ダンジョン買いました
「……手が止まってるぞ。もう殴らなくていいのか?」
俺は酒場の床に倒れていた。パーティメンバーに囲まれて、リーダーのカインに一方的に殴られている。
「どうして黙っていたんだ!……どうして謝ろうとしないんだ!僕は、ガラシャが謝るのなら……」
そう訴えるカインの目には涙がにじんでいた。
「謝ったら許すのか?相変わらずお人よしだな。現実を見ろよ」
「違う!お人よしじゃない!お前だからいうんだ!村から出て、いっしょに冒険者になって、ダンジョンで死にそうになって、でもいつも助けられて!」
「それをお人よしっていうんだろ。お前がいま馬乗りになってる男は大切な仲間なんかじゃない。勝手にパーティの活動資金を使い切った挙句、多額の借金を擦り付けようとしたクズ野郎だ。それを許すだって?笑わせんな」
「うるさい!この前だってそうだ!ガラシャがいなきゃ僕たちは全滅してた!あのとき手に入れたレアアイテムだって初めから受け取るつもりなんてない!」
俺たちの言い争いに酒場は静まり返る。
「……カインの言うとおりよ。別にアンタがあれをどうしようと私たちに文句を言える筋合いはない。なにも相談しなかったのは腹立たしいけどね」
黙って様子をうかがってたアンナも口を出す。
「お願いです、なにか事情があるなら話してください。もう一度いっしょに」
泣きじゃくるソフィアが、手をギュッとにぎって懇願してくる。
どいつもこいつも……
こいつらは何も悪くないのに、なんでもっと責めないんだよ。
「いい加減にしろ」
俺はカインを突き飛ばして立ち上がった。
「『枯渇したダンジョン』って知ってるか?この町から遠い東にある、モンスターも資源も何もない空っぽの洞窟らしい。貴族にお買い得だって勧められた。復活させれば莫大な利益が出るんだと。だからお前らが必死にため込んだ資金をすべてつぎ込んでやった。バカだろ?気づいた時には借金まみれだ」
「……いくらあるんだ借金」
「3000万ギル」
全員が言葉を失った。
あまりの額を聞いてその場で立ち尽くす。
「わかったか?これ以上お前らが俺に付き合うメリットはない。我慢する必要もない。気が済んだなら、さっさと俺のことは忘れて、活動資金を貯めなおせ」
「またそうやって……一方的に」
カインが言葉につまりながらも、俺の顔をじっと見つめてくる。
言いたいことがあるならハッキリ言えよ。
そして、殴りたきゃ殴ればいい。
俺は謝るつもりはないからな。
だが、カインは何もすることなくただじっと見つめてくる。
……今気づいたけど女みたいな顔してんな、こいつ。
前からこんな可愛かったか?
男に言い寄られたりしないか心配になるわ。
俺が別のことへ意識を持っていかれているうちに、カインはゆっくりと俺から離れていく。
「わかった。僕たちも生活がある。もうお前には構ってられない」
その声は穏やかなカインからは想像もできないほど冷たかった。
アンナもそんなカインの様子に一瞬驚くが、すぐに流す。
「……そうね。本人もそれを望んでるみたいだし」
「そんな……」
ソフィアはまだ納得できないらしい。
震える唇でポツリとつぶやく。
「どうしてですか。どうしてホントのことを言ってくれないんですか」
仲間を信用していないのか、とでも言いたげだ。
そう言われても全て事実なんだが。
「勝手に金をつかって借金までつくった。ホントのことだ」
「誤魔化さないでください。わたしは、ずっと貴方を見てきました。理由もなく誰かを悲しませるなんて、ありえません」
「節穴だな。オマエらときたら、いつも俺におんぶにだっこ。うんざりだ。カバーする身にもなってみろ。手足がいくつあっても足りんわ」
「お言葉ですが、カバーしろだなんて誰も頼んでません。わたしだって危険を承知でここにいます。重荷になるくらいなら見捨ててもらって構いません」
「──ソフィア」
珍しくヒートアップするソフィアをカインが止める。
「ガラシャ。話は終わりだ。どこへでも好きに行くといい」
「ああ。言われなくてもそうするさ」
別れは思いのほかあっさりしていた。
