結婚したので、母の実家とも絶縁状態だ。そう言う事するから皆に嫌われるのよ。お陰で姉と私は生まれる事が出来たのだけれど。


 と言う事で、私は侯爵家跡取りの婚約者になった。

 せめてもの救いは婚約の交換条件に、我が家の跡継ぎとなる養子の紹介を勝ち取った事だ。

 我が子爵家の養子になるなんて嫌々だろうから可哀想だけれど、私も侯爵家跡取りとの婚約は嫌々なので許して欲しい。いやホント、巻き込んでゴメン。


 そして姉が嫁いだ子爵家や、前の婚約者の実家の伯爵家と比べて、侯爵家の経営立て直しには時間が掛かった。

 何せ規模が大きいから、腐った部分も多かった。それに跡取り息子の婚約者とは言っても成金子爵家次女の言う事なんて、素直に聞いてくれる人は侯爵家にはいなかった。


 それでも何とか経営を軌道に乗せて、借金も全て返して黒字も出して、多少の余裕を持つ事が出来た。


 やっと一息()けると思っていた所で、久しぶりに婚約者に会ったのだけれど。


「君との婚約は解消だ。君には想い人がいるそうだな。その男と幸せになれば良い。こちらの事は心配いらない。私も早速、次の婚約が決まったからな。君の我が領地への貢献を考慮して、私と婚約していながら他の男に懸想していた事に付いては不問にしよう。しかし不愉快なのには変わらないから、立場を弁える様に」


 それだけ言われて邸から追い出された。


 誰なのよ私の想い人って?いるなら隠れてないで出て来なさい!

 そしてまたただ働き?



 何年か振りに実家に帰ると、両親には既に話がいっていて、侯爵家跡取りとの婚約は正式に解消されていた。

 私の不貞が婚約解消の理由とされていたので、まともに抗議をさせて貰えなかったそうだ。そんな事実はなくても申し訳なく思う。

 私の事を両親が信じてくれていたのは、嬉しいよりもやるせなかった。色気が無い私の事だから不貞は有り得ないと思っていたなんて、両親の口から聞きたくなかったんだけれど。

 持参金が返って来ただけでも良かったと言ったら、両親には変な顔をされた。良かったでしょ?良かったよね?


 持参金の事を別にしても、私は侯爵家にはあまり腹が立たなかった。両親も怒るよりは侯爵家に呆れている。


 それにここで下手(へた)に騒ぎ立てると、我が家に入ってくれた養子君も取り上げられてしまうかも知れない。

 適齢期を過ぎてしまった私がこれから婿を探すのは難しいから、養子縁組が解消されて跡継ぎがいなくなるのは困る。

 相手が誰でも良いなら私が子供を産んで跡継ぎにする方法もあるけれど、その相手に金づるにされても面倒臭い。

 そして養子君自身は我が家に残ると言ってくれている。良い人だ。


 仕方ない。泣き寝入りだ。

 我が家は誰も泣いてはいないけれど。


 でも、今回もただ働きだと思っていたけれど、養子君が跡継ぎとして残ってくれるなら、ただではなかったな。

 私も両親もそれ程(いか)りが湧かないのも、養子君がいてくれる事があるからよね。



「私から提案があるのですが、聞いて頂けますか?」


 両親と私に養子君から声が掛かる。


義姉上(あねうえ)と私を結婚させて頂けないでしょうか?」


 え?新たな婚約者?今度は何をさせられるの?やっぱり養子君の実家の立て直し?良いけど?


「いいえ。このままですと義姉上にまた縁談が来て、他家に()い様に利用されます」


 そう言えば、養子君の結婚は決まってないの?


「私の婚約者を決めるのは、義姉上が結婚なさるまで待って頂いていました」


 まあそのお陰で私は我が家に帰って来られた。養子君が結婚していたら、さすがに私もお嫁さんに遠慮して、帰れなかったと思う。

 養子君は美丈夫なのでその見た目に釣られ、嫌われ成金の我が家でも構わないから嫁に来る、という強者(つわもの)立候補者達がいるそうだ。羨ましい。我が家に嫁ぐ事を家族は反対するだろうけれど、中には母親や姉妹が賛成して後押しするケースもあるそうだ。ホント、羨ましい。


「義姉上はいかがです?私では気に入りませんか?」


 そんな事はないけれど、養子君は私より年下だったはず。養子君は男性でもあるし、私と違って結婚適齢期はまだ残っている。


「実は学院で義姉上の論文を読んだ時から、ずっと義姉上に憧れていたのです」


 あの評価の低かった、と言うより酷評された論文を?良く見付けたね。と言うか学院も良く廃棄しなかったものだ。


「養子に取って頂いて、帳簿上でも領地を視察してみても、義姉上の実際の手腕を()の当たりにしました。理論だけでも凄いのに、現実に反映する実現力に、改めて心を奪われました。こうしてお目に掛かって、この気持ちが恋だと分かったのです」


 あらあら言うに事欠(ことか)いて恋だなんて、この義姉(ねえ)さんを照れさせる魂胆かな?確かに私の兄弟は姉しかいないから、義弟の存在に照れてやらん事もないけれどね。


「結婚相手の条件としては私でも不足はない筈。義姉上を必ず幸せにしますので、是非私と結婚して下さい」


 そう言って養子君が片膝突いて手を差し出す。

 そんな事をしなくても私が帰って来たからと言って、養子君を追い出す様な両親じゃ無いよ?両親もすっかりしっかり養子君に絆されているし。


義父上(ちちうえ)義母上(ははうえ)もそんな事をなさる(かた)ではないと分かっていますし、追い出される事を心配しているのではありません。好きです、義姉上。あなたを他の男に渡したくありません」


 そんな事言われても、ねえ?


