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5 デモニオとティエラ

 島ではデモニオが空を見上げながら煙草を吸っていた。「ただいま」と挨拶しながら降りてきたティエラを見て、彼は吹き出す。


「これはないんじゃないか?」

「僕の庇護下だと一目でわかるだろう? 気龍から降りてないから、人には見咎められてないし」

「に、してもなぁ」


 不思議そうな顔をしているティエラの頭の上に、デモニオは手を伸ばした。その手に小さな白い羽根が収まっていて、ティエラはそういえばと思い出す。ずっと頭頂部に刺さったままだったのだ。


「寝ぐせのついたひよこみてぇだ」


 ゲラゲラと笑われたので、ティエラはちょっとムッとした。


「わらわないで! かえして!」


 デモニオの手に飛びついたのだけど、あっさりと躱されて、羽根はティエラの襟元にブローチのように刺し留められた。


「普段はこれで充分」

「それだと誰かが簡単に取り上げたりできるじゃないか」

「じゃあ、そいつみたいに紐で括って首からかけとくんだな」


 ティエラが振り向くと、アンヘルが呆れ顔で頷いた。


「それで? ティエラ。空から何を見た? 楽しかったか? 怖かったか?」


 家の中に入ってティエラの夕食に付き合いながら、デモニオは訊く。


「んっと……『きりゅう』、すごくはやかった。よるになって、あさになっちゃって……デモニオ、すごくまった?」


 デモニオは可笑しそうに笑って、いいやと首を振った。


「俺はまだ明日の朝日を拝んでねーよ。そうだな。ティエラは少し大きくなったかもしれないが」

「ほんと!?」


 目を丸くしたティエラが自分を見下ろすのを見て、デモニオはもう一度笑った。


「嘘ばかりつくんじゃないよ。ティエラの時間も余計には進んでない。陽の見えない位置に行けば夜になる。それだけのことだよ。上手くやれば、ずっと昼にいることも、ずっと夜にいることもできる」

「そうなの? アンヘルはやったことある?」

「あるよ。昔ね。すぐ飽きちゃったけど」


 へえ、と手の止まったティエラの皿にデモニオはサラダを追加した。


「他は? 何が見えた?」

「えっと、とりがいっぱいきた。おんなのひとのかおのとりも!」

「ああ……ハーピーか。あいつらはすぐつついたりするからな。気をつけろよ」

「デモニオ、つつかれた?」

「おー。見つかるといつもだ。すぐ追い払うけどな。俺が嫌いらしい」


 似たようなことを魚に襲われたアンヘルも言っていたなと思い出して、ティエラはアンヘルを見た。アンヘルはその視線を受けても、にこりと微笑むだけだったけれど。


「アンヘルも、おさかなにかじられそうになってた」

「ああ……浜に行ったのか? ティエラは大丈夫だっただろ?」

「……うん」


 デモニオはその後もティエラの見たものを聞きたがった。疲れただろうからと、洗い物と片付けはアンヘルが請け負ってくれて、それが終わると彼はどこかへと出掛けて行ってしまった。

 あくびをし始めたティエラをベッドに促して、デモニオもベッドに浅く腰掛ける。


「子守唄でも歌おうか?」


 おどけるデモニオにゆるく首を振って、ティエラはじっと彼を見つめた。


「そらからみえるもののこと、アンヘルにきいたほうがわかるのに」

「あいつに聞いても面白味がないんだよ。当たり前のことは面白く話せないだろ?」

「そう、かな……うみのなかのことも、アンヘルに、はなしてないの?」

「……訊かれないからな」

「きっとおなじようなかんじっていってたけど、うみにも『きりゅう』がいる?」

「海には『海龍(かいりゅう)』がいる」

「そうなんだ! およげるようになったら、わたしものれる?」

「……海の中を見たいのか?」


 うん、と頷いたティエラは、すぐに不安そうな顔をした。


「おみずのなかで、めをあけるの、むずかしいけど……」

「泳げなくても連れて行ってやれるが……目を開ける練習くらいはしてからにしようか」

「ほんと!? わぁ! がんばる!」


 起き上がりそうな勢いのティエラの肩を押さえて、デモニオは苦笑した。


「喜んでるけどな。実はお前を連れ去って、海の中で食っちまうかもしれねえぞ?」

「えっ……」


 一瞬青褪めたティエラは、次の瞬間ぷるぷると首を振って、ぷぅ、とふくれて見せた。


「わたしをたべたりしたら、デモニオまけちゃうから、きっとしないもん!」


 布団を頭まで引き上げて、ティエラはぎゅっと目をつぶった。口ではそう言っても、仄かな不安が心臓をドキドキいわせるのだ。


「やれやれ。初めはあんなに怖がってたのにな」


 デモニオはそう言うと、何か童謡のようなコミカルな歌を口ずさみ始めた。失敗ばかりする小人の歌で、でもちっともめげない陽気さにティエラは小さく笑ってしまう。一度目は最後まで聴いてしまって、二周目もうっかり。ティエラがようやく眠りについたのは、三周目の途中でようやく、だった。


 * * *


 そんな感じで、ティエラは文字の練習と泳ぎの練習を始めた。アンヘルは人間の共通言語となる文字を時間を決めてかっちり。デモニオは泳ぎの練習をややいいかげんに。泳ぎを教わるうちに、その鱗の生える肌が照り付ける太陽の下でもいつも冷やりとしていることや、彼のイメージとは少し違う、いつもキラキラと薄く輝いているリング状の首飾りをしていることにも気づいた。


「おい! ひっつくなよ! 暑いだろ!」

「うん。すずしい」

「聞いてねぇな?! ったく!」


 水に入った後はいつも疲れる。うとうととまどろんで体温も上がってくると、冷えすぎないデモニオの肌は心地よかった。膝に乗り、あるいは背に覆いかぶさり、そのまま眠ってしまう。海に抱かれているような安心感は、彼に対する信頼の深さに繋がっているのだろう。

 文句を言いつつ、デモニオはティエラが目覚めるまでいつも離れずにいてくれた。

 ティエラがようやく海の中でも目を開けられるようになったのは、泳ぎの練習を始めてから一か月と半分ほどが過ぎようとしていた頃だった。

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