……もっと責めてくれたほうが気が楽だったんだけどな。
言われた通り、俺は背を向けて酒場を後にした。
「はあ……疲れた……」
アイツら良いヤツすぎるだろ。
せっかくクズ野郎になりきって、殴っても心が痛まないようにしてやったのに。
なんでアイツら悲しんでんだよ。泣くなよ。
おかげで騙してるこっちがやりずらいわ。
きっかけはひと月前のダンジョン探索だった。俺たちは20階層の階層ボスに挑んだ。事前情報ではシャドウクラウンという影を操る王冠型モンスターだ。一説によると、死んだ影武者の怨念が変貌したらしい。強力なモンスターだが対策をたてれば負けることはない。だからこそ、俺たちは混乱した。出現したボスがシャドウクラウンではなかったからだ。
アイツはやばかった。
眠らせるとか反則だろ。
ナイトメアクラウン。悪夢を見せる王冠型モンスター。
睡魔に抵抗できたのが俺だけだったので何とか一人で倒した。昼寝しててよかったわ。
皆が目を覚ますのを待って、俺たちは帰還した。眠りの冠なるレアアイテムを手にして。
「おう!オマエら変位種を倒したんだってな!」
「レアアイテムを持ち帰ったんだろ?運良すぎだろ!」
「どんな効果があるんだ!?頼む、見せてくれ!」
俺たちは一躍有名になった。
有名になってしまった。
一攫千金を狙う冒険者にとって、レアアイテムは喉から手が出るほど欲しいものだ。
もし、それを持ってる奴を見かけたら?
もし、そいつが自分よりも弱ければ?
力ずくで奪いにくる。
一人目は、ギルドの職員だった。
冒険者はダンジョンで獲得した品を報告する義務がある。
俺たちの担当をしたのがこの男だ。
検品したいから差し出せと言ってきたのを断ったら、ライセンスを剥奪すると脅してきたのでぶん殴った。
おそらく、冒険者どもにレアアイテムのことを流したのもこいつだろう。正真正銘のゴミくずだ。
二人目は、馴れ馴れしい酔っ払いだった。
こいつは人当たりのいいカインを狙って絡んできた。
可哀そうなことに手癖が悪いらしく、カインが首から下げていた冒険者ライセンスをくすねていたので、二度とできないようにしてあげた。
あとで脅すつもりだったんだろう。正真正銘のゴミくずだ。
三人目は、豚のような商人だった。
ソフィアに下卑た目を向けていたからロリコンだろう。
金にものを言わせて刺客を送り込んできたので、逆にこいつの娘を人質にして金をぶんどってやった。
契約書で危害を加えないよう誓わせたからもう絡んでこないだろう。
鼻がひん曲がりそうになる体臭をどうにかしろ。正真正銘のゴミくずだ。
ホント、次から次にやってくる。
世の中は想像の何倍もゴミであふれていたらしい。
結論。キリがなかった。
そして冒頭に戻る。
要は、レアアイテムなんて危険な代物を手放せばいい。
とうに売り払ったことにすれば襲われることはない。入ってきた金も使い切ったことにできればベストだ。
とはいえ、俺たちがそんなふうにアピールしても、疑う奴は絶対にいる。
証拠がなけりゃ信じない。
人間ってのはそういう生き物だ。
だから、俺は証拠を作った。
3000万ギルなんていう多額の借金だ。
冒険者ってのは、借金の取り立てもしたりするからな。俺の情報はすぐに耳に入る。
ちょうど良く、借金地獄に陥ってた『枯渇したダンジョン』のオーナーがいた。
借金を全て肩代りしてやるといったら、喜んでダンジョンを譲ってくれた。
「おい、さっさとサインしろ」
灯の明かりが揺らめく宿の一室で俺は不愛想な男と向かい合う。
「わかってる。ひと月ごとに500万だろ?」
「踏み倒そうとしても無駄だぞ。借用書の内容を破ったら、自動的に奴隷落ちで全財産没収だ」
「ほらよ、サインしてやったぞ」
俺は急かされるままに借用書にサインした。
「一か月後、取り立てにいくから金を用意しておけ」
「ああ。奴隷落ちはゴメンだからな」
その返事に満足したのか金貸しは部屋から出て行った。
これからやることが山積みだ。
まずは俺のになったダンジョンを見に行かねーと。
債務者:ガラシャ
債務総額:3,000,000,000ギル