「結婚して頂けないなら、この家を出ていきます」


 それって脅迫じゃない。


「義姉上が結婚してこの家を出て行ったなら、改めて養子にして頂きます。私以外に婿を取るのでも邪魔しません。しかし敢えて私以外と結婚する理由がありますか?」


 それはまあないけれど。


「それでしたら結婚して下さい。今すぐです。侯爵家が縒りを戻せと言って来る前に」


 そんな訳で。

 良い選択肢が他に浮かばないし、なんか色々と面倒にもなっていた。私の想い人と言うのが養子君だったと言われる事になるのは明らかなのだから、ヤケクソだったと言っても否定出来ないだろう。

 私の結婚の準備はもうとっくに出来ていたので、その日のうちに婚姻届を出した。披露宴をどうするか、なんて言うのはこれからゆっくり相談する。



 私と侯爵家跡取り息子との婚約が解消されたと聞いて、伯爵家が四男との縁談をまた持って来た。

 まだ結婚していなかったんだね、四男。


 もちろん断った。

 四男との婚約解消が侯爵家の圧力で仕方なかったと言われても、私はもう結婚していますので。


 伯爵家の経営がまたおかしくなっているので、それだけでも何とかしてくれと言われたけれど、それも断った。

 良くそんな事を頼めるよね。それだけ切羽詰まっているのだろうけれど、私も新婚で忙しいので。悪しからず。


 自分達ばかり良ければ良いのかなんて、自分自身に言っているの?自問自答?

 後で泣いて後悔するぞと言って伯爵家は我が子爵家との縁を切って、我が家を敵視する貴族家を集めて経済的に対抗してきた。


 私の最初の婚約者の男爵家も、伯爵家の仲間に入っている。

 私との婚約を解消して我が家と疎遠になった男爵家は、今は経営が振るわなかった。当時は我が家も婚約者の実家だから男爵家を優遇していたけれど、そうでなくなれば他家と同等の付き合い方しかしていない。

 決して我が家は婚約解消の仕返しなんてしていないけれど、どうやら勘違いか逆恨みかをされた様だ。


 でも伯爵家グループ、経済的には自分達の首を絞めている様にしか見えない。泣いてはいないだろうけれど、後悔はしているんじゃないだろうか?

 グループを脱退して、我が家との交流を再開する家も出て来た。

 もちろん制裁なんてしていない。他家と同等にして置かないと管理や調整に手間が掛かって、我が家の資産や時間を無駄に消費するものね。もちろんずっと取引が続いている家よりは、優先順位は低いけれど。



 侯爵家から話が来たのはしばらく()ってから。


 侯爵家の経営の雲行きが怪しくなったから、跡取り息子を離婚させて私と再婚させると言って来たので断った。

 相手が侯爵家でも、さすがに断るわよ。


 そもそもそう言う話は、跡取り息子を離婚させてから持って来いと思う。

 言わないけれど。離婚させたから責任取れとか言われたらイヤだもの。


 それに私は妊娠しているし、離婚して再婚なんてあり得ない。


 そもそも跡取り息子のお嫁さんのお金の使い方が激しいのが侯爵家の資金繰りに影響していると思うので、跡取り息子が離婚しただけでも経営の改善効果はあるかも。

 言わないけれど。改善しなかったから責任取れとか言われたらイヤだもの。


 だけど更に、領地経営が上手くいかなくなったのは私の持参金を返した所為なのだから何とかしろ、と言い掛かりを付けてくる。

 跡取り息子のお嫁さんだって持参金を持って来たでしょうと言えば、私より金額が全然少なかったのだとの答えが返って来た。知らないわよ、そんなの。

 でもいつまでも纏わり付かれて時間を奪われるのも面倒だし、土地を担保に持参金の差額分を低利子で融資した。荒れ果てた場所なので、借金を返す代わりに返済期限前に土地を差し出して来るかも知れない。


 (じつ)はあそこは侯爵家の財政が改善したら開発しようと目を付けていた土地。侯爵家の領地内からはアクセスが悪いから放置されているけれど、我が子爵家の領地からなら行き来がし易い。

 あそこの開発自体楽しいはずだし、その上少しの投資でがっぽり儲かる予定だから、侯爵家には是非手放して頂きたい。

 あの土地の開発が終われば国への納税額がまた増えて、我が家の爵位が上がりそう。そうなれば侯爵家からの圧力も、気にならなくなる筈。お金で地位を買うって言う事を実際に体験できそうだわ。



 婚約期間をおかずに養子君と結婚しておいて良かったと思う。


 今では結婚相手が養子君だった事自体も良かったと思っている。


 彼は優秀で、経営を任せて置ける。

 私も経営は好きなので、妊娠してからも体調を見ながら少しは手を出しているけれど、おいしいところだけ私に回して面倒な所はみんな夫が引き受けてくれる。無茶振りにも応えてくれる。

 (はか)らずも、姉が私をこき使った気持ちが分かってしまった。


 それになにより、私を女として愛してくれる。


 あと美丈夫なので、見ているだけでも飽きない。

 それと騎士になれと育てられていたので胸とかは厚いし、あちこち触り甲斐もあって凄い。



 自分は恋愛や結婚や穏やかな幸せに縁がないと思っていたけれど、そうではなかった。


 私は婚約での良縁にだけ、縁がなかったみたいだ。